元令嬢、遅れて登場する
魔法、それは英雄の力だとそう称される頂上の力。
最も強いものだと、1人で魔獣の中でも最強の力を持ち、天災登場称される龍を1人で相手取るものさえいる。
その強大な力こそが、魔法が英雄の証明と称される所以だった。
魔法の保有者は人間ではない、そう言われるほどの実力を手にし、その存在だけで1人で戦場の勝敗を分ける。
さらには現在のS級冒険者は全員魔法の保有者で、だからこそ彼らは全世界から英雄視されている。
その称号に違わない活躍をS級冒険者が行えるのもまほうあってのことだろう。
そしてその能力の保有者は数少なく、全世界で探したとしてもその能力の保有者は3桁を超えない。
さらにその能力の発言に気づき、使用できるものと限定するとさらに少なくなる。
つまりマイヤールは紛れも無い、選ばれた人間だった。
決してマイヤールの実力は高く無い。
冒険者のD級と、C級の間には高い壁があり、そしてマイヤールはD級の中で中位程度の実力しか有していない。
だが、その程度の実力でも全員がC級を超える実力を持つと言われるマートライト家の兵士と比べればあまりにも頼りない、そんな存在。
だが、魔法を使えるようになったマイヤールであれば話は変わる。
未だ武器とそれを握る手に魔法を付与できる程度だけと、マイヤールは未だ魔法を完全には使いこなしていない。
それは魔法を扱える人間が使えるようになる本当に初期の能力で、つまりマイヤールは魔法を全く使いこなせていない。
さらにそれだけで通常の何倍もの体力を失う他、様々な身体への負荷からそう頻繁には使えない。
だが、そんなお粗末な技でも発動している時、マイヤールの実力はB級冒険者に匹敵するものとなる。
それはある程度強力な高位魔獣が現れたとしても、簡単に殲滅できるほどの実力。
いや、それどころかそんな高位魔獣を複数体相手取っても殲滅が可能、それだけの力。
「……なんなんだよ、お前!」
ーーー そしてだからこそ、今目の前の光景をマイヤールは信じることが出来なかった。
魔法を使ってから先頭を始めてもうはや半時間ほど経ち、マイヤールの身体には大小様々な傷が刻み付けられている。
さらに体力に関しては、もう魔法が10分でももてば恩の字というその程度しかのこってい無い。
「Gyaaa!」
だが、その傷だらけのマイヤールに対峙する黒い魔獣には全く疲れが見えることはなかった。
身体にはマイヤールが刻み込んだ、かなり深い傷がその赤いくちからてらてらと青い魔獣特有の血を流している。
だが、その傷が黒い魔獣の動きを阻害することはなかった。
まるで痛みを感じていない、いや、それどころか負傷を感じさせない黒い魔獣のギラギラとした目にマイヤールは唇を噛みしめる。
魔獣でさえ、切りつけられたら魔力が身体から漏れ出し動きが鈍っていたのに目の前の魔獣には全くそんなそぶりはない。
さらに、黒い魔獣の異常な所はそれだけではなかった。
いや、一番気なる点はそこではなかったそう言うべきなのだろう。
「Gaa」
それは黒い魔獣の鋭い爪。
そこにはマイヤールの血と肉がこびりついていて、さらに不気味さを際立たせている。
だが、そんなことが気にならなくなるほどの異常がその爪に宿っていた。
それは爪に宿る不気味な光。
ーーー そう、まるでマイヤールが魔法を使って剣に宿らせているのと同じような、そんな光。
そしてその光が爪に宿った瞬間、動きも爪の鋭さも増したそのことを思い出して、マイヤールは呻くように言葉を漏らす。
「何で、魔獣が魔法を使ってんだよ……」
そのマイヤールの目の前の魔獣に対する隠しきれない恐怖が滲んだ声、その問いは答えが返ってくることなく、霧散していった………
◇◆◇
「Gyaa」
そうマイヤールへと嘲笑を浮かべる魔獣の顔はもはや勝利を確信していた。
だが、それは決してただの慢心ではなかった。
「くそ!」
そう漏らしたマイヤールは自分のその言葉にさらに魔獣が笑みを濃くしたことに気づき、魔獣が自分をいためつけようとしていることを悟る。
ー おそらくこのままここで負ければ、自分は楽には死ねない。
マイヤールの背筋に悪寒が走る。
目の前の魔獣は本当に化け物だった。
それは魔法を使えるマイヤールを圧倒したその実力もだが、それ以上にその顔に浮かぶこちらを馬鹿にするような雰囲気にマイヤールは恐怖を覚える。
これは魔獣の皮を被っているだけで、本当はもっと危険な、そんな存在ではないのか。
いや、そうに違いない。
そう悟ったマイヤールの頭から目の前の魔獣に勝てる未来が消える。
いや、最初からそんなものは存在していなかったのかもしれない。
だが、マイヤールの心が目の前の化け物に対する恐怖を抑えられなくなったその時、魔獣の顔に嗜虐的な優越心が浮かぶ。
「くそぉぉぉお!」
そしてそんな中、最後マイヤールは全身の全ての力を込め、剣を振りかぶる。
「Gaaa」
それは幾らマイヤールの全力が込められていたとはいえ、魔獣に届くことはなかった。
疲労、絶望、そして恐怖。
それらの感情によって鈍りきったマイヤールの斬撃には最初の頃、魔獣に傷を与えていた鋭さなど存在してなかった。
「っ!」
斬撃はあっさりと魔獣に払われ、それだけでマイヤールの最後の力を振り絞ったその攻撃は終わる。
そして、マイヤールは覚悟を決めたように目を閉じて……
「Gaaa!?」
その時だった。
地面が揺れるような踏み込みと、その威力を全て内包した剣が黒い魔獣を切りつける。
「なっ!」
そしてその突然の異常にマイヤールは目を開いて、目の前に立っていたその人物を目にして絶句する。
「無事で、よかったですわ」
そこにいたのは今まで自分と話していた時とは全く違う覇気を宿したラミスだった。




