元令嬢、激怒する
「これこれは貴族様、遅い登場で」
翌日ラミスが呼び出された場所、ギルドの離れの施設に姿をあらわすとそこに居たのは下卑た笑みを口元に貼り付けた男と、青い顔をして顔を俯かせた受付嬢の姿だった。
そしてラミスはその男の口元に浮かぶ笑みに自分を呼び出した内容、それはやはり口実だったことを確信する。
ラミスがこの場所に呼び出された口実、それはコネという冒険者の誇りを汚すような行為をしたラミスはもう冒険者として認めるわけにはいかないが、この場所に謝罪に来れば許してやらないでもないという、上から目線の内容だった。
だがそれは通常そんなことで罰せられるなどあり得ない。
ラミスがギルド長にS級認定されたのは確かにコネだが、それでもきちんと実力を認められてのことだ。
そしてそのことはきちんと手紙の中にも書かれている。
ーーー しかも、ここにいる受付嬢があの少女であるというそのことは普通あり得ないことなのだ。
普通ギルドでは2人から3人の受付嬢が常任している。
さらにシフト制で受付嬢は変わって行く。
そして確かに酷く過疎が進むギルドでは常任している受付嬢が1人なことはあるかもしれないが、それでもあったことがあるのが1人の少女だけというのはあまりにも異常なことだった。
だったら何故、そんなことが起きているのかその理由は簡単に推測できる。
つまり、私をギルドに呼び出した手紙は態々この少女が受付嬢をしている時間に私を呼び出して居たのだ。
「おいおい、手紙の内容にぶるって声もでねぇか?」
そしてラミスはそんなことをするのは目の前の男、ブルなんとかしか居ないと悟る。
彼がこの受付嬢の時だけ私を呼び出した理由、それは受付嬢の少女の時だけは自分の思うように事実を捻じ曲げられるから。
そして事実を捻じ曲げ、自分の身体を好きにでもしようとしているのだろうとラミスは推測する。
つまり、この男はやはり受付嬢の女の子の何か弱みを握っている。
そのことをラミスは男の態度から悟る。
「………さい」
そして、その男の態度と対照的に受付嬢の少女は目に一杯の涙を浮かべながら唇を噛み締めていた。
小さな、それこそ武器を握り戦場を駆け回ってきたラミスなどとは比べ物にならない程か弱い拳にぎゅっと力を込めて、何事か小さな声で呟いている。
「っ!」
ーーー そしてその小さな声が謝罪の言葉であることをラミスは少女の口の動きから悟る。
「屑、ですわね」
その瞬間ラミスの胸に溢れ出したのは少女を脅し、過酷な目に合わせている男への怒りだった。
受付嬢の少女は酷く傷ついていた。
恐らく彼女は人を傷つけることなどしたこともない酷く心の優しい少女なのだろう。
「ラスト、ティア……」
だが、彼女はそれでも家族の名前だろうかを呟きながら拳を握りしめていた。
受付嬢の少女彼女は恐らく人を傷つけたことも、傷つけられたこともない。
ギルドの受付嬢として過ごしていることで少し特殊な経験をしているかもしれないが、でもそれだけの普通の少女だ。
しかし彼女は家族を守る為に必死に自分を殺している。
それは幾多の戦場を賭け抜いてきたラミスから見れば、とても尊い決意で、
「大丈夫、ですわよ」
「っ!」
だから、その少女に怒りを抱くことはなかった。
ラミスに笑いかけられた少女が驚愕に目を見開き、男は怪訝そうに首を捻る。
「では、改めて何をすれば謝罪をしたと認めてくれるのか、ご教授下さいませ」
だが、ラミスは男が考える暇を与えずそう笑いかける。
ー テミス!
ただ、胸の中で信頼する家族の名を呟くことで今すぐ男から逃げたくなる嫌悪感を抑えながら。
「あぁ、物分かりがいいじゃねぇか」
そしてそのラミスの笑みに男は驚いたように息を呑み、それからその顔は欲望に歪んだ。
◇◆◇
「謝罪って何をしなければならないか、決まっているだろう」
そう告げる男の顔に浮かんでいたのは最早頭で考えていることも隠そうともしないあまりにも下卑た笑みだった。
「っ!」
そしてその男の顔にラミスは嫌悪感で身体に鳥肌が立つのを悟る。
「如何してですの?」
だがそれでもラミスはその嫌悪感を隠し、あくまで単純に好奇心から出た言葉だと思われるように明るい声を発する。
「如何してって……」
男は焦らすようなラミスの態度に不満げな色を顔に浮かべつつも、ラミスにギルドの規則だと言ってしまった手前何か理由がないかを考え始める。
そしてその男の態度のお粗末さをラミスは鼻で笑ってしまいたい衝動に駆られる。
規則だとあれだけ主張しながら、その理由と問われれば言い淀む。
それでどうしてギルドの規則などと偽ろうとしたのか理解に苦しむ。
そうラミスは思いながらも、それでも表面上は和かに男の言葉を待つ。
「それが女の役割だからだよ」
「っ!」
だが、次の言葉にラミスは男を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。
男の言葉、それは何も考えず自然に口から出たもので、だからこそ何よりも雄弁に男の気持ちを物語っていた。
「男は常に必死で仕事してんだぜ。ほらこの傷だって戦闘でついたものだ」
そう言って男が見せてきた腕の傷、それは戦場にいたラミスからすればあまりにも小さな傷だった。
そんなものよりも大きな傷が、ラミスの身体にはもっと沢山ある。
ただ、ラミスの場合は自己治癒力が高くもう殆ど傷跡は残っていないが。
「子供だって大人の言うことを聞いていれば良いんだよ!俺が高く買えと言えばその通りにすればいい!」
だが、男はラミスの変化に気づく様子もなくベラベラと喋る。
そして話す間、男は受付嬢の少女の方を見ており、ラミスは聞くまでもなく男が誰に何を言っているかを悟る。
「そんなんだから家族が行方不明になるんだよ!生意気しか言ってねぇで、人の有り難みも分からねぇクソ野郎だからなぁ!」
「っ!」
そしてその言葉に少女の肩がピクリと反応して、少女の顔に怒りとも後悔とも取れない複雑な表情が浮かぶ。
それこそが、ラミスの推測が合っていた何よりの証拠だった。
そしてそのことを悟ったラミスの顔に最早隠しようもない怒りが浮かぶ。
「ははっ、もういいだろ!早く服を脱げよ!」
だが欲望に気を取られた男はそのラミスの態度に気づかず衣服の紐を緩め、服を脱ごうとする。
「ん?おい、今更嫌だと言わないよな」
そしてその時ようやく鎧を脱ごうともしないラミスの態度に男は不信感を抱く。
しかし、男はラミスの態度の変化には未だ気づかず、どう勘違いしたのか勝手にラミスの鎧へと手を伸ばす。
「へへっ!脱がされるのが好みだったのなら、そう言えよ!」
その男の顔のあまりの醜悪さにラミスの拳に力が入る。
「っ!」
だが、その時ラミスの拳から低い音が響いた。
「何でだ?この鎧、脱げねぇぞ?」
男はラミスの鎧を触ることに夢中でその音には気づかなかったが、ラミスはその音に敏感に反応して拳を開く。
そしてその拳に握られていた石が赤く光り輝いているのを見て、どう猛に笑った。
「テミス、もう少し早く動いて欲しかったのですが……」
「ん?なん……」
男もその時になってようやく、ラミスの態度の変化に気づいて訝しげな視線を彼女に向ける。
「がっ!」
「近寄るな、下郎」
だが、次の瞬間その顔にはラミスの鎧に覆われた拳がのめり込み男は吹き飛ぶ。
「っ!」
そして男は壁にぶち当たり、大きな音を立ててその壁の近くにあった荷物が吹き飛んで行く。
受付嬢は突然のラミスの行動に目を見開くが、だがラミスはもうそんなことを気にしてはいなかった。
「こいつはろくな人間ではないと最初から思っていましたが、想像以上の屑でしたね」
「な、何が……」
ラミスは未だ呆然と事態が飲み込めていない男に対して嫌悪感と怒りを露わにした視線で睨みつける。
「貴方だけは個人的に許せそうに無いです」
そして戦場で恐れられ戦乙女、とまで名付けられた1人の元令嬢は、腰に付けてあった剣を抜き放った………
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