第7話
翌週。メタル☆うぃんぐの面々と共に、地下スタジオ『ドクドク』の階段を上がる姫タル俺。出口付近になってようやく真夏の太陽が差し込んだ。
脳内でレッド・ツェッペリン『天国への階段』が流れている。なぜなら俺の目前で、肩にギターケースを抱えたデニムのミニスカート姿の鈴音ちゃんの、白いふくらはぎと太ももが艶かしく揺れているからだ。
背後ではリズム隊のふたりがじゃれ合っている。キーボードの美羽は塾の為に不在だ。
JKメタラー☆姫タル正式メンバー加入。その件に関しては、ずっとお茶を濁している。とりあえずコーチ役として、技術的なアドバイスをしている状況だ。
コミュ障の俺ではあるが。彼女達の前ではどうにかしゃべれている。音楽の知識や演奏力がもたらす自信と、姫のメタルなメイクと衣装。それらがヘタレな俺の気を大きくさせているのだ。コスプレの力は偉大である。女のように甲高い地声も、女装姿なら気にすることはない。
しかし、いくらアドバイスしても、バンドの演奏は上達の兆しが見えない。横から口を挟むだけでは限界がある。演奏レベルの向上を果たすには、やはり俺も一緒に音を出して牽引しなければダメなのだろうか。
最近、リーダー鈴音の元気がないのも空気に影響している。こんな調子で秋の学園祭ライブは大丈夫なのだろうか。
車の通行量の多い県道に出る。もわんとした熱気。まぶしい日差しが、俺のグリーンカラコンの奥の瞳を指す。そんな俺たちの前に、二十代後半とおぼしき背の高い男性が通り掛った。
陽菜が人目もはばからず大声で叫ぶ。
「あーっ! タカぴょんだーっ!」
「おお、みんな奇遇だな」
「姫さま、わたしたち軽音の顧問の高崎先生です」と鈴音が俺に紹介する。
「どうも、高崎です」と軽く会釈する長身の男。
一八〇センチ以上はある。淡いトーンのワイシャツに鮮やかなブルーのネクタイ。すっきりセンス良くまとまっている。
姫タル俺は、無言の会釈で返した。
「奇抜なファッションの娘だね。みんなの友達かい?」
爽やかな笑顔に甘いマスク。優しそうな目が特徴的だ。男の俺の目から見ても、かなりのイケメンである。こいつが顧問教師か、鈴音ちゃんが憧れているかもしれないという……。
爆ぜろリア充教師めが!
俺の脳内でリッチーブラックモアがディープ・パープル『Burn』のリフを激しく奏でた。イアン・ギランもバーンと雄叫びを上げている。
「美人な子だ。そんな格好をしているのがもったいないね。素顔の方がきっと似合うと思うよ」
だから教師の分際でそういうちャラいこというなよな。教育委員会に訴えるぞ。
「タカぴょんっ。この娘がうちらの新メンバーの姫ちんやねんよ!」
ちょ、ちょっと待て。俺はいつメタル☆うぃんぐに加入したんだ?
「ふむ……見たところうちの生徒じゃないね」
俺は首をこくりと縦に振った。続けて鈴音が恐々と問い掛ける。
「先生、やっぱり校外のメンバーは学園祭ライブ出演NGです……か?」
「普通はありえないな。だが……」
答えを濁す高崎。腕組みをして顎に手を添え、考え込む。
「何か正当な理由があれば、特例としてなくはないが……」
「姫ちんは可哀そうな女の子やねんよ。ぼっちのコミュ障で引き篭もりになって、高校も退学になって。おまけにメンへラーで何度も自殺未遂をしてるんやから」
ちょ、陽菜ちゃん。俺が何時そんなことしたんだよ?
確かにぼっちのコミュ障ではあるが。ちょっと話を盛りすぎだろ……。
「タカさん、心に傷を負った孤独な少女の社会復帰貢献活動の一貫として是非っ!」
翼さんも空かさず援護射撃だ。しかし、よくもまぁこんなデタラメを即興でペラペラと。さすがは聖女の生徒達である。頭の回転がまじぱねえ。
「先生。彼女は、わたしたちの大切な仲間なんです。友達なんです。ご検討の程をよろしくお願いします!」
鈴音がダメ押しに、腰を一六五度ほど折り曲げ、深々とお辞儀をした。こちらは直球勝負だ。
「しばらく考えさせてくれないかな」
高崎は意味深な視線を俺に投げ掛け、その場を後にした。
「じゃあオレたちもここで。今日はこの後、ヒナとふたりで映画に行くんだ」
「イケメンのツバメちゃんとデートやねんよー。んじゃあねー、姫ちんにスズメちゃんっ!」
翼は鈴音にチラと目配せすると、陽菜とカップルのように腕組をして立ち去って行った。
ふたりの後姿を見送ると、鈴音は「姫さま……」と俺の袖口を軽く引っ張った。
大きな瞳を潤ませながら、じっと俺の目を見る。彼女は小声で囁いた。
「ご相談があるんですけど。この後、お時間よろしいですか?」