元令嬢、無双する
「なっ!」
血だらけで物言わぬ骸なった魔獣。
その惨状を作り出したラミスの魔法では無い、だがそれとも劣らない攻撃に支部長は絶句する。
そしてその顔にはようやく状況を悟ったのか隠し切れない恐怖が宿っていた。
ラミスは決してコネでS級になっただけのそんな人間では無いとようやくわかって。
「おい!全員その小さい女に構うな!全員でラミスに飛びかか……」
だが支部長は自身に確かに不思議な力を持っていたが、それでもラミスはS級相当の力は持っていないと語りかけそう叫ぶ。
それは敵うはずのない願望の込められた声だった。
確かにラミスに纏めた数を殺されても未だ魔獣は30体程度存在する。
しかしそんなテミス1人さえ止められなかった魔獣が、S級冒険者であるラミスを止めることなど普通どう考えても出来るはずがない。
だが、それでもなんとかラミスを止めてくれと、そんな願いを込めて叫んだ支部長の声は次の瞬間顔をかすって飛んで行った短剣によって悲鳴に変えられた。
「ひぃぃっ!」
甲高い、肥えた目の前の男が本当に出したのか疑問に思ってしまうような声。
そしてその声はその場にいる全員に悪寒を抱かせる。
「あぁ?誰が女だっ!」
ただ、1人ブチ切れたテミスを除いて。
先ほど支部長に投げた短剣、それはテミスが投擲したものだった。
支部長がうっかり口走った、小さな女という言葉に激昂してテミスがその短剣を投げたのだ。
目の前の肥えた男の漏らした言葉に、テミスは自分のコンプレックスを容赦無く抉られ完全にブチ切れていた。
「………え?」
その時、まるで男だったのか!的な声を思わずマイヤールとエミリさえ漏らすが、幸か不幸か完璧に頭に血が上ったテミスにその声が聞こえることはなかった。
「ひぃっ!」
それは何処か喜劇めいた場面で、だが激昂された対象である支部長は真剣そのものだった。
今まである程度強い、それがテミスの認識だったのだが、20メートル以上離れた自分の場所に短剣を放り投げてくるのを見てようやく悟ったのだ。
確かにテミスはラミスに及ぶ実力者ではないかもしれない。
だが、充分な化け物であることを。
そう、魔獣のマークから離れた今、自分を殺し得る可能性のある。
「お前ら、私を庇え!」
「えっ?」
そしてそう判断した支部長の行動は早かった。
自分と同様に震える側近たちをテミスと自分の間に押し込んだのだ。
一瞬護衛たちの顔には恐怖が浮かび、彼らは支部長の言葉を否定しようとする。
「いいのか?」
「っ!畜生!」
だが、そう意味ありげな顔で呟いた支部長に悲痛な表情を浮かべ次の瞬間テミスへと剣を構えた。
そして支部長はその様子を見て口元に笑みを浮かべる。
実は側近として今自分のそばにいるものたち、それは人質を取ることで強制的に従わせていたのだC級以上の冒険者達だったのだ。
もちろんこのC級冒険者達が束になって掛かっていた所でおそらくテミスの方が強いだろう。
だが、それでも自分が逃げることのできる時間だけは稼げる。
そう支部長が顔に笑みを浮かべて一歩目を踏み出した時だった。
「なっ!」
突然轟音が鳴り響き、砂埃が辺りに舞ったのだ。
何が起きたのか分からず、逃げようとしていた支部長も含め、全ての注目が砂埃へと集中する。
「あぁ、本当にこれを使うと汚れてしまうから嫌でしたのに……」
そして全員の注目を浴びる中、場に合わないそんな声と共に姿を現したのは、不機嫌そうに顔を歪めたラミスだった。
青い、魔獣の鮮血で全身を染めた。
「はっ?」
支部長はそのラミスの姿に思わずそんな間の抜けた声を上げる。
ラミスに魔獣が飛びかかっていたのは先程のこと。つまり今は戦闘中でなければおかしいのだ。
だがそれなのに今のラミスには一切警戒心というものが存在しなくて……
「えっ、」
しかし次の瞬間その理由を支部長は知る。
それは砂埃が晴れてきた中、徐々に顕となったもの。
ーーー つまり、全て一撃で命を断たれた魔獣達の存在を目にして。
ラミスは一瞬で魔獣達を殺した、そのことを示す、その惨状を見て支部長の思考が止まる。
何が起きたのか、それはわかる。
だがそのあり得ない程のラミスの強さを認めることができなくて……
「で、まだやりますの?」
だが、その支部長の思考が纏まるのをラミスが待つことはなかった。
魔獣達の死体が散らばるそんな凄絶な光景には似合わない、そんな華麗な笑みを浮かべてそしてラミスは支部長の喉元へと剣を突き立てた。
その瞬間、支部長の負けが確定した……




