第39話
数年後、春。
俺の名前は石野健太郎。十九歳の大学生だ。
趣味はギター。高校時代は毎日勉強そっちのけで、ハードロックやヘビーメタルばかり聴いていた。
中学時代はいじめで登校拒否になった。
それから勉強をしなくなり、高校はあまりレベルの高いところには行けなかった。早くも人生終了と諦めて、ひとりで部屋に篭り、PC相手に毎日ギターばかりを弾いていた。
そんな残念な俺であったが。高校三年生になってからは、志望校合格という明確な目標が出来た。
一念発起してギターを弾くのを控え、受験勉強に勤しむ毎日。それで、どうにかボーダーギリギリで、志望校であるこの大学の理工学部情報処理科の合格通知を得たのである。
卒業後は得意のPCの知識や技能を活かして、システム関係の仕事に就きたい。
将来の夢はロックミュージシャンだなんて、どこかの昭和メタラー夫婦のように、おめでたい事を口に出す気は更々無い。
◇
午後十二時十五分。大学の別棟校舎。
日当たりの良い二階南向きの、広くて洒落たインテリアの学内食堂だ。地元の有名私立大学だけに、実に豪華な設備である。両親には色々と苦労を掛けてしまい、申し訳なく感じている。
全面張りの大きな窓の向こうでは、葉桜になりはじめた桜並木が、校舎の園路を彩っている。
すこし開放された上部採風窓の隙間からは、まだ肌寒い四月の風が入り込む。それに伴い室内へと聞こえて来るサークル勧誘の賑やかな声。運動部も文化部も、新入生を獲得しようと躍起になっている模様だ。
そこで俺はiPhone片手に、ひとり寂しくBランチ定食を突いていた。
先日入学したばかりの新入生で、友達がいないのだ。しかも性格は引っ込み思案で超無口、外見はチビでヤセ、存在感のない薄い顔、服装も髪型も地味だ。だから今もこうやって学食のテーブルの前で、ひとりスマホを観賞中なのである。
最近、眼鏡からコンタクトに変えたばかり。「せっかく女の子の多い大学に入学したんだから、ちょっとは身なりにも気を配って、積極的にならないと」って母さんをはじめ、お節介な女性陣からもうるさく言われている。
だけど相変わらず、なかなか同級生の輪に溶け込めない。まったく天気の良い昼休憩だというのに。待ち受け画面のセクシーダイナマイト・バディーなメタラーレディーが、しっかり大学デビューしなきゃと挑発的な視線を投げ掛ける。
「とりあえずアレでも見るかな」
俺はLINEアイコンをタップした。グループメッセを開く。
『軽音ガールズバンド「メタル☆うぃんぐ(旧)」同窓会グループメッセ♪』
それがグループメッセの表題だ。
男子高ではぼっちのコミュ障だった。だから当時はリア友交流の必須ツールであるLINEとは無縁だった。
そんな残念な俺だけど。高校二年生の時に一時期だけ、他校の生徒たちのバンドに加入していたことがある。
メンバーは全員JK、しかも全員美少女。彼女たちは、県下きってのお嬢様女子校、私立聖城女学園高等部の軽音ガールズバンドの部員たちだったのだ。
黒歴史に塗れた俺の青春時代の、ささやかながらに輝かしい白歴史である。
【雛】『ケンちょ~ん、大学デビューがんばってちょ~んまげっ(๑˃̵ᴗ˂̵)و !ビジバシビシブシ!』
「陽菜ちゃんのやつ、相変わらずベタなダジャレを……」
ベースのヒナメタルこと夏木陽菜は、高校卒業後、地元大阪へと戻った。
高倍率を誇る有名美大、私立O芸術大学のグラフィックデザイン科に合格したからだ。しかも先日、学校の自由課題のイラストが、若手アーティストの登竜門である二科展に入選したらしい。電波系芸術家の秘めたる才能が、いよいよ開花し始めている模様だ。
現在、カレシはいないそうだが。最近は大学に在籍八年目の学園の主のような、ロン毛でイケメンの先輩に猛アタック中なのだとか。
たしかその前のカレシは、IT企業のUSOに八年勤めるサラリーマンだったっけ。相変わらずの年上キラーというかなんというか……。変わらぬマイペースでやっているみたいだ。
【燕】『ケン、入学おめでとう。今度のGWはカレシ連れて実家に帰るから。その時はお披露目兼ねて入学祝いパーティーやろうぜ』
「サンキュー翼さん。相変わらず、見た目も言う事も男前だよね」
ドラムのツバメタルこと秋元翼も大阪に進学した。凸凹コンビの陽菜ちゃんとは、今でもちょくちょくつるんでいるらしい。
共に文武両道の名門、私立K学院大学の体育科にスポーツ推薦枠で入学。例の最強カレシと共に空手部に在籍中で、現在もラブラブで交際は続いている。
彼女の方は二〇二〇年東京オリンピック代表の女子最有力候補選手として、着々と実績を上げ、目覚しい活躍を繰り広げている。しかも最近では『次世代霊長類最強女子! イケメンKARATEガール・ツバサ』などの通称で、各種メディアに取り上げれられている。有名人と知り合いだなんて、旧友としては鼻が高い。
【鶴】『ケン師匠、おめでとうございますO(≧∇≦)O゜*。゜喜+゜。*゜』
「なあ、りょうちゃん。その師匠ってのは、止めて欲しいんだけどな……」
ツルメタルこと二代目リードギターの鶴田亮子は、高校卒業後プロのミュージシャン目指し、O県を離れ東京の音楽専門学校へと進学した。
リーダーからの紹介で、俺も何度かスタジオでセッションをしたことがある。それ以来、恐縮ながら俺は彼女から師匠と呼ばれている。
実際話をしてみたら、リアルの彼女はとても物静かで内向的だ。ギターが大好きで、元引き篭もりの登校拒否。ネットや音楽を通じてじゃないと、上手く人とコミュれない。ある意味、どこか俺と似ているのかもしれないな。
【μ】『おめでとうケンちゃん。それから例の預けているマーチンギターの件だけど。先日、こっちのネットオークションで買値の約1.5倍の競売価格が付いたの。でも、別にすぐさまお金に困ってないし、もうすこし泳がせておこうと思うから。引き続き、メンテナンスの方しっかりよろしくね』
「泳がせてって……株感覚かよ。まったく、美羽にはかなわないな」
ミューメタルことキーボードの冬堂美羽は、日本の大学へは進ず海外留学をした。
ドイツのハイデルベルク州にある、ハイデルベルク大学に入学。同大学の若手研究者養成は、学科横断的に個々の希望に合わせた内容で学ぶのに最適な条件を備えているそうだ。主要な国際大学ランキングとして、「QS世界大学ランキング」、上海交通大学「世界大学学術ランキング」、タイムズ紙別冊「高等教育世界大学ランキング」の三つがあるそうなのだが。ハイデルベルク大学は、ドイツの大学のトップ三に入っていて、三つのランキング全部で世界の上位百位以内に入っているそうだ。
将来は遊び人のイケメン兄貴を差し置いて、家業の総合病院を継ぐ予定らしい。
孤高のエリート街道をひた走る女帝ドクター美羽。天下無双のご主人さまに、今だ掌の上で泳がされているのは、マーチンギターか、それとも俺の方なのか……。
卒業後。みんな別々の道を歩み、離れ離れになってしまったけれど。こうやって同窓会グループメッセでの交流は、今でも続いているのだ。
姫タルの正体が男とバレたら、彼女達は俺をどう戒めるのか? 当時はずっとガクブル脅えていたのだが。いざフタを空けてみれば、翼さんも陽菜ちゃんも、
『へー、そうだったんだ。やっぱネットのネカマ説は当たってたんだな』
『ってまあ、姫ちんは姫ちんやし。うちら的には、どっちでもイーデス・ハンソンやねんよ』
とビックリするほどに、あっさりと健太郎の存在を受け入れてくれた。さすがはイマドキJKたち。すべては俺の取り越し苦労だったみたいだ。
同窓会LINEグループの発起人は、言うまでもなく元部長でボーカルのスズメタルこと春菜鈴音。数年前に解散した聖女軽音ガールズバンド『メタル☆うぃんぐ(旧)』の中心人物である。
その後の、俺と彼女の秘めたる事情。
肝心の彼女との関係は、その後どうなったかというと。実は、あまり人に知られたくないというか。大きな声では言いたくないのだが……。実は、彼女とは――。
あの頃の鈴音ちゃんのきらきら眩しい笑顔が、ふと脳裏を過ぎる。
今では、もうけっして傍で見る事のできない、清純で可憐なスマイル。
サークル勧誘の賑やかな声が、相変わらず学食の室内へと聞こえて来る。
左手のiPhone片手に右の掌で頬杖を付きながら、遠い目で窓の外を見る。
俺は深くため息を付いた。
数年前のバレンタインデーで、あれだけ劇的なエンディングを迎えておきながら。
すべては運命だったのだろうか。彼女との交際は、途中で歯車が狂ってしまった。
実はその後、鈴音ちゃんとは残念ながら――。
結局、彼女とは同じ歩幅で時を刻めなかった。
(次回最終話)





