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JKメタラー☆姫タル俺の秘めたる事情  作者: 祭人
第一章 姫タル俺と春なスズメの仲間たち
4/40

第4話

 K市駅から徒歩八分の古い雑居ビル。その地下一階にあるのが、音楽スタジオ『Doctor Doctor』だ。通称ドクドクと言うらしい。

 翌日の日曜日。俺は姫タル娘の女装姿で狭い階段を降りている。晴れた日中だというのに薄暗い。コンクリートの壁には、アマチュアやインディーズらしき無名バンドのフライヤーが、所狭しと貼られてある。


 店名のロゴが記された扉を開く。薄暗い店内の狭いロビー。くすんだ淡いクリーム色の壁は、所々塗装が剥がれコンクリートがむき出しになっている。

 カウンターには店長らしきロン毛のおっさん。その背後には大量に、昭和のロックスターのポスターが。中でも白いフライングVを構えたマイケル・シェンカーが幅を利かせている。シェンカーが伝説のバンドUFOで一九七四年にリリースした神曲『Doctor Doctor』。それが店名の由来だろう。


 奥へと向かう狭い通路。年季の入った茶色い革張りの横長ベンチが設置されている。そこに鈴音ちゃんと陽菜ちゃんが、横並びで座っていた。


「お師匠さまギターキターッ!」


 サイドテールの陽菜が、うさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねる。そして俺に勢いよく抱き付いてきた。

 俺氏、女子にハグされる。

 もちろん初体験。ここの店名じゃないが、密かに心臓ドクドクだ。やべ、鼻血出てないかな。俺はさりげなくブラックレザーのマスクを擦った。


「ありがとうございます姫さま。来て下さって、本当に嬉しいです」


 鈴音も頬を赤らめながら、俺に深々と頭を下げる。

 二人とも私服だ。制服以外は初めて見る。メタルなイラストがプリントされた黒いタンクトップ姿の鈴音。豊かな胸の谷間やラインがはっきりと強調されている。デニムのミニスカートから伸びる白い生足の太ももが一際眩しい。


 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。おもわず視線が泳ぐ。鼻の下も伸びている。だが、おそらく表情は伝わらないだろう。ド派手な紅いウィッグとメイクとマスクで仮面はフル装備だ。クールでミステリアスなJKメタラー。それが姫タルの基本設定なのである。


「今日はBスタやねんよ」


 陽菜がミニスカートをひらりとさせながら先導する。黒いニーハイソックスで太ももはチラ出しだ。上着は黒いノースリーブの襟付きシャツ。カラフルなネクタイを締めている。

 ボカロのキャラっぽいな。ロリオタどもが萌え狂いそうだ。電波なキャラを知ってしまった俺には、UFOに乗った宇宙人にしか思えないが。


 防音処理を施した重い扉を開く鈴音。八畳ぐらいのスペースのリハーサルスタジオ。壁の一面は鏡張りだ。ギターアンプやドラムセット、ミキサーやらケーブルやマイクスタンドなど。音響機材が手狭な空間を埋め尽くしている。


 これがスタジオか。俺は平生を装いながらも、レザーマスクに隠れた口元で感嘆の声を小さくもらした。ぼっちでオタな俺にはリハスタなんて縁がなかった。それに幸い誰かさんのお陰で、我が家には大型ギターアンプを鳴らせる環境も整っているのだ。


 Pearlと記されたブラックパールのドラムセット。椅子にはスティックを両手に誰か座っている。ショートカットの黒髪。ネイビーブルーのTシャツからは、筋肉質な長い腕が見える。


「ツバメちゃーん、姫さま来たよー」


 スリムな体躯のドラマーが立ち上がった。俺の方に歩み寄ってくる。背が高い。俺よりも十センチは上そうだ。ブラックのスリムジーンズが様になっている。


「オレがドラムのツバメタル、秋元あきもとつばさです。何時もツイッターではお世話になっています。姫さま、よろしくお願いします」


 なっ、まさか男かよ?

 姫タル俺に深々と礼をする。低音のハスキーボイス。体育会系の挨拶だ。


「ツバメちゃん、チョーイケメンでしょ。後輩たちにめっちゃモテモテやねんよ」

「おかげ様で聖女の制服がさっぱり似合いませんが」


 自嘲気味に笑う翼ちゃん。いや、さん付けの方が似合うだろうか。長身で手足の長い細マッチョ。目元が涼しげで精悍なマスクだ。典型的な宝塚男役タイプ。女子高で人気出て当然だ。


「ツバメちゃんっ、姫さまは敬語はイヤやねんって。うちらとタメ年なんよ」

「了解ヒナ。じゃあ姫、改めてよろしく」


 翼がさわやかに微笑む。確かに敬語は止めてもらった方が、すこしは打ち解けやすくなるかもだ。


「うちも姫ちんって呼ぼうかな?」


 いや、それは砕け過ぎだぞ。

 翼が右手を差し伸べる。俺たちは握手を交わした。向こうは軽く握っただけなのだろうが、しっかりと握力の強さが伝わってくる。

 俺氏、女子と手を握るのも初体験。またまた心臓ドクドクだ。しかしそれが、女装娘と男装女子の組み合わせとは……。複雑な心象だ。


「姫はギタリストだけあって、白魚のように繊細な指先だね。実に美しい」


 握手を解いた翼が、姫タルの手を愛しげに優しく擦る。そしてじっと俺の目を見つめた。


「顔もスマホで見るよりずっと麗しい。オレ惚れちまいそうだよ」


 俺氏、おもわず胸がドキリとする。って普通それって逆だろ、おい?


「ねえねえツバメちゃん、ミューちゃんは?」と陽菜が問い掛ける。

「ああ、まだだよ」

「ぶうぶう。あの娘って、いーっつも遅刻して来るよね」

「ミューは勉強で忙しいからな」

「あとキーボードの娘が、もうすぐ来るとは思うんですけど。彼女は親がお医者さんで、家業を継ぐために国立の医学部を目指しているんです」

「ミューちゃんだけ特進クラスやねんよ。お金持ちの優等生のお嬢様で、おまけにめっちゃ美人さんやねんから。まさにパーフェクト・ヒューマンよ。医大志望だけにチョー偉大!」


 聖女の特進といえば偏差値は七十に近い筈。まさに神の領域だ。


「実は彼女、ロックにはあまり興味がなくて。でも、幼い頃からピアノを習っていて鍵盤が弾けるんです。それでわたしが無理を言って、連日の塾通いの合間を縫ってバンドに参加して貰っているんです」


 サポートのゲストか。どうやら全員、姫の信者というのはリップサービスだったようだ。純粋な姫タルのファンは、もしかしたらリーダーだけなのかもしれない。


「ス・ズ・メちゃーん、姫ちんに敬語はダメダメよん」


 サイドテールを両手に掴み、ぴしっとクロスさせる陽菜。


「あ、ごめんヒナちゃん。それに、ごめんなさい姫さま」


 ダメ出しされても敬語の彼女。そこがまた健気で可愛かったりもする。


「おっと、開始時間を一〇分もオーバーしちまったな」

 翼が壁のアナログ時計を見上げる。


「このまま姫さまをお待たせしても悪いんで。わたしたちだけで練習始めましょうか」


 彼女らは安物のスタンドに立て掛けてあった弦楽器を担いだ。

 鈴音ちゃんのギターはイエローのジャズマスター。陽菜ちゃんはブルーのプレシジョンベース、通称プレベだ。

 どちらもオリジナルは有名ブランドのフェンダーだが、ヘッドには見たこともないメーカーのロゴが記されてある。おそらく一万円ほどで買える初心者用の安物だ。


 シールドは既にアンプに挿してある。ローランドのJC-120ジャズコーラス。トランジスタ回路でクリーンな音色が特徴だ。

 メタルなのにジャズコに直かよ。そのアンプは歪みのエフェクター挿さないとハードロックでは使い物にならないぞ。

 しかもチューナーすら挿していない。横にもう一台、真空管アンプのMarshall JCM2000があるのに。なんであっちを使わないんだ?


「ほんじゃあ行ってみよー」


 陽菜のマイク越しの掛け声と共に、翼がスティックでカウントする。

 キーボードを欠いてはいるが、メタル☆うぃんぐの演奏が始まった。


 ガゴガゴギケガゴ!


 ……なんだこりゃ。

 ハードなメタル調のアニソンだ。YouTubeなどで聴き覚えがあるが、曲名は忘れた。

 案の定、無茶苦茶な演奏である。生で聴くと尚更だ。ギターもベースもチューニングが狂っている。リズムは不安定どころか、途中で何度も止まる。

 バラバラだ。まるで息が合っていない。人の音を聴く余裕がないのだろう。自分の手元ばかりを見て、各々好き勝手に演奏している。


 鈴音のぎこちないギタープレイは元より、ベースとドラムが更に酷い。リズム隊の悪いバンドは聴けたもんじゃない。翼は運動神経良さそうだから、コツさえ掴めば伸びそうだが……。

 歌もお経のように棒読みだ。例の漢文の念仏授業を思い出してしまう。音痴ではなさそうだが、ギターと同時で集中できないのだろう。初心者ギターボーカルの典型的なパターンだ。

 でも声はいいな。伸びやかで甘く切ないボイス。磨けば光るかもしれない。ダイヤの原石かもと思ってしまうのは、惚れた男のゲスな欲目なのだろうか……。


「じゃかじゃん。いぇーい!」


 陽菜の決めの言葉と共に、メタル☆うぃんぐは実に残念な演奏を終えた。

 歌い終えた荒い息の鈴音が、マイクスタンドを握り締める。


「ハァ、恥ずかしいな。師匠、やっぱり酷いです……よね?」


 可愛いすぎる、恥じらいの表情がカワユすぐるぞ鈴音ちゃん!

 俺がJK娘の女装姿で太ももをさらけ出した途端に、ちやほやし出したニコオタのスケベども。その連中の気持ちが、すこし理解できたような気がした。俺も同類のクズ野郎だ。


 しかし、なんとリアクションしてよいのやら……。

 とりあえず、ちゃんとチューニングをしてもらわなければ。。姫タル俺は「ちょっと貸して」と先ず陽菜のベースを奪った。iPhoneに常駐させてるチューナーアプリをセット。チューニングして陽菜に返す。続けて鈴音のジャズマスターだ。


「え、あ、ありがとうございます」と恥ずかしげにギターを俺に渡す鈴音。


 ついでに俺はシールドをマーシャルアンプに繋ぎ変えた。

 電源オン。真空管が温まるまで時間が掛かる。その間にチューニングを施した。

 スタンバイスイッチ・オン。チューニングし終えた俺は、最近覚えたてのBABYMETALの新アルバム曲『Amore-蒼星-』のイントロを試し弾きした。

 4×12インチの大型スピーカーキャビネットから爆音が轟く。

 おお。スタジオで弾くと、こんなにも気持ちいいのか。ソリッドで温かみのある深い音だ。

 いくら親が寛大とはいえ、自宅で音を出すのは限界がある。ようするに自分がマーシャルを大音量で弾いてみたかっただけなのだ。


 ちらと鈴音を見る。口をあんぐりと開けて棒立ちだ。しまった。密かな初体験に、つい悦に入ってしまった。我に返り、鈴音にギターを差し出すと……。


「「「すごーい! 本物のCD聴いてるみたーい!!!」」」


 目を皿のようにした三人娘が黄色い大歓声を上げた。さっきの演奏とは比較にならない、実に息の合ったユニゾンで。


 その直後、スタジオの防音ドアが徐に開いた。


「あっ、ミューちゃんきたー」


 無言で入室するJK。またしても姫タル俺の前に、新たなる美少女が現れた。

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