元令嬢、森へ駆け込む
ラミスの言葉を否定した、支部長の顔には申し訳なさそうな、そんな表情が浮かんでいた。
それはただ、ラミスの推測が間違っていたそれだけの話だとそう思ってしまいそうな、そんな表情。
だが、そんな訳がないことぐらいラミスは分かっていた。
まずそもそも、この辺境で昇段が行えない、そんなことはあり得ない。
それだけの力が辺境のギルドになければおかしい上に、そのことをギルド長直々にラミスは確かめているのだ。
つまり支部長の言葉はただの嘘で、明らかに何かを隠している。
さらにはこの辺境で起こる明らかな異常、それはこのギルドにいれば分からないはずがない。
そしてそんな状況に来た仮にもS級冒険者相当の力を持つラミスを、まるで追い出そうとするかのような支部長の言葉。
そこまで状況を突きつけられて何もないなんて思えるほどラミスは馬鹿ではない。
そして一番ラミスが嫌悪感を抱いたのは申し訳なさそうな表面上の表情に対し、爛々と何かを考え光っている支部長の目だった。
それはラミスの経験上、何か大きな利益を得るそう確信している人間の目。
そしてそんな目をしている人間が考えていることは大抵ろくでもないことしかない。
それだけのことを支部長が言葉を発した一瞬だけでラミスは悟る。
「………そうですのね。では諦めて迷宮都市に向かわせて貰いますわ」
そして、ラミスはあっさりとこの場を去ることにした。
「本当にS級冒険者様に対して申し訳ないことを……」
そのラミスの言葉に対して、口ではそんな風にさも申し訳なさそうなことを告げながら、明らかな喜色をその目に宿らせる支部長にラミスは自分の推測に確信を持つ。
おそらくこのままではこの辺境は何か良からぬことに巻き込まれるだろう。
だが、この場所の冒険者を見てきたラミスには対して何の感傷も浮かぶことはなかった。
会えば常に自分の身体に対して下卑た視線を上げる、ただそれだけの人間。
ラミスは決して不必要に人を殺すことを是とはしない。
だが、それでも進んで全ての人間を救いたいなどと思う英雄ではない。
確かにこの辺境が打撃を喰らえば王国はかなりの被害を受けることになるだろう。
貴重な魔道具の産地が潰れることになるのだから。
だがそれでも自分を捨てた国に対する気づかないなどもうラミスにするつもりはない。
兄に関しては生命力はゴキブリ並、それだけで忘れ去る。
ただこんな街でもそれでも、確かに大切な人は出来た。
しかしそれだけなのだ。
マイヤールやエミリ達には声をかけるかけて一緒に国境を超えるように進めるかもしれない。
その場合は冒険者は国境を超える許可を貰っているので、マイヤールの付のものだと強引に押し通せば他国にも簡単に侵入できる。
「では、私はここで……」
そして最後に支部長にそう告げるとラミスはエミリの手を引いてその場を後にする。
確かに何を考えているのか分からない支部長は酷く気味が悪い。
だがそれでも自分が罪人であることを気づかれ、ギルド内の勢力闘争に巻き込まれるに比べれば遥かにマシだと、そう判断してラミスはあっさりとその場を後にする。
………だがその時まだラミスは気づくことはなかった。
ただ盗賊に手を貸している、その程度だと思い込んでいた支部長の企みがそんなものではないことを。
そしてそれは国を揺るがす、それだけの規模でなく、世界を揺るがす危険性を兼ね備えているということを………
◇◆◇
「ら、ラミスさん、ごめんなさい!」
「えっ?」
一刻も早く支部長から離れようと、エミリを抱えて早足で歩いていたラミスは、エミリの心底申し訳なさそうな声でようやく我に帰る。
「その、絶対に何とかするって言っていたのにあっさり昇級を断られちゃって……」
「あぁ、そんなこと……」
そしてエミリがラミスを呼びにきた時申し訳なさそうにしていた理由を悟って、それから気が抜けたように笑った。
「えっ?でも、ラミスさん怒っていて……」
エミリはラミスが支部長から早く離れようと早足で歩いていたことを自分への怒りだと勘違いしていたらしく、突然笑い出したラミスに首をかしげる。
「ふふ、違いますわ。決して私は昇級のことなんか気にしてませんから。そんなことよりも……」
そしてラミスはエミリに早くこの街を出て言った方が良いと、そう告げようとして、だがその言葉か最後まで告げられることはなかった。
「マジか!マイヤールが森の中に入っただと!」
ラミスの言葉を遮ったもの、それは1人の冒険者の叫び声だった。
その冒険者は普段はソロで活動しているマイヤールが時々組んで仕事をする、そんな関係の冒険者で。
「っ!」
そしてその冒険者の言葉に今朝の記憶が蘇る。
それはベテランの冒険者が死んだと騒がれていたものだった。
魔獣を相手取る冒険者の死、それは珍しいことでもなんでもない。
高額な割に死に安い、そんな職業なのだから。
だがそれでも死んだ2人はベテランだった。
長年冒険者をして、ランクは未だE。
それは決して才能があるとは言えない。
しかし長年その実力で生きてきただけあり、生き延びることに関してはD級も超えるそう言われる冒険者達。
だが、今回その冒険者の1人は剣を抜きはなった状態で死んでいた。
それは少なくともその冒険者の1人はきちんと敵に反応できており、それでも相手との実力差に逃げることさえも叶わず命を失った、ということ。
そしてその場合、森の中には高位の魔獣がいる可能性がある。
そのことを知った冒険者達は怯えて集団で高位魔獣を相手取ることさえ思い浮かばず、うろうろ彷徨っていた、それが先程までのこと。
だがその中で1人、マイヤールだけは自分1人で大丈夫だと先程森の中に入って行ったらしい……
「マイヤール!」
そしてその話を聞いたラミスは駆け出していた。
おそらくマイヤールの実力的なら、この森の高位魔獣を相手取ったとしてもちゃんと逃げることぐらいはできる。
だが、それは敵が一体であった場合だ。
「おい!あんた1人行ってどうする気だ!」
そう、後ろから誰かが怒鳴るのがわかる。
しかし、ラミスが止まることはなかった。
もしかしたらここで自分の実力が周囲に知られることになるかもしれない。
だが、それでも何としてもマイヤールのもとに行かねばならない、そうラミスの直感が叫ぶ。
そしてラミスはその直感に従って森の中へと駆け込む。
ラミスは自分の背中が冷えるような、戦場でも滅多に感じることのない悪寒を感じていた………




