元令嬢、食事を抜かれる
再度ギルドに突撃してから数時間後、ラミスは全身鎧の少年、マイヤールに強制的に帰宅させられていた。
最初テミスは突然現れたマイヤールに不信感を隠そうともしなかったものの、ラミスがギルドで冒険者に目をつけられていたと聞いた瞬間、マイヤールに向けられていた怒りは全てラミスに向けられた。
「うぅ……ぐずっ」
そしてその結果、ラミスは本日の夕食抜きという極悪非道な罰に涙を流すこととなった……
しかも、ラミス用にテミスが作っていた食事をマイヤールが美味しそうに食べているのでその光景がさらにダメージは倍増させる。
「ラミス様、確かにそこまで口を酸っぱくして言い聞かせたりはしていないですが、それでもちゃんとギルドには寄らないようにって言いましたよね?」
テミスは何時もならラミスに食事を抜きなどのきつい罰を与えることはないのだが、今回は違った。
静かに、それでも完璧に激怒した状態で淡々とラミスを問い詰める。
「ごめんなさい、ですわ……」
そしてそのテミスの追求にラミスはひたすら謝ることしかできなかった。
動いてきたせいで空腹を訴える腹部を無視して、何とかお零れを貰おうと必死にテミスに謝り続ける。
「本当に分かってんのかよ」
その時、酷く不機嫌そうな声がその場に響き渡った。
その声の主はマイヤール。
全身鎧を脱ぎ去ったその顔は予想外に整っていたが、だがそんなことはラミスには関係なかった。
今大切なのはマイヤールを味方にして、テミスを説得すること。
だから、ラミスはマイヤールにもひたすら謝罪することを決意する。
「はい……」
ラミスは精一杯申し訳なさそうな顔を作ってそう告げるが、だがそれでもマイヤールの不機嫌そうな雰囲気は揺るぐことさえもなかった。
「………お前に、あの時の俺の気持ちが本当に分かっているのか?」
「えっ?」
ラミスはそのマイヤールの言葉に首を捻る。
「あっ、」
だがラミスは直ぐにあの時自分が出てきた所為で何が起こったのか、その後のことが容易に想像できてしまう。
あの時、周囲の冒険者を牽制する形で私を助けたマイヤール。
確かに彼はかなりの実力者だが、それでもそんなことをすればさすがに周りから睨まれるだろう。
もしかしたら冒険者数人に何か文句を言われることもあったかもしれない。
だが目の前のこの気の強さそうな少年が素直に謝るとは思えない。
おそらく何か挑発するような言葉を告げ、そしてギルドは緊迫した空気に包まれていって……
そしてそんな時に自分が現れたらどうなるか、そのことをラミスは悟る。
空気が緊迫していただけ居た堪れない空気がその場を覆い、そしてマイヤールにはこんな視線が送られただろう。
ー お前、ちょっとかっこいいこと言ってたけど、何してきたの?全然伝わってねぇじゃねか!
という。
ラミスは自分のその想像が正しいことをマイヤールの態度から悟る。
そしてそれならば直ぐに誠意を示していた方がいいと判断して……
「ごめんな……ぐふっ」
「笑ってんじゃねぇよ!お前のせいだろうが!」
堪えきれず吹き出した。
そしてそのラミスのあんまりな態度にマイヤールが切れる。
だが、そのマイヤールの態度に悪いと感じつつも、ラミスの笑いが止まることはなかった。
一目見てクールな印象を受けるマイヤール。
だからこそ、壺に入りラミスは声を押し殺して笑い続ける。
「笑うのやめろ!」
……そしてマイヤールの怒りの叫びはラミスが何とか落ち着くまで響くことととなった。
◇◆◇
「それでは改めて助けて頂き、ありがとうございました」
ようやく落ち着きを取り戻したラミスはようやくそうお礼をマイヤールに告げる。
「いや、今更すぎんだろ……あれだけ笑っておいて……」
だがそのラミスの謝罪に対するマイヤールの反応は芳しいとは言えないものだった。
その不満が正当であることを知っているラミスは何も言えず黙る。
「そう言えば、私お腹すきましたわ」
「……露骨すぎんだろ」
「あと、今日は本当に晩御飯抜きですから」
「うっ!」
そして答えに窮したラミスは話をごまかしにかかるが、だがその目論見はあっさりと看過され、マイヤールとテミスの言葉にラミスは身を縮こめる。
「はぁ……」
マイヤールはそんなラミスの様子に心底呆れたように溜息を漏らした。
その視線から目をそらす様にラミスは横を見る。
そんな行動さえラミスの考えが透けていて、さらに居心地の悪い視線をテミスから送られることになったが。
「なぁ、お前冒険者をやめた方が良いんじゃないか?」
「っ!」
だが、その弛緩しきった空気はマイヤールの発した言葉で消えた。
マイヤールの声は真剣そのもので、それは決して嘘を言っていないことをラミスは悟る。
しかし、だからこそその意図が分からなかった。
確かに冒険者は危険な職業だ。
かなり儲かる代わりに命をかけなければならず、常に死の危険が付き纏う。
だから普通は忌避される職業だ。
しかしだからこそ、冒険者になった殆どの者には何か理由があることが多い。
もちろん、英雄願望などの理由で入ってくるものがいない訳ではないが、そんな者のほとんどは直ぐにやめて行く。
そんな中、やめようとしない人間がいたらそれはそれ以外に生きて行く術が無いから冒険者になっているのだ。
そして明らかにラミスは自分が貴族の様にしか見えないことを知っている。
落ちぶれて、それでも生きなくてはならなくて冒険者になった本な人間にしか見えないことを。
だからこそ、マイヤールが冒険者をやめろというその意図が、善意なのか、それとも悪意なのか分からず、答えに窮して……
「俺がお前らの分も援助してやる」
「えっ?」
そしてそのマイヤールの次の言葉に、絶句した。
そう告げたマイヤールの目は真剣そのものだった。
悪意も、敵意もそして下心も存在しない、そんな目。
ラミスは今ここで冒険者をやめると告げれば本当にマイヤールは自分たちを養ってくれるだろうことを悟る。
だからこそ、もうラミスにはその疑問を押し殺すことは出来なかった。
「誰なんですか?」
「あん?」
要求に質問で返され、思わずマイヤールは首を捻る。
そしてそのマイヤールの反応にラミスは今ならまだ引きさがれることを悟る。
今、適当に誤魔化せばこの少年との関係は壊れることはない。
だが、口にして仕舞えばそれはあまりにも踏み入ったことを聞くことになる。
だが、それでもラミスは尋ねることを決意した。
「貴方は、私を通して誰を見ているのですか?」
「なっ!」
その瞬間、部屋の中にマイヤールの殺気が溢れ出した……




