元令嬢、覚醒する
「っ!」
ラミスの発するかつてない怒気に今まで冷静さを保ってきた支部長はさえ思わず言葉を失う。
そしてラミスのその怒気に反応したのは支部長だけでなかった。
今まで全く動揺を隠せていなかった支部長の側近はともかく、全く反応を見せることがなかった魔獣達さえ驚愕の表情を貼り付けたのだ。
「はっ!虚仮威しだ!」
だが、その魔獣達の様子に支部長が気づくことはなかった。
ただ、ラミスの発言に怖気ついたことを隠すように敢えて顔に嘲笑を張り付けてさらに叫ぶ。
確かに不意打ちとはいえ、魔法を保有した魔獣をの命を一撃で奪ったラミスの実力は自分の想像よりも凄いものだった。
それでも相手はただの人間で自分達の勝ちは決して揺るがないと、そう支部長は自分に言い聞かせる。
ーーー それが、自分を破滅に追いやる最悪の勘違いであることを知ることなく。
「いけ!全員でかかれ!」
そしてその言葉とともに、支部長はもう後戻り出来ない一歩を踏み出した……
◇◆◇
ラミスに警戒をしていた魔獣、だが彼らは主人の命令に忠実に少しの躊躇もなくラミスへと飛び出した。
そして幾らラミスであろうと対応できないそう支部長は判断し、傷だらけになったラミスの姿を頭に思い浮かべ顔に笑みを浮かべる。
「なっ!」
だが、次の瞬間支部長の顔は驚愕に染まっていた。
ラミスは支部長の想像通り反応できていなかった。
「ギャァァ!」
だが、思いもよらぬ別の人間が襲いかかってきた魔獣を蹴散らしたのだ。
「ようやく今までの借りが返せますね」
大量な魔獣を何か針のようなものを投げることで悶絶させた人物、テミスは悶える魔獣を見て暗い笑みを浮かべる。
テミスが魔獣へと投げた多数の針、それは毒針だった。
それも人間に刺さればあっさりと命を奪うような猛毒。
それをテミスはラミスに襲いかかろうと空中に浮かんだ魔獣全てに命中させたのだ。
「ふ、ふざけるな!何でお前程度が!」
その光景を見て、先程まで魔獣にぼろぼろにされていたはずのテミスの実力に支部長は声を荒げる。
だが、支部長は知らない。
後ろにそれも動くことのできない人間をこれだけの魔獣相手に庇いながら戦っていたテミスの実力は決して低くないことを。
「Gyaaa!」
そして、テミスの本当の真価はその身軽さにあるということを。
猛毒を食らいながらも、直ぐに復活した魔獣相手に互角、いや、それ以上の速度でテミスは反応してその目に自身の手にある短剣をつき入れる。
聞くに耐えない魔獣の叫びが辺りに響き、魔獣は自分の片目の視覚を奪った相手を切り裂こうを爪を振り下ろす。
だがその時にはテミスは移動していた。
「キシャァァ!」
その隙を突くように様々な魔獣がテミスへと襲いかかる。
しかしその攻撃さえもテミスは超人的な動きで避ける。
まるで後ろに目が存在しているかのようなその動きに魔獣達はテミスに翻弄されることになり、最終的にテミス1人に魔獣全てが引き寄せられている形となる。
「役立たずが!」
その状況を見て支部長は苛立ちげに魔獣へと叫ぶ。
だが、テミスの攻撃の殆どが魔獣の魔法によって強化された皮膚と筋肉に遮られていることに気づき途端に上機嫌な笑みを口に浮かべる。
「やっとじっくり話せますわね」
だが、その笑みは場違いなほど落ち着いたテミスの声に固まった。
それは一切なんの感情も感じない声。
そしてだからこそ、この場により異常で支部長の顔に何故か恐怖が浮かぶ。
その理由が分からず支部長は絶句するがその身体の震えが止まることはなかった。
「私、貴方に少しお教えしたいことがありますの」
そしてがたがたと震える支部長へとラミスは酷く可憐な笑みを浮かべた。
そう、まるで地獄の女神を彷彿とさせる酷く可憐で凄絶な印象を受ける笑みを。
「魔法とは命を武器として扱う技術なのです。その力を魔力として戦うために変換できる人間だけが使えるのが魔法。
ーーー でも、思いません?それならば命そもそもを戦う力に出来るのではないのかと」
「っ!」
そのラミスの言葉に背筋を震わせる何かを感じて支部長は言葉を失う。
次の瞬間、無造作に振るったラミスの斬撃が不自然に伸びた。
そしてそれは10メートル以上先、いつの間にかテミスがひとかたまりにしていた魔獣達を切り裂いた。
青い、鮮血が空中に散る。
そしてその酷く残酷で恐ろしい光景の中、ラミスは恐ろしく凄絶で美しい笑みを浮かべた。
「それがこれです。命を引き出し、攻撃に転用する技。
ーーー そしてこれが私が魔法を持たずにS級に選ばれた理由です」




