RAISE 2
孤島のヘメラ王国から唯一ヘスペリデス帝国へと伸びる道スティクス大橋は石造の橋で、大海からはるか上を走っている。いつ建てられたのか、誰が建てたのか、セイタには不明であったし、さほど興味もない。
スティクス大橋付近の天候はここ数年、毎日荒れ狂っている。海もごうごうと鳴り、時には大雨や大風に見舞われる。雷が海を襲うこともある。ヘメラ王国からヘスペリデス帝国に向かうには、本来ならばスティクス大橋を馬車で駆けて三日を要するのだが、現在、この悪天候では踏破することなど奇跡に近い所業であると言って他ならない。そんな中、セイタらは果敢にも、いや無謀にもスティクス大橋踏破を目指している。
なぜなら彼らには奇跡に挑まなければならない理由がある。
セイタらが所属するヘメラ王国は、世界を支配せんとするヘスペリデス帝国に戦いを仕掛けているからだ。
「急げ、セイタ! 正規隊と離される!」
ステファンが叫ぶ。
ステファンやセイタは、ヘメラ王国騎士団特務隊の兵士だ。
「わか、わかってる!」
セイタはどもりながらも頷いた。
しばらくすると、可愛らしくアレンジした赤い制服を身につけた黒髪の女の子が駆けつける。
「ハア、ハア、もう、走れなーい!」
黒髪の女の子が発した悲鳴が石の橋に反響した。
「よくやった、イザベル。一息ついたらまた走るぞ!」
ステファンがイザベルという黒髪の女の子を鼓舞した。イザベルは「ゲッ、鬼猫!」などと文句を垂れている。ウェーブさせた長髪はとっくに雨に降られ、赤い制服にべっとりと張り付いてしまっている。
「って、前、前! 帝国のヤツらが来てるわよ!」
イザベルが急ぎセイタの背後に隠れる。セイタは死体へと手をかざしている最中だった。
イザベルが指した前方には青い兵装の人間が三人、こちらに向かって走ってきている。
「正規隊の討ち漏らしじゃな」
ステファンが舌打ちした。
「フラン! フラン、おるじゃろ!」
ステファンが暗雲へと呼び声をかけた、その直後、青い兵装の人間たちが一瞬にして地に伏した。それら人間から噴き出した血が雨に流され始める。
「でかした!」
ステファンに笑顔が浮かぶ。猫にしては厳めしい笑顔だ。
フランなる人物の姿は雨に隠れて見えない。だがステファンはたしかにその匂いを嗅ぎとっていた。
「ねえ、あたし思うんだけど、人を蘇らせながら敵を殺してくのって、人間として矛盾してない?」
イザベルが誰ともなしに言った。
「一括りにするから矛盾が生じるんじゃ」
ステファンが応じる。
「じゃ、何括りよ」
「ヘメラ以外、人間ではない」
「ホント、猫は気楽なもんよね」
「そう思えということじゃ」
イザベルとステファンの会話はそこで中断する。
「どうじゃ、セイタ。聞こえるか?」
「う、うう」
イザベルの眼前でセイタが身をかがめる。
ようやく一人、死の淵から蘇らせることができたようだ。
「孤島を捨てた甲斐があったな」
ステファンはまず安堵した。