支部長、企む
「魔獣の1人がやられた」
「なっ!」
淡々とした感情の一切感じさせない声と、そしてギルド支部長の焦ったような声。
その二つがとあるギルドの中の部屋で響いていた。
そこは殆ど光の入らない暗い部屋の中。
だがその中には1人の人影しか存在しなかった。
その人影は肥えたギルド支部長のもの。
「畜生!やはりあの女に勘付かれたか!どうすれば……何でこんなことに!」
それ以外の人影は無いそのはずなのに、部屋の中からはもう1人の人間の声が響いていた。
「これはお前の不手際だ」
「ふ、ふざけるな!」
そしてその声の言葉を受けてギルド支部長は手に持っていた魔獣の魔石のようなものに怒鳴りかえした。
「そもそもお前らがあの女をこの場所に来るように仕向けたのが悪いんだろうが!」
「何のことだ?」
「はっ!俺が分からないとでも思ったか!どうせお前らのことだ何か不手際を起こしてマートライト家に裏切られたんだろう!」
「っ!」
感情的に叫ぶ支部長の言葉。
それは今まで淡々と言葉を発していた声の主を言葉に詰まらせる。
「………お前には関係ない」
そして次に聞こえてきたその声は明らかに怒りが篭っていたが、だがそのことに支部長が気づくことはなかった。
「マートライト家の人間が不手際を働いた?そんなことがある訳ない。大方誰かがマートライト家を激怒させて逃げられただけの癖に!」
「……関係ないと言った」
咎めるような声が魔石から響く。
それは先程よりもなお、怒りが込められた声。
だが、それでも支部長がその怒りに気づくことはなかった。
「今回は全て間抜けなお前達の責任だろう!マートライト家という最大戦略をあっさりと失って……」
嗜虐的な、相手の弱味を突くという優越感に浸る支部長。
「関係ないと言ったのが聞こえなかったのか?私の言葉が聞けないのか?だとすれば後は自分自身で解決してもらうことにしよう」
「なっ!」
そして最終的に支部長はあっさりと相手の我慢の限界を超えてしまう。
その時にようやく自分の行動の愚かさに気づき、声を上げる。
「ま、待ってくれ!」
「それでは精々1人で争ってくれ」
「おい待て!ここを捨てるつもりか!ここはあの魔獣を作るのに最適な……」
「あぁ、そうだった」
そしてそう告げた声に支部長の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「ここはもういらない」
「はっ?」
だが次の瞬間その顔はあっさりと凍りついた。
数秒の間、支部長から言葉が消える。
何を言われたのか、そのことを理解することができず、呆然と立ち尽くす。
「では」
「待てっ!」
だが呆然と立ち尽くす隙に声の主は与えようとせずその場を去ろうとする。
そして支部長は反射的に声の主を呼び止め、さらにそのことでようやく冷静さを少し取り戻す。
「ここを捨てるとはどういうことだ!ここ以外に魔獣なんて……」
それから何としてでも声の主を引き止めようと言葉を重ねる。
「いや、ある」
「っ!」
しかしそれでも声の主を引き止めることは支部長には出来なかった。
心底詰まらないものを見たと言わんばかりの冷めた声でそう声の主は吐き捨てた。
「今度から場所は迷宮へと移動する」
「なっ!そんなこと聞いて……」
声の主が告げた言葉、それを支部長は聞かされていなかったらしく、そう声を上げる。
「あぁ、お前程度には言うつもりなどなかったからな。では」
「おい!ちょっと待て!」
だがその支部長の言葉に対して大した説明を行うことなく声は聞こえなくなる。
「くそっ!」
そして魔石から声がしないことを確かめた支部長は感情的に魔石を地面へと叩きつけた。
魔石は丈夫で決して床に叩きつけた程度で壊れはしない。
「支部長っ!」
だが叩きつけられた衝撃で大きな音がなり、支部長の部下らしき人間がその中へと入り込んで来る。
「………彼奴らに手を切られた」
「なっ!」
そして支部長のその言葉に絶句した。
それからその部下の顔から血の気が引いて行き始め……
「だが、相手がラミス・マートライトならまだ勝ち目がある」
「えっ?」
だが、その途中で呻くように支部長がそう吐き捨てた。
「おそらく被害はある程度出るだろう。だが彼奴はただのコネでS級の紹介状を手にしただけの人間だ。他のS級ならともかく彼奴ならまだやりようはある」
そして最後に支部長は空想の中にいるラミスへか嘲るような笑みを浮かべた。
「ーーー 何せ、あの女は選ばれなかった人間なんだからな」
「えっ?」
その支部長の言葉に部下が意味が分からず聞き返す。
だが支部長は詳しく部下に自分の言葉の真意を説明することはなかった。
ただ、勝利を確信したような表情で笑みを浮かべる。
「さぁ!早く魔獣達を連れこい!全てあの女へと向かわせろ!」
「全て、ですか!」
「あぁ!40体全ての人魔獣をあの女へとぶつけろ!」
そう叫んだ支部長の顔には勝利の確信が浮かんでいた……




