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JKメタラー☆姫タル俺の秘めたる事情  作者: 祭人
第三章 姫タル俺と秋の学園祭ライブ
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第21話

「ストップ、ストップ!」

 ドラムの翼が力任せにハイハット・シンバルを叩き付け、演奏を中断させた。

「ったく、なにやってんだよヒナ。おまえなあ、もっと気合い入れてやれよ」

 学園祭ライブまであと三週間と差し迫った秋の放課後。

 メタル☆うぃんぐは部室で練習をしている最中だ。

 キーボードの美羽は本日も不在。この状態が続くのは、さすがにまずいだろう。

 最悪、キーボード抜きでのライブ構成も考えなければならない。

 それに部外者の俺が出演できるかどうかも、まだ保留の状態である。

 前途多難な聖女軽音の学園祭ライブ。だけど翼さんと鈴音ちゃんは随分と上達した。ふたりの努力の甲斐あって、メタル☆うぃんぐの演奏力はけっこう聴かせる状態にまで成長したのだ。

 陽菜ちゃんのまるでヤル気の感じられないベースを除いては……。

「曲の構成は全然覚えてこない。だからほとんど間違えまくり。チューナーは毎回忘れて音程ズレズレ。おまけにテンポもズレズレじゃんか。せっかく姫が苦労して簡単シンプルにアレンジしてくれているっていうのに。悪いと思わないのかよ」

 大きなベースを首からぶら下げた、ちいさな陽菜。ずっと「ぶう」とふて腐れて俯いている。

「ベースがズレていると気持ち悪くてしょうがないんだよ。姫がいつもそう言っているだろ」

「そうよ、ヒナちゃん。いつも姫さまがおっしゃっている通り、ベースはバンドの屋台骨。重要なパートなの。お願いだから、せめてチューニングと曲の構成だけはしっかりして欲しいんだけど」とリーダーも苦言を呈す。

 あれ以来、陽菜はずっと塞ぎ込んでいる。元気娘でムードメーカーの彼女がだ。姫タル俺と顧問教師高崎の禁断のラブシーン未遂事件。それを目撃してしまったのが、よほどショックだったようだ。

 陽菜を見る俺。チラと目が合う。彼女は侮蔑な表情で姫タル俺を睨み返した。

 あの時、陽菜は心配して俺と高崎の様子を伺いに戻って来た。

 それで偶然、レイプ未遂の現場を目の当たりにしてしまったのだ。

 おかげで俺は間一髪、貞操の危機を免れたのだが。今度は陽菜が高崎に命じられ、部室の準備室に奴とふたりきりで残ったのだ。

 きっと高崎は得意の巧妙な話術で、陽菜を言いくるめたには違いない。そうでなければ、セクハラの被害者である筈の姫タルを見る目が、こんなにも刺々しいわけがない。

「なあヒナ、なんだよその態度は。師匠の姫に対して失礼だと思わないのか。芸術系はどうか知らないけど、スポーツや格闘技の世界じゃあ、そういう無礼は言語道断だぜ」

「ぶう」

「こら、ちゃんと聞いているのかよ」

「ヒナちゃん、わたしたちがもっと真剣にやらないと。無理を言って参加してもらっている姫さまに申し訳……」

「あーっ。もう、うっさいなあ!」

 陽菜がマイク越しに大声で叫んだ。

「なによ、みんなで姫さま姫さま姫さまって。うち、もううんざりやわ! ふんだ。ごめんねえ、うちだけへたっぴいで。うちだけ足を引っ張ってて。うちだけズレてて気持ち悪くて」

「なに逆ギレしてんだよ。やめなヒナ、みっともないぞ」

「みっともなくて、けっこう毛だらけ猫ハイドロゲン!」

 ベースをそそくさとソフトケースに仕舞い込み、ちいさな肩に担ぐ陽菜。

「ベーッ、お邪魔虫は消えますよーだ!」と捨て台詞を残し、部室を飛び出して行った。

 慌てて後を追う俺。リーダーも続こうとするが、「やめなスズ。しばらくほっとけ」と翼に呼び止められた。


 ◇


 長い廊下の突き当たりの階段踊り場。そこで俺は、ようやく陽菜ちゃんに追い付いた。

 彼女の細い腕を掴み、息を切らしながら引き止める。

「いやっ、離してよ姫ちん。触らんといてっ!」

 陽菜がライトブラウンのツインテールを、ぶんぶんと振り乱す。古ぼけた踊り場の大きな窓から差し込む夕日。陽菜のふくれっ面の頬を、くすんだ茜色に染め上げる。

「ねえ姫ちん。これはうちら聖女の学園祭やよね。うちらの軽音ライブよね。姫ちんは部外者よね。ねえ違う?」

 ――ちょっと待てよ。そりゃないだろ。自分らが強引に引き込んでおいて。

 そんな台詞が喉まで出掛かったが、俺はぐっと堪えた。

「それにタカちんはうちらの顧問の先生よね。違う?」

「ええ、違わないけど……」

「じゃあ部外者の姫ちんが、どうしてうちらの顧問に色目を使ってんのよ」

 なんだよそりゃ。俺はセクハラの被害者だぞ。なんで加害者に摩り替わっているんだよ。

「誤解よ、あれは……」

「言い訳なんて聞きたくナッシング!」

 ピシャリと言葉を遮る。

 なあ陽奈ちゃん、あのゲス教師に一体何を吹き込まれたんだよ。

 冷静に考えれば、どっちの言い分が正しいか、分かりそうなものなのだが。これが盲目な恋の魔術マジックってやつなのか。

「どーせうちは、おこちゃまのチビっこで。姫ちんみたいに魅力的じゃないですよーだ」

 小柄な陽菜の大きくつぶらな瞳に、じわりと涙が溢れる。

「そんなこと……」

「そんなことあるから、姫ちんばっかモテモテでチヤホヤされて。うちは、タカぴょんに見向きもされへんで……」

 俺は何も言い返せなかった。

 肩を震わせて目元をぬぐう陽菜。明るい彼女が、こんなにも嫉妬深かったっただなんて……。

 しばしの沈黙の後、「ごめん姫ちん。うち、ちょっと言い過ぎた。ごめん……うち、嫌な子やわ……ごめん……」と陽菜が俯きながら呟く。

「いえ……いいけど……本当に誤解なんだけど……」

「せやからやめて。本当に聞きたくない」

 両耳を塞ぐ陽菜。ツインテールが小刻みに揺れている。

「しばらく、ひとりにさせてくれへんかな……」

 陽菜は、ちいさな肩を落として踊り場の階段を降りて行った。


 ◇


 数日後の深夜一時。俺はベッドの上で寝転び、天井を仰いでいた。

「誤解だと分かってくれるといいんだけど……」

 そんな中、鈴音ちゃんからツイッターのメッセが届いた。

【雀】『姫さま、夜分遅くにごめんなさい。でも、わたし不安で……実はヒナちゃん、あれからずっと学校を休んでいるんです(T_T)』

「嘘だろ?」

【雀】『LINEやツイッターに何度メッセ送っても返信がなくって……家に電話しても、取次がないように家族にお願いしているらしくて。全然連絡が取れなかったんです』

「こりゃあ重症だな……」

【雀】『実はさっき、ようやく返信のメッセが送られてきたんですけど……これから、そちらに転送しますね』

 すぐさま送られてくるメッセ。確認した俺は「……マジかよ」と項垂れた。

【雛】『旅に出ます。探さないでください』


 ◇


 学園祭まであと二週間。今日も放課後の部室で練習中だ。

 その日の練習はベースとキーボードを欠いた状態で行われた。陽菜ちゃんは消息不明。美羽は相変わらず欠席。気の抜けたダイエットコーラのような、スカスカで味気ない演奏だった。

「もうヒナちゃん、帰ってこないつもりかしら……」

 鈴音ちゃんがボーカルマイク越しに、ハアと深いため息を何度も付いた。


 ◇


 部活の帰り。俺たち三人は、聖女の最寄の駅前のバーガーショップに立ち寄った。

「ちょっとふたりに話したいことがあって……」と翼さんに誘われたのだ。

 赤い西日が差し込む店内。ひと気は案外まばらだ。

 姫タル俺は窓際の席に座り、鈴音は俺の横の通路側に腰掛けた。

 対面席には翼、彼女の精悍な肩がすこし寂しそうだ。

 全員、聖女の制服姿。まあ俺は鈴音ちゃんからの借り物なのだが……。

 季節が秋に突入して以来、不本意ながらこのJKコスプレがすっかり定着してしまったのだ。

 自分で誘っておきながら、翼はなかなか口火を切らない。

 三人で取り分けていたLサイズのポテトが底を尽きて数分後。翼はようやく重い口を開いた。

「ちょっと言いにくいんだけど……。二〇二〇年に開催される東京オリンピックの正式種目として、空手が選ばれたんだけど。そのニュースって、ふたりとも知ってるかな?」

「ええ」と鈴音が受け答えた。

「実はオレ、その代表選手候補に選ばれているんだ」

「えっ、本当に?」と鈴音が驚く。もちろん俺もだ。

「ああ、先日オヤジのところにJOCから打診があったらしい」

 日本オリンピック委員会の略称だ。驚愕ではあるが、最強女子の翼のことである。全然ありえない話ではない。彼女の父親は空手道場を経営するプロの空手家。幼い頃から英才教育を受けているのだ。

「凄いじゃない。おめでとうツバメちゃん!」

「いや、まだ候補だから……」

 ビッグニュースであり、実に国民的に栄誉な筈なのだが。翼は、苦い顔で話を進めた。

「それでさ、もうすぐ二〇十六年秋の国体空手道競技大会が岩手県で開催されるんだけど」

「へえ、東北地方の岩手県か。遠いわね」

 俺たちの暮らす中国地方のO県とはかなりの距離がある。

「オヤジが言うには、そこでの結果が東京オリンピック代表選考に大きく左右するらしいんだ」

「で、その大会の最有力優勝候補が、我らがO県代表、秋元翼というわけね。本当に凄い。同じ部活の友達として、わたしも鼻が高いわ」

「でもさ……」

「でも?」と今度は俺。

 翼は夕映えの窓の外に視線を逸らし「ハーッ」と深いため息混じりで言った。

「国体の開催期間は来週から約一週間」

「……えっ?」

 鈴音の表情が暗転した。つまり丁度、聖女の学園祭とバッティングしてしまう。

「しかも決勝戦は十一月三日の文化の日、学祭ライブ当日なんだ」


 鈴音が俯きながら「そうなんだ……」と呟く。

「実は、日程は前から知っていたんだ。だけど、そっちを――空手の国体の方をキャンセルしようと考えていたから。だからオレたち軽音には、関係のない話だって思っていた。つい先日までは……それだけは信じて欲しい」

 俺と鈴音は、こくりと無言で頷いた。

「なんか急に話が大きくなっちまって。オヤジが超ノリノリなんだ。それで、どうしても断れない状況に……」

 狭いテーブルを挟んで、気まずい空気が流れる。三人は沈黙した。


 窓の外に視線をやると、日はすっかり暮れていた。

駅前通りの渋滞の中、通勤帰りの車のライトが、まばゆく行き交っている。

 鈴音が静かに口火を切った。

「うん、わかった。ここまで一緒に頑張って来て残念だけど。学園祭ライブのことは気にしないで。わたしたちでなんとかするから」

「スズ……」

 翼が両膝の制服スカートに手を付き、深々と頭を下げる。

「姫、スズ。ごめん。本当にごめん」

「ううん、気にしないで。元はと言えば、わたしが強引に誘ったんだし。スポーツ系の部活で引っ張りだこの人気者のツバメちゃんをね。今まで、わたしのわがままに付き合ってくれて、ありがとう。本当に感謝してる」

 鈴音は笑顔で右手を差し出した。

「国体優勝してね。わたし応援しているから」

 翼は何度も「ごめん、ごめん……」と呟くと、左手で目元を拭いながら、右手で握り返した。



 その夜。翼から長文のメッセが届いた。

【燕】『姫、ごめん。今回の事は本当に申し訳なく思っている。だけど……姫には、すこしだけ本音を聞いてもらいたいんだ』

「翼さん……」

【燕】『学園祭ライブの成功に向けて、一生懸命頑張っているスズには面と向って言い辛いんだけど……正直、もう無理だと思う。ミューは部活に顔すら出さない。ヒナも突然失踪した。それに言葉は悪いんだけど、部外者である姫の出演も危ういんだろ?』

「部外者……か」

 先日、失踪直前の陽菜も俺に向って、そう毒を吐いていた。結局、俺ってやつは。どこに行っても部外者のぼっち。暗黒の中学時代が脳裏をかすめ胸を締め付ける。

【燕】『こんな調子で学園祭ライブなんて無理だよ。どう考えても勝算がない』

「正直、俺もそう思うよ翼さん……」

【燕】『更に本音を言うと……正直オレ、もうこれ以上、姫と一緒にいるのが辛いんだ』

「そんな……どうして?」

【燕】『寝ても冷めても、姫の顔が頭を離れない。どうしても気持ちが抑えられないんだ。以前も言ったけど、オレは見た目はこんな男みたいで、聖女の後輩連中から、しょっちゅうラブレターもらったりしてるけど……別にレズとかってわけじゃないんだ。だから本当に自分の感情がわからない。気持ちの整理が付かないんだ。きっと姫だって、女に惚れられても迷惑だろう?』

「迷惑だなんて……そんなわけないじゃないか」

 俺という優柔不断であざといネカマのせいで、こんなにも彼女を苦しめてしまうなんて。

「すべては俺が……俺が悪いんだよ……な」

【燕】『だから今回の件は、そんなもやもやした感情と……姫と……距離を置くのにいい機会だと思っている。だから姫も、オレが夏の合宿の夜に言ったことは、すべて忘れてほしい』

「…………」

【燕】『オレは弱い人間だ、どうか許してほしい』



 翌日の昼休み。

 私立K高校二年D組の教室の、いつものぼっちの窓際席。

 俺は今日も、寝たふりをしながら窓の外を眺めていた。

 重い灰色のドン暗い秋の曇り空。Apple純正の白いイヤホンからマイナーコードのアルペジオが静かに流れて来る。

 ガンズ・アンド・ローゼス『Don't Cry』の切ないメロディ。アクセル・ローズの高音ハスキーボイスの歌声に、敬愛するギタリスト、スラッシュが奏でる泣きのギターが絡み付く。

 ――翼さん、こちらこそ君を苦しめてしまって……本当にごめん――。

 ため息が止まらない。ムードメーカーだった陽菜の顔も、脳裏を過ぎる。

 ――陽菜ちゃん、もう帰ってこないつもりなのかよ。高崎との事は誤解なんだ。軽音に戻ってさ、いつものダジャレ交じりに笑顔で電波を振りまいておくれよ――。

 iPhoneにメッセの通知が。鈴音ちゃんからだ。

【雀】『姫さま、実はさっき……顧問の高崎先生から、正式に通告されてしまいました』

 それは、高崎からの報復だった。

【雀】『やはり部外者である姫さまの学園祭ライブ出演は許可できないって……』



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