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JKメタラー☆姫タル俺の秘めたる事情  作者: 祭人
第一章 姫タル俺と春なスズメの仲間たち
6/40

第6話

 七月。夏休み初旬の夕方。

 練習スタジオ『ドクドク』での帰り道。俺は例のファミレスでコーヒーゼリー・パフェに舌鼓を打っていた。

 今回もゲストとしてドクドクに顔を出した俺は、メタル☆うぃんぐのメンバーと共にここに訪れた。

 もちろん外見は姫タル姿。今日は口元に紫色の口紅でがっちりメイクを施してある。元々髭が生えにくい体質。何度かマクスを取ってみたが、男だとバレる心配はなさそうだ。


「素敵だ、姫はマスクを取っても美しい」


 翼がドリンクバーのグラス片手に、熱い眼差しで俺を見つめる。まるでブランデーグラスを持つホストのような手つきだ。


「うーん、姫ちんは取ってもとっても美しい」


 ドヤ顔の陽菜が、翼の口真似でダジャレを言い放つ。ストロベリーパフェの生クリームで口のまわりがベタベタだ。


「よしっ。姫ちんっ、次回はマスク取ってオタ動にUPするのだぴょーん。ますます人気もうさぎ登りだっぴょんぴょん!」


 サイドテールをうさぎの耳に見立てて、ぴょこぴょこ振り回す。


「ヒナ、それをいうならうなぎ登りだろ?」


 笑いながら翼が突っ込む。リズム隊の二人はいいコンビだ。それが、あのポンコツな演奏に反映されてくれればよいのだが……。

 これ以上のネットの顔晒しは危険だ。姫タル俺は無言で首を横に振り、速やかにレザーマスクを装着した。


 彼女たちは全員、聖女の制服姿である。午前中に補習があったらしい。これはこれで圧巻だ。俺はネカマだが、中身は健全なる男子高校生なのだ。

 対面には左からボーカルギターの鈴音ちゃん、ベースの陽菜ちゃん、ドラムの翼さん。

 俺の右横の窓際席。キーボードの美羽がブラックコーヒーの入ったカップ片手に、黙々と文庫本を読んでいる。間には一人分のスペースを空けている。


「ねえみんな。ふざけてないで、もっと真剣に姫さまにお願いしようよ」


 真向かいの鈴音が、さっきから姫タル俺に何度も頭を下げている。


「今日も適切なご指導をありがとうございました。姫さま、いえ師匠。ここは是非とも、正式にリードギターとして参加して頂きたいんです」


 うーむ……。

 確かに俺は、メタル☆うぃんぐのテコ入れをする決心をした。スカウトにしたって、ぼっちギタリストである俺には、嬉しいお誘いだ。

 だが、姫タルの正体は男なんだし……。やはり女子高の軽音ガールズバンドに加入なんて、ありえないんじゃなかろうか。


 仮に百歩譲ったとしても。他校の人間である部外者の姫タルに、聖女の学園祭ライブの出演権はない筈だ。そこは「顧問の先生を説得してみます」と、彼女は何度も言ってはいるが……。

 これ以上、彼女たちとの距離を縮めて深みにハマルのもヤバい。実は本日、いっそのこと「実は自分は男なんだ」と告白しようかとも思ったのだが……。

 学園祭ライブに情熱を燃やす鈴音ちゃん。そんな彼女のまっすぐな瞳を見ていると、さすがに口に出す勇気は持てなかった。


 陽菜と翼は、スマホ片手にくっちゃべっている。美羽に至っては、完全に蚊帳の外だ。横でリーダーが必死に俺の加入を説得しているというのに。緊張感がまるでない。


「ねえねえツバメちゃん。ほら見てよこれ」と陽菜がピンクのスマホを翼さんに差し出す。

「ん、なんだよヒナ」とスマホの画面を覗き込む翼。

「ツイッターでさ、またネカマのストーカー事件が話題になってんねんよ」


 胸がドキッと高鳴る。全身から血の気が引いて行く。

 先日の地下アイドルストーカー刺傷事件の事だ。ネットのニュースによると、逮捕された男は、ツイッターで自分は女であると称して被害者の地下アイドルに近付いた。同姓のファンと偽ることで警戒心を解いたのだ。

 ネカマの行為は、やがてリアルの執拗な付きまといへとエスカレートした。正体を男だと知った地下アイドルは、ツイッターカウントをブロックしたが後の祭り。逆恨みを拗らせて今回の刺傷事件へと発展したのである。


 俺の場合は、彼女たちの方から寄ってきたとはいえ……シチュエーションは似ている。

 エアコンの効きすぎている店内だが、背中から嫌な汗が流れてきた。


「女と偽って女を騙すとは。男として、いや人としてサイテーだな。そんな鬼畜にも劣るゲスびた輩はオレがまとめて叩きのめしてやる」と翼はボキボキ指を鳴らした。

「ツバメちゃんは空手三段やねんよ。県大会でも優勝したことがある最強女子なんやから」


 そ、それを早く言ってくれ。バレたら命がヤバい。


「ヒナメタルさまもお仕置きよっ。ネカマはメッタメッタのメタラーに切り刻んでやんねんよ」


 剣をさやから抜くように、右のサイドテールを左手でなめす陽菜。ジト目で舌なめずりだ。


「スズ、何かあってもオレが守ってやるからな」

「う、うん」


 暗い表情の鈴音。視線を膝元に落としている。なんだろう、このふたり身に覚えが?


「女装は敵前逃亡の歴史なのよ」


 今まで黙っていた美羽が急に言葉を発した。ぱたりと文庫本を閉じる。


「古代ギリシアには、英雄アキレウスがトロイア戦争に加わるのを防ぐため、女装して女性たちに紛れて自分の存在を隠蔽しようとしたという挿話があるわ」

「へえ」と翼。


「日本でも、平家物語の中で以仁王もちひとおうの挙兵という節があるの。平氏三百余騎の軍勢から、宮の侍である長谷部信連は以仁王を女装させ非難させた。でも途中、女の姿で溝を飛び越えるなどの行為をした為に、町人から下種びた女房と揶揄された。これが戦における女装逃亡の始まりと言われているのよ」

「ふむふむ」と陽菜。


「応仁の乱の前後にも度々、軍記において女装逃亡が語られているけど。いずれも愚策として失敗に終わっている。それに有名な牛若丸と弁慶の五条大橋での戦い。牛若丸つまり源義経の女装は、女に見せかけて弁慶を油断させる為の罠だった」

「それは男として卑怯だな。武将の風上にも置けないぜ」


「性同一性障害やトランスジェンダーのようなケースは別問題として。同性愛者でもないのに手段として行われる女装は、臆病者の代名詞と称しても過言ではないわね」


 一言一句がグサリグサリと胸をえぐる。女ドクターの鋭いメス。容赦のない言葉攻めだ。


「ミューちゃんは、昔からなんでも良く知っているわね」と鈴音。

「ちょっと気に掛かることがあってね」


 美羽は、メデューサのような眼差しで俺をチラ見し、再び文庫本を開いた。


 ◇


 その夜の自室。

 俺は机の前に座ってPCのディスプレイ画面をぼんやりと眺めていた。

 画面にはニコオタ動画のゲスびたコメントスクロールの嵐。その背後でJKメタラー☆姫タル俺が、太ももを晒しながらエアロスミス『Eat The Rich』のリフを刻んでいる。


「地雷踏まなくてよかった……」


 最近、世間では女装娘ブームである。だから案外ネタバレしても、イマドキJKたちにはあっさり受け入れてもらえるかと思ったが……俺が甘かった。

 尊敬する姫タル師匠の正体がネカマだと分かったら。きっと鈴音ちゃん達は幻滅し、軽蔑するだろう。そして瞬く間にJK必殺の口コミ爆でネットに拡散され公開処刑が待ち受けている。


 仮に新規アカでキャラ変えしたところでだ。ギタープレイや選曲や音色のクセは、おいそれとはチェンジできない。俺の部屋の様子はもちろんのことである。

 そこらへんをタチの悪い5ちゃんねらーどもに、ネチネチ粘着され追撃されるのがオチだ。ネットの闇は深いのである。


 俺はネカマのA級戦犯として魚拓に晒され、オタ動からは出禁となり、ネット社会から永久追放されるだろう。A級だけに永久とはシャレにもならない。

 それより何より、あの駅のホームの子……鈴音ちゃんとは永遠にサヨナラだ。


 俺は涙目で部屋のポスターを見つめた。

 なあ、メタルの神よ。せっかく、あんな可愛い女子たちと知り合えたのに。高校入学以来、ずっと好きだった子と仲良くなれたのに。俺の青春、そんなバッドエンドでいいのだろうか。


 iPhoneにツイッターの着信が。メッセだ。差出人はツバメタル、翼さんだ。


ツバメ】『姫、実は相談があるんだ』

【姫】『どうしたの?』

【翼】『今日の会話で姫も察したかと思うんだけど……実は』


 ――えっ?


【翼】『スズはネカマのストーカーに付き纏われているんだ』

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