元令嬢、正体を明かす
魔獣とラミスの戦い、それは魔獣が動揺を隠せなくなってからは始終ラミスが圧倒的有利に進み、そして約十数分後には勝負はラミスの勝利で終わった。
「ふぅ……」
魔獣に感情をぶつけたお陰か、ある程度冷静さを取り戻したラミスは一度魔獣を倒した後、息を吐いて冷静さを取り戻す。
ラミスには魔法を使うことなく魔獣を、それも魔法を使う存在に勝ったという偉業に感してさえも何も感じていないような冷めた目で魔獣の死体を一瞥する。
「ギルド支部長が私を追い出そうとしたわけ、そういうことですのね……」
ーーー だが、ぽつりと漏らしたその声に含まれた怒りは冷静さが表面上でないことを示していた。
本来魔獣は魔法を使えない。
それは魔獣が命を持たないからで、だからこそ彼らはスキルという独特な能力を使うことはあっても魔法は使えない。
命を燃料として能力を発揮する魔法が魔獣には使えない。
だが先程の魔獣はその使えないはずの能力を使っていた。
いや、それどころか持たないはずの命の有していた。
それはあってはならないことだった。
命を有する魔獣が存在する、そんなものが自然に発生したのだとすれるならば、今までの魔獣に対する認識を覆しかねないそれほどの事件になる。
だが、それがあり得ないことをラミスは知っていた。
つまりこの魔獣は決してなんらかの変異で現れたそんな存在ではない。
人工的に、何者かによって作られた存在だと。
そのことをラミスは断言できる。
「なんで、また!」
ーーー 何故ならラミスはかつてそんな存在に出会った、いや、殺しあったことがあるのだから。
その時の光景が頭に浮かんだラミスの顔が怒りに歪む。
抑えられない怒りに、ラミスの身体から怒気が漏れ出す。
「お前は……」
「えっ?」
だが、そんなラミスの思考を呆然と呟かれた言葉が止めた。
「ラミスあんたは……」
「なっ!」
そしてラミスはその声の方向へとむきなおり、今までマイヤールの存在を忘れていたというそのことに気づいた……
◇◆◇
マイヤールの姿を目にし、ラミスがまず始めに覚えたのは焦燥の感情だった。
こちらを呆然と見つめるマイヤール。
彼はまるで目の前の光景が信じられないというように自分の姿を見ていて、その視線にラミスは居心地が悪そうに身動ぎする。
確かに自分は大きな隠し事をマイヤールにしているとわかってはいた。
だがそれでも、まさかこれほどまでに衝撃を受けられるなど考えもしていなくて、ラミスの胸にマイヤールに対する罪悪感が溢れ出す。
決してマイヤールに自分の実力を隠していたのはマイヤールを除け者にしようとそう考えての行動ではない。
それどころか、マイヤールが自分たちの身分を知りややこしい状況に巻き込まれないようにとそう考えての結果だ。
だが、だからと言ってそれはマイヤールが納得してくれる理由か、ラミスには判断がつかなかった。
今まで自分達に対してあれこれと世話を焼こうとしてくれた、冒険者の中では珍しい心優しい青年。
そんな彼が自分達に秘密を隠されていたとしりどんな感情を浮かべているのかラミスには判断できない。
例えばただの冒険者として、それだけの関係だとしたらここまでの衝撃を彼に与えることはなかったかもしれない。
だが自分達はかなり深い関係になってからもそれでもマイヤールに秘密を打ち明けていなかったのだ。
今、ここで自分がマイヤールに責められるのは当然のことだとラミスはそう思う。
だが、それでも少なくとも今はそんな暇はなかった。
あれだけの魔獣を使役するとなれば恐らく相当大きな組織をギルド支部長は後ろに持っているだろう。
そしてその場合、魔獣をラミスが殺したことは直ぐにギルド支部長の知るものとなってもおかしくない。
そうなれば恐らくギルド支部長は秘密を知ったラミスを殺そうとするだろう。
だとしたら今ラミスに取れる選択肢は一つ、先手を打ってギルド支部長の元へと襲い掛かるそのこと。
そしてその場合、同じく秘密を知ったものとして認識されているかもしれないマイヤールをこの場に置いて行くことは出来ない。
確かに魔法も使え、ある程度の実力をマイヤールは有している。
だがそれでも彼では魔獣が現れた場合それで終わりだ。
さらに常でもそんな状態であるのに、今はさらに先程の戦いでかなり消耗している。
こんな状態でこの場所において行けるわけがない。
だから今は何としてもマイヤールには自分についてきて貰わなければならず、ラミスは未だ自分を瞬きもせず見つめてくるマイヤールにどうするべきか頭を悩ます。
ー ラミス様、いざという時にはマイヤールには自分はマートライト家の人間であることを明かしてくださいね!
「あっ、」
その時だった。
少し前にテミスにこっそりと教えて貰ったその内容がラミスの頭に蘇る。
それは全く意味がわからない忠告だった。
テミスには良いから言ってくださいね!と強引に頷かされたが、それでもラミスはマイヤールを目の前にして少し躊躇する。
「改めて、私はマートライト家の戦乙女、ラミス・マートライトですわ。ここは危険ですから、私について来てくださる?」
ー これは無いですわ……
何とかラミスはマイヤールに自分の正体を明かしてみせる。
だが緊張のせいでやけに上から目線になってしまい、内心で自分を罵る。
「本当に?」
「っ!」
しかし、その上から目線をマイヤールは一切気にすることはなかった。
ただ、抑えきれない歓喜を目から涙として溢れ出させる。
そしてマイヤールはラミスが余計なことを言ったかと右往左往している姿を見て、それから震える唇を開く。
「無事で良かった………」
その呟きは右往左往するラミスの耳には入ることなく、霧散していった………




