元令嬢、部屋を後にする
「……なんの話だ」
一瞬、動揺の声を漏らしたマイヤールだが、直ぐにその動揺をいつものクールな表情で覆い隠した。
………ただ、未だ抑えきれない殺気がマイヤールの動揺を物語っていたが。
そしてその様子に一瞬ラミスは再度躊躇する。
確かに踏み込むそう決めたのだが、だが今から聞こうとしていることはマイヤールにとって大切な話であることを改めて彼の反応から悟ったのだ。
「……分からないとでも、思いましたか?」
「………」
だが、その躊躇はほんの一瞬だった。
一度決めたことに対してラミスはもう悩むことなく、敢えてマイヤールの踏み込んでほしくないという態度を無視して話かける。
そしてそのラミスの態度にマイヤールの顔に隠しきれない戸惑いが浮かぶ。
それはラミスが自分にこんなにも積極的に関わってきたことに対するもの。
普通、貴族に対する平民のイメージは決して良いものではない。
確かにマートライト家の軍のおかげで王国は強国として周囲の国には知られていたが、それでも中は着実に腐敗していっている。
賄賂や、横領。
そして領民に対する不当な扱い。
そのせいで正直、みるから貴族だとわかるラミスに対するマイヤールのイメージは決して良いとは言えない。
だから助けた時も必要以上に気に入られないよう、マイヤールはラミスに冷たく当たっていた。
だからこそ、マイヤールはそれでも自分を案じるような発言をするラミスに驚く。
それはまるで、あの時自分を救ってくれたあの人のようで……
「……何でもない」
そしてその瞬間、要らぬことを思い出しかけてマイヤールは直ぐに話を終わらせようとラミスの言葉を否定した。
確かに彼女と目の前のラミスという貴族は酷く似ている。
だが、ラミスは貴族であの人を嵌めた方の人間なのだと、マイヤールはラミスに好意を感じ始めた自身の心に言い聞かせる。
だから自分は冒険者ギルドで助けた後以外はもう、この貴族に関わらないと。
「でも……」
「あんたには何も話すことはない!」
そしてラミスはそのマイヤールの異変を感じ取っていた。
今まで和やかだったはずの空気がギスギスとしたものに変わり、ラミスは恐る恐るマイヤールに声をかける。
だが、それに対するマイヤールの返答は拒絶だった。
それでもラミスはマイヤールに何かを言おうとして、しかし彼の目にそれが無駄なことを悟って口を閉じた。
「……ごめんなさい、テミス。私は夕食を食べてくるから後はお願い」
そしてその一言だけを後に、部屋を後にした。
◇◆◇
ー また面倒なことを……
ラミスが去り、心なし落ち込んだ表情になったマイヤールと食事をとりながら内心でテミスはそう呟いた。
ラミスの食事を取るという言葉、それが建前でしかないことにテミスは気づいている。
ー あんたには話すことは何もない!
マイヤールのその言葉にラミスは自分をマイヤールが過剰に意識していることに気づいたのだ。
つまり自分が邪魔になっていることを悟り、その理由を言いやすいように、テミスを置いてこの場を去ったのだ。
そしてテミスはその主の意図を充分に理解して、溜息を漏らした。
「はぁ……」
確かにラミスの意図も考えもわかる。
だが、それでもこんな見るからにどんよりしているマイヤールとこの場に残されるのはあまりにも辛い。
せめてもう1人ぐらい誰描いても欲しかった……
そう、テミスは内心で文句を漏らしながらも、それでも意を決して口を開く。
「マイヤールさん、改めてラミス様を保護して頂いてありがとうございます」
「ん?あ、ああ」
ー あ、こいつ僕のこと忘れてやがったな。
テミスに声をかけられたことに対してみせたマイヤールの表情に怒りを抱く。
しかし、それでも今はそのことを指摘したい思いをぐっと抑え込んで口角を上げて愛想笑いを浮かべる。
「それにしても、ラミス様に対してマイヤールさんはあまり良い感情を覚えていないような気がするのですが、どうして助けてくれたのですか?」
「………俺はそんなに分かりやすかったか?」
最初テミスを忘れていたことに対し、罪悪感を抱いているのか気まずそうな表情を浮かべていたマイヤールだが、そのテミスの言葉に今度は自分自身を情けないとでも思っているような、そんな表情を浮かべる。
「いえ、ラミス様にそう言われただけですよ」
「えっ?」
だが、そのマイヤールの言葉をテミスは否定した。
そのテミスの言葉にさらにマイヤールは驚愕の表情を浮かべるが、テミスの言葉それは決して嘘ではない。
執事として常にラミスと一緒にいたテミスはある程度ラミスが何を伝えたいのか、分かるようになっている。
「……そうか、かなり訓練を受けているんだな」
テミスの表情から、嘘でないと分かったのか隠しきれない驚愕を顔に浮かべながらマイヤールはそう告げる。
その言葉にテミスは少しにまにま笑う。
自分の実力が外見の所為で下に見られることはあまり好きでないが、マイヤールの態度に優越感が満たされたのだ。
そしてマイヤールの評価を心の中で上げたテミスは少し優しげな口調を意識しながら口を開いた。
「ですが、別に私に何か話をすればラミス様に筒抜けになるというわけではないので、何かあれば今言ってくれて構いませんよ」
「あぁ、そういうことか…」
テミスの言葉になぜ、ラミスが突然出て行ったのか、本当の意味を悟ったマイヤールは笑いを浮かべた。
「………本当にラミスは外見以外は全く貴族に思えないな。テミスさんだっけ?気遣いは有り難いけど、今から話すことは別に言ってくれても構わない。そして俺が失礼なことをしたと謝ってくれると嬉しい」
自分で言うのは気が重い、とそう情けなさそうに頭を下げながら、マイヤールはそう告げた。
その態度に思っていたよりもマイヤールは気難しい人間でないことに気づき、テミスも笑みを浮かべる。
「実は俺は、ラミスの姿に最初、彼女をマートライト家の戦乙女だと思い込んでいたんだ……」
「えっ?」
だが、次の瞬間そのテミスの笑みはいきなり凍りつくこととなった……
昨日は投稿送れて申し訳ありません。
少し諸事情によりバタバタしていました。
今日から投稿時間がお昼になると思います。




