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JKメタラー☆姫タル俺の秘めたる事情  作者: 祭人
第一章 姫タル俺と春なスズメの仲間たち
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第5話

「姫さま、彼女がキーボード担当の冬堂とうどう美羽みうさん。μ(ミュー)メタルです」


 紅色フレームの理知的な眼鏡に、腰まである黒いストレートのロングヘアー。スリムな肢体には白衣のようなサマーロングガウンをまとっている。まさに女医(ドクター)の様相だ。


「ミューちゃんっ、おっそーいプンプン!」


 丸顔の陽菜が、ほっぺをパンパンに膨らませて苦言を呈す。ベースを構えたまま歩み寄る。いや、構えるというよりはベースにぶら下がっていると言った方がお似合いである。

 冷めた目で陽菜を見下ろすキーボードの彼女。翔さん程ではないが背は高い。一六五センチ以上はある。推定一四八センチの小柄な陽菜ちゃんと比べると大人と子供だ。


「お仕置きよっ! ヒナちん秘伝の奥義、ヒナめたりっくソードっ!」


 サイドテールがペシペシと鋭く空を切る。お得意のエアお仕置きだ。

 氷の微笑を浮かべる美羽。無言で左へ軽く受け流す。大幅に遅刻しておきながら、まるで悪びれた様子はない。

 彼女はパイプ椅子に座っている姫タル俺をチラと見た。互いの視線が合う。シャープに整った大人びた顔立ちに、まつ毛の長い切れ長の瞳。おもわず吸い込まれそうになる。


 美しい。

 それが第一印象である。可愛い娘ぞろいのメタル☆うぃんぐではあるが、純粋に美という観点では群を抜いている。顔面偏差値七十に迫る特進クラスだ。


 俺はゴクリと音を立てて喉を鳴らした。しかし姫タルは、天下無双のクールキャラ。俺は動揺を悟られまいと、平生を装い軽く会釈をした。

 彼女が眉をひそめる。紅色の眼鏡フレーム整え直し、一瞬なんとも形容し難い複雑な顔を浮かべた。

 数秒の沈黙。「どうも」と無愛想に言い放つ彼女。今度は能面のような表情で、足早に据え置きのキーボードへと向かった。


 めっちゃ感じ悪ぃ。

 それが第二印象である。カチンと来た。なんだよあの怠慢な態度は?


「じゃあミューちゃんも来てくれたことだし。気を取り直して練習始めましょうか」


 緊迫した空気を察したのか。鈴音がマイク越しに、なだめるような声で仕切り直す。


「さあさあ、そこの女医さん準備はいい? 女医さんJOYさん、えんジョイさーんハイ!」


 譜面を広げる美羽に向かって、陽菜がピックを摘んだ指を挿す。

 翔がスティックでカウントする。


「ワン・ツー・スリー・フォー!」


 メタル☆うぃんぐの演奏が、改めてフルメンバーで披露された。


 ◇


 数日後の夕方。学校帰りの俺は、自宅の玄関の前に立っていた。

 築十年の二階建ての小さな一軒家。あと二十年も住宅ローンが残っているそうだ。


 扉を開けると同時にエレキの爆音が聞こえて来た。ディープ・パープル『Highway Star』のギターソロ。一九七二年にリリースされたヘビーメタルの元祖とも言える曲だ。


「おかえりケンちゃん」


 エプロン姿の母さんがキッチンから顔を覗かせる。


「父さん早いね」

「今日は直帰だって。帰ってくるなり、早速あれよ」


 母さんが二階の主寝室の方向を指差す。そこにはMarshall JCM800という大型ギターアンプが設置されている。つまりこれは、父さんの生演奏なのである。

 少しはご近所迷惑も考えたらどうかとは思うが、周囲は田んぼに包まれているので、隣家まではそこそこ距離がある。ローコストではあるが家全体に防音設備も施してある。父さん曰く、それを狙って安い土地を購入したそうだ。浮いた資金を防音設備に回したらしい。


 うちの両親は若い頃、三流大学の軽音サークルで一緒にバンドを組んでいた。

 母さんがボーカルで父さんがリードギター。両親曰く、四年生の時にレコード会社から声が掛かって、念願のメジャーデビュー目前まで行ったそうだ。

 でも結局は、CDを出せなかったみたいだ。嘘かハッタリか、真相は定かではないが。

 両親の青春時代である八十年代は史上空前のバンドブームだった。だから当時は、そういうワンチャンを夢見る若者が多かったらしい。


 俺は幼い頃から両親にハードロックの英才教育を受けている。だから高校生の割には、ギターが上手いのだ。

 初めて二人のライブビデオを見たのは、小学生高学年の時だっただろうか。母さんは息子の俺から見てもスタイルが良く美人なので、けっこう様になっていた。

 だが、メタルのド派手なメイクと衣装を纏ったロン毛の父さんを見た時は、さすがにドン引きしてしまった。まあ、俺も人の事は言えないが……。


「取引先で上手くいかなかったんでしょうね。仕事で嫌なことあると、何時もああなんだから」


 母さんは笑顔でそう言うと、リッチー・ブラックモアかぶれの父さんの演奏に合わせて、イアン・ギランばりのハイトーンシャウトで歌い出した。


 ◇


 午後十一時。パジャマ姿の俺は、自室のベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた。

 美羽のキーボード演奏はかなり上手かった。昔からピアノをやっていたというだけはある。しかし譜面を平坦になぞっているだけで、心ない印象だった。バンドは個々の技量よりも一体感のチームプレイが大事なのだ。


 はぐれメタルのサポートメンバー美羽。どうやらバンドリーダーの鈴音ちゃんとは、意外と一番付き合いが長いらしい。小学校高学年の時に、美羽がクラスに転校して来たそうだ。それ以来の旧知の仲なのだとか。


「ごめんね、愛想のない子で。でもミューちゃんは、ああ見えて寂しがり屋さんなんですよ。だって毎日ケンちゃんって犬のぬいぐるみを抱いて寝ているんだから」


 練習後に俺にそう言うと、美羽は無言で頬を赤らめていた。恥ずかしながら、偶然にも俺、ケンタロウと同じ名前じゃないか。まあ犬とケンを引っ掛けてあるだけだろうが……。


「案外デレな一面もあるんだな」とほくそ笑む。


 ツンデレ令嬢に男装イケメンに電波系ロリっ()に清純派(しかも巨乳)。

 なんとも個性的な面々だ。更には全員美少女とは。まったく聖城女学園高等部の軽音ってやつは、リア充すぎるにも程がある。

 彼女らのポンコツな演奏はとりあえず置いといて。あんな子たちと楽しくライブとか出来たら、どんなに楽しいだろう。鈴音ちゃんみたいな子とラブラブ出来たら、どんなに毎日が幸せだろう。


「けいおん……か」


 俺はぽそりと呟いた。

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