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元令嬢、受付嬢を落とす

「す、すみませんでした!」


ラミスがS級冒険者だと知った受付嬢はそう青い顔のままラミスへと頭を下げた。

それは正直ラミスにとっては過剰ではないか、そんな風に感じてしまう態度。

だが、それは決して受付嬢として間違った態度ではなかった。


S級冒険者、それは本当に世界でも数人しかいないと言われるだけあり、ギルドの中でも絶大な影響力を誇る。


その影響力は元S級冒険者がなると言われるギルド長ならともかく、ギルド支部長程度などでは比較にならない。

そしてそんな存在に一受付嬢が不当な扱いをしたということがあれば、首にもなり兼ねない。

もちろんS級冒険者と呼ばれる人間は決して実力だけで選ばれるわけでなく余程の理由が無いのに解雇する人間はいない。

いや、どちらかといえばそれ程受付嬢に興味を示すことがないと言った方が正しいかもしれないが。


そして受付嬢がしたこと、それは普通のS級冒険者であれば間違いなく斬り殺され兼ねないくらい。


「本当にすみませんでした!ラミスさ……様!」


「うぅ……」


だが、それでもラミスは受付嬢の態度が当たり前のものだと知りながらも、それでも様付けに今まで感じていた親密感が否定された気になって思わずしょんぼりする。

少女の態度、それ確かに本当にそれはS級冒険者を相手するときに必要な、受付嬢のマニュアルに沿ったものなのだろう。


ー 私はそんなことを気にしませんのに……


そうラミスは思いつつも、それでも自分が隠していたことが理由であることを悟り、


「さ、さん付けにしてくれないのですか?」


指をもぞもぞと絡ませながらただそう告げるだけに留まる。

だが何故か受付嬢から返答が来ることなく、ラミスは恐る恐る上目遣いで少女の様子を伺う。


「……かわいい」


「えっ?」


「っ!あっ!な、何でもないです!」


少女が何を言ったのか、ラミスにははっきりと聞こえることはなかったが、それでも顔を真っ赤に染めて慌てる少女の様子に自分の態度が途端に恥ずかしく思えてきて同じく顔を染める。


「……でも、それでも本当にごめんなさい」


だが、受付嬢の顔からラミスに対する罪悪感が消えることはなかった。

それは当然だろう。

確かに彼女には家族を守らなければならないという理由があって、そしてラミスは彼女を許した。

けれども今でも彼女の中ではラミスをもう少しで傷つけるところだった、という考えが未だ頭から離れないのだろう。

それは少女の美徳。

ラミスが心を動かされた所以。


「では、私の頼みを聞いてもらいましょうか」


「えっ?」


ーーー そしてだからこそ、ラミスはその優しさで少女に傷ついて欲しくなかった。


受付嬢は突然得意げな笑みを口に浮かべたラミスの姿に呆気にとられたようなそう声を漏らす。

だがその受付嬢の理解を待つことなくさらにラミスは言葉を重ねた。


「それで、全部チャラですわ」


「っ!」


先程とは違う、ちゃんとお姉さんとしての顔を浮かべるように意識しながら。

そしてそのラミスの言葉に一瞬受付嬢は絶句する。

意味がわからなかったのか、呑み込めなかったのかそれはわからないが、だが直ぐに聡明な彼女はラミスの意図を悟る。

それから一瞬、彼女の顔に悩むような色が宿るが、受付嬢が口を開く前にラミスは彼女を引き寄せた。


「ひゃっ!」


受付嬢の顔が赤く染まる。

そしてその受付嬢の反応に気恥ずかしさを覚えながらも、それでもラミスはその感情を表面には出さず彼女に笑いかける。


「その1つは貴女が、私に助けられた少女がきちんとその愛らしい笑みを浮かべてくれることですわよ」


「えっ?」


それは酷く冗談めかした言葉。

だが、それがラミスの一番の望みだった。

そのことを少女は冗談めかした行動と言葉に反して真剣な表情で悟る。


「はい!」


そして、その受付嬢は少し目を潤ませながら、笑って頷いた。





◇◆◇






それから少しの間、少女に気を利かせてその場を後にしていたテミスが戻るまでラミスは受付嬢とこれからの方針に対して話し合っていた。

その内容は幾ら優秀な少女だといえども決して楽ではない要求。

けれどもそれでないと受付嬢はまた自分のことを責めてしまうとラミスは考え、敢えて自分の望むものを少女に頼み込む。


「はい、任せてください!」


「うふふ」


「あれ?」


そしてラミスは元気一杯に小さな胸を張ってラミスに頷いてみせる少女の姿に自分の狙いが上手くいったことを悟って思わず笑いを漏らす。

………決してその少女の愛らしさに笑いを漏らしてしまった訳ではなく。

だがそれでも怪訝そうな少女の声に、不審に思われるわけには行かないとぼろができる前に話をうやむやにしてしまおうとそうラミスは受付嬢に口を開いた。


「では、小さな受付嬢さん。私達はこれで失礼しますわ」


そしてラミスは最後にもう一度挨拶をしてその場を去ろうとして、だが受付嬢の反応がないことに気づいて声をかける。


「どうしましたの?」


もしかして無理をさせ過ぎたか、そう焦ったラミスが彼女の顔を覗き込むと彼女の顔は何故か真っ赤に染まっていた。

何故、そんな状態になったのか、ラミスの頭に体調不良の可能性が浮かぶ。


「あ、あの!」


だが、ラミスがそのことを訪ねる前に少女は意を決したように口を開いた。

その目は潤んでいて、顔はさらに朱色に染まっている。

その状態に本格的にラミスは少女の体調が心配になってきて……


「私はエミリです!」


「っ!」


だが次の瞬間ラミスはその少女の言葉に思わず絶句した。

少女、エミリはその言葉を告げた瞬間背中を翻し逃げ出す。

しかしラミスは追いかけることができなかった。


受付嬢の名前を教える。

それは決して大きなギルドではおかしなことではない。

何故ならギルドが受付嬢を守ってくれるからだ。

だがその一方小さなギルドでは名前を知られることで騒ぎに巻き込まれる可能性が高くなり、そのせいで小さなギルドでは受付嬢は名前を隠す。

そしてこのギルドを見る限り、名前は隠さなければならないはずで……


ーーー そう、受付嬢が冒険者に惚れて名前を教えるそんな時以外は。


「なっ!」


そこまで考えてラミスは全てを悟る。

赤く染まった頬に、潤んだ目。

それはまるで恋する乙女で、そしてラミスは全てを悟って驚愕の視線でエミリを見ていたテミスにぽつりと漏らした。


「何で、テミスになつきましたの……」


「……そういう結論になりますか」


テミスが何故かこちらを呆れたものを見るような視線で見てくるが、そんなことラミスはどうでも良かった。

ただ、何故か自分ではなくテミスにエミリが懐いてしまった事実に想像以上に衝撃を受けていて……


「テミス!今日は鍛錬ですわよ」


「本当、なんで分からないんですか!」


そしてその日、テミスはボロボロになるまでラミスに鍛錬と称された八つ当たりをされたという……

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