元令嬢、国を出る
マートライト家の屋敷、それは酷く豪華なものだった。
マートライト家程度の貴族ではまず建てることのできないはずの規模。
そしてそれこそがマートライト家がどれだけ軍事方面でこの国に貢献していたかを示している。
実際マートライト家の名は軍事に関しては死神の如く恐れられている。
それこそこんな屋敷程度では全く示せていないほど。
「ふ、ふはは!これでようやく俺の手にマートライト家が……」
そしてその中、1人の男が暗い笑みを浮かべていた。
その名はマルク・マートライト。
ラミスの兄であり、現マートライト家当主である人間。
そしてその身体にはマートライト家の人間であるだけあり、鍛え抜かれていた。
さらにその顔も中々優れていたが、
「これでようやくラミスを追い払うことが出来る!」
………しかしその目に宿る欲望がかれの魅力を半減、いや皆無にさせていた。
正直、百年の恋も冷めそうなそんな状態でマルクは騒ぎ立てるが、その状態に自身では全く気付いていない。
いや、もしくはそんなことさえ気にならなくなっているのか。
「ようやくだ……あいつが戦場に出なくなってからはや数年……なのに何故か将軍だけでなく兵達まで現当主である俺でなくラミスばかりをあてにしよって……」
マルクは心底待ちわびていた、そうでも言うように哄笑を上げる。
「えっ、」
ーーー だが、その時呆然とした呟きが何処からか漏れた。
「っ!」
マルクはその声に誰かに自分の独り言を聞かれたことを悟り顔色を変える。
だが、自分の声を聞いたのが誰かを悟り余裕を取り戻した。
「あぁ、テミスか」
そこに立っていたのは小柄な少女と見間違えてしまいそうな少年だった。
彼の名はテミス。
元孤児の15歳で、ラミスの執事であった。
「貴様!ラミス様に何をした!」
そしてマルクの馬鹿にしたような行動に呆然としていたテミスは激昂した。
「お前に何が出来る?」
だがそのテミスの怒鳴り声に対し、マルクが余裕を失うことはなかった。
その理由は簡単、マルクは自分がテミスよりも強いことを知っているからだ。
15歳でありながら、実年齢よりもかなり下に見える可憐なテミス。
テミスは一応マートライト家に使えるものとしてある程度の武術を習っているが、それでも当主であるマルクに勝てるほどでは決してない。
「とにかくお前にはここで見たことを黙って貰わないと、な」
そして勝利を確信したのか、笑みを浮かべたマルクはテミスへと腕を伸ばし、
「本当に考えが甘いですわね……この駄兄が!」
「ぐばずっ!」
「ら、ラミス様!」
次の瞬間、突然現れたラミスにマルクは殴られ、壁にめり込むこととなった……
◇◆◇
「ら、ラミス!何故ここに!」
「はぁ……この人は……あんな間抜けな手で私をどうにか出来ると思いましたか?」
「っ!」
ラミスはそう自分の姿に絶句する兄の姿に深々と溜息をついた。
「そ、そんな!王子にあれだけ婚約破棄を宣言するだけにしろと言ったのに……」
「いや、あの屑私の純潔狙ってましたよ」
「「えっ?」」
私はテミスと一緒に呆然と声を上げる兄を見てさらに深々と溜息を漏らす。
正直私は兄が嫌いではない。
確かに馬鹿でどうしようもなくて、マートライト家当主に就任した途端冤罪を掛けられていたりと救いようがないが、それでも根は決して悪い人ではない。
………だが、相変わらずやることなすこと極端で本当にどうしようもない。
実はラミスは兄が哄笑を上げているところから既に邸に戻ってきており、兄の姿にドン引きしていたりする。
「今回だけはお兄様に感謝して上げますわ」
だが、不思議とラミスの中に兄に対する怒りは存在しなかった。
ー 貴様!ラミス様に何をした!
「ふふっ」
私の頭にある言葉が蘇り、自然とラミスの顔に笑みが浮かぶ。
「えっ?」
そしてラミスは自身のの言葉に呆然としている兄を無視し、その後ろにいたテミスへと口を開いた。
「そんなに大切に思ってくれていたとは知りませんでした」
「へっ?」
そうラミスに言われたテミスは少しの間意味がわかっていなかったのか呆然としていたが、
「っ!」
ーーー だが、ラミスがかなり前からこの屋敷に戻っていたことを悟ったのか、顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「ち、ちがっ!それは!僕の仕事が無くならないか心配で!」
そしてそのテミスの様子にラミスはにまにまとした笑みを浮かべる。
というのも実はテミスはこの屋敷の中では一番の新顔で、未だこの屋敷の面々に心を許す態度をとることが無かったのだ。
そう、それは一番関わりを持つラミスにさえ。
「あら?私は王子に純潔を奪われそうになったと言ったときに驚いたのを指摘しただけでしたのに。他にも何か言いましたの?」
「なっ!あ、ぁぅ……」
そしてラミスは滅多に見せないテミスのデレをさらにからかう。
最終的に、テミスは顔を真っ赤にして俯いてしまい、
「ラミス、お前どうするつもりなんだ?」
そのときマルクの固い声がラミスの言葉を制止するように響いた。
その声は知らなかったとはいえ、王子の企みに乗ってしまったことを悔いているのかマルクの想像以上に固いものとなっていた。
「お兄様、私はこの国を出ようと思います」
「えっ?」
だが、その罪悪感はラミスの次の言葉にあっさりと霧散した……
本日二話目です