元令嬢、バレる
まるでさもマイヤールに話しやすいようにするために晩御飯を口実にその場を去ったラミス。
………だが実際は晩御飯を口実だと思わせて、晩御飯抜きの刑を避けようとしていた。
青筋を立てたテミスとマイヤールに自分の目論見がバレたことに気づいたラミスは逃げ出そうとして……
「あ、逃げたらラミス様の夕食一週間抜きですからね」
「ぶぼっ!」
そしてテミスの言葉に震えだした……
それからラミスにはテミスからの夜を徹しての説教が行われたのだが、その詳細を知るものは当事者以外いない。
ただ、その日の最後に見たテミスの説教を終えたラミスの顔は、死んでいたとマイヤールは語ったと言う……
◇◆◇
「畜生、あいつらなめやがって!」
そこは酷く薄暗い場所だった。
元酒場であった場所で、今はただの廃墟でしかない。
そしてそこは儲かる冒険者の中で唯一儲からない、Fランクの冒険者達の酒飲み場だった。
「くそ!あいつ自分がDランクだからって俺たちを見下しやがって!」
そんな中、彼らの話題は1人の少年だった。
それは言うまでもなく、マイヤールのこと。
「あの女だって、俺たちに抱かれることを望んでいたかもしれないってのによ!」
そして次に彼らの話題に上って来たのは最近この場所に来た元貴族のことだった。
その顔に浮かぶのは考えていることが透けて見える、下卑た笑み。
「はっ!ライク、お前のその面見て抱かれたいなんて思う人間はいないだろうが!」
「何言ってやがる!それはお前の方だろうが!スミス!」
そしてそんな中、そこにいた冒険者2人が軽い口論のようなものを始め出す。
それは最終的に小競り合いのようなものに変わるが、だがそれは本当の喧嘩にならない程度。
冒険者同士の喧嘩や、そこから発展した殺し合いは決して少なくない。
だがその2人はかなり長い付き合いで、だからこそ2人が喧嘩に陥ることはなかった。
「はっ!普通に俺が話す機会があれば直ぐに落としてやるよ!」
「へっ!だったら俺もだよ!」
そしてその日の口論はそこで終わるはずだった。
うだつの上がらないそんな冒険者2人のひと時の現実逃避。
決して彼等としても本当にラミスに自分達が見向きされるとは思っていない。
このじゃれ合いは日々この辺境で過ごして来て、その結果彼等が得た日々を生きる術。
辛い現実に対して、明日を頑張ろうという活力を得るための儀式のようなもの。
「えっ?」
ーーー だが、その明日が彼等に訪れることはなかった。
突然現れた黒い影、それに何も反応することができず1人、ライクがまるで人形のように力を失って倒れる。
「くそっ!」
そしてその仲間の倒れ方に、反射的にスミスは自分の仲間の命がないことを悟る。
しかし彼が呆然としたのは一瞬だけで次の瞬間彼は腰につけていた剣を抜き放っていた。
「出てこいクソ野郎!」
決してスミスは強者ではない。
冒険者の中では平均より少し低い程度の実力しか持っておらず、そのせいで数年間冒険者として過ごしながら未だ冒険者の大部分のFランクからランクを上げれていない。
けれども、数年間戦い続けたことによって鍛えられていた危機察知能力は他の冒険者に決して劣らないものだった。
剣を抜きはなち、周囲を警戒するスミス。
彼は長年の仲間の死に、動揺しながらもそれでも必死に冷静を保っていた。
「畜生!」
だが、それでもその目に何か写ることはない。
まるで死神が真後ろで鎌を振り上げてるかのような、そんな嫌な感覚は先程から消えていなくて、まだ近くに仲間を殺した何かがいることはわかる。
だがその何かを捉えることは出来なくて……
「あがっ!」
それが、自分とその何かの実力差だったのだとスミスが認識した時には彼の腕は何かに喰い千切られていた。
今まで感じたことのない、灼熱の痛みにスミスは叫ぶ。
そして涙、鼻水様々な体液をみっともなく垂れ流しながら、それでも必死に生に執着して這う。
その時にはもう、スミスは悟っていた。
今ここにいる何か、それは明らかに辺境の魔物ではないもっと強力な何かであることを。
この頃は何故か森の中の魔物が増えていて、だがそれでもギルドは動こうとせずそのせいで戦闘中に危機を感じることは増えるようになっていた。
だがそれでも今感じる何かの迫力はその時でさえ、比にならなくて……
いや、だったらその何かは本当に何者なのか?
「ぎゃぁぁぁあ!」
そしてそんな思考が形になる前に悲痛なスミスの叫びが森の中に響いた。
「………雑魚が」
「本当に俺たちの手で殺されることを喜んで欲しいくらいだぜ」
最後に聞こえた声、それが最近冒険者になった者たちの声だと、そうスミスは悟る。
だが、彼等は魔物との戦闘で仲間を殺され冒険者という厳しい現実を見せられて今は引きこもっていたはず……
その思考を最後にスミスの意識は暗闇の中に飲み込まれていった……




