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JKメタラー☆姫タル俺の秘めたる事情  作者: 祭人
第一章 姫タル俺と春なスズメの仲間たち
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第2話

 JR山陽本線K駅。月曜日のプラットホーム。

 そこで俺は何時ものように、通学鞄を片手に電車が来るのを待っていた。

 もう晩春だというのに、今朝もすこし肌寒い。

 俺の通う高校は隣のO市にある私立の男子校。そこへ毎日片道四十分掛けて、電車で通学している。進学校の普通科だが、偏差値レベルはたいしたことはない。


 ふぁーっと欠伸を噛み殺す。分厚い眼鏡の奥の眠気眼を擦りながら、ホームの向こう側に目を配る。

 そこにはギターケースを抱えた二人組の女子高生の姿が。

 いつも見かけるあの娘たちだ。さっきから楽しそうに、きゃっきゃと会話を弾ませている。

 O市にある私立(せい)(じょう)女学園高等部の制服を着ている。通称、聖女(せいじょ)。県下有数の高偏差値なお嬢様女子校である。県庁所在地のO市は私立高校が充実している。聖女は市内北部にあるので、俺とは別路線なのだ。


 一人は細身でセミロングの黒髪。おそらく背丈は俺とそんなに変わらない。

 もう一人はライトブラウンのサイドテール。丸顔童顔のロリ系でかなり小柄だ。

 とはいえ俺も一六一センチしかないので、人の事はとやかく言えないが。

 二人とも可愛いが、特にセミロングの娘の方がお気に入りだ。

 ギターなんぞ凡そ似つかわしくない、清楚で可憐な黒髪美少女。大きな瞳と整った顔立ちが、ここからでもはっきりと確認できる。おまけに華奢な体系なのに、バストはけっこう大きそう。


 俺は密かに高校入学以来、ずっと彼女に思いを寄せている。

 だけどコミュ障の俺には、見知らぬ他校の女子に話し掛ける勇気など微塵も持ち合わせていない。

 それどころか……。


「ちょっとすみません。F市に行くにはこの車線でよいですかね?」


 サラリーマン風の中年男性が俺に声を掛ける。赤面する俺。無言で首を横に振る。


「じゃあ何番ホームかな?」


 緊張で言葉が上手く口から出ない。俺は女みたいな甲高い声で人前で喋ることに抵抗がある。


「…………」


 中年男性は諦めたのか、別のOL風の女性に声を掛け直した。


 ◇


 三時間目の国語の時間。

 俺は窓際の後ろから二番目の席で、いつものようにぼんやりと授業を聞き流していた。

 睡眠不足と合間見えて途方もない睡魔が襲う。今日は漢文の授業。カンブンだけにちんぷんカンプンだ。俺にとっては念仏にしか聞こえない。


 高校二年のこの時期になると、普通科では生徒の学力の差が明確になってくる。真面目に授業を受けて推薦枠を狙い、そこそこ良い大学を目指す者。早くも勝負を諦めてFラン大学か専門学校といった低いハードルで妥協する者。言うまでもなく俺は後者の方である。


 たいした偏差値の高校ではない。どんなに頑張っても、せいぜいCラン大が関の山だ。

 別になりたい職業がある訳でもない。将来の夢はロックミュージシャンだなんて、あの夫婦のようにおめでたい事を口にするつもりも毛頭ない。


 ◇


 昼休み。俺はひとりiPhoneでYouTubeのキャッシュ動画をイヤホンで聴いていた。画面はオフ。眼鏡を外し、腕を枕に頭を伏せる。

 霞んだ視界でぼんやりと、毎朝駅のホームで見掛ける彼女たちの姿を思い浮かべる。きっと二人はバンドを組んで、明るく楽しい学園生活を謳歌しているんだろうな。


 俺にはバンドどころか、一緒に熱くロックを語る仲間はいない。それ以前に友達すらいない。クラスの連中とは話が合わないし、何より帰宅部なのが致命的だ。

 自分からは人に話し掛けられない性格。路傍の石のケンタロウとは正に俺の事である。


 小学生の頃はまだましだった。小さい頃は皆にケンちゃん可愛いと言われ、よく女子に間違えられた。当時は成績も良かった。引っ込み思案ではあったが、友達もいたしそれなりに女子にもモテていた。

 転校して行った優等生の可愛い子から、別れ際にラブレターを貰った事だってある。それが今ではこの残念な有様だ。


 思えばあの頃から、俺の対人恐怖症と負け組属性は始まったんだろうな……。


 ◇


 その日の夜。風呂から出た俺は自室のベッドの上で寝転んでいた。

 俺の横では愛しの恋人が添い寝をしてくれている。艶めく赤い衣装を身にまとった、セクシーなボディラインのギブソン・フライングV。なんだか自分で言っていて空しくはあるが……。


 iPhoneでツイッターをチェック。アカウント名は『JKメタラー☆姫タル』。フォロー三百に対して、フォロワーは先日一万を越えたばかりだ。今日もリプとRTが大量に付いている。


『@HiMetal 新作のアイアンメイデンよかったー!(v^ー^)ブイブイ 』

『@HiMetal 姫さま。今回もお美しかったです(^ ^)』

『@HiMetal ネ申すぐる姫さまっ!』


 コミュ障で友達のいない俺にとって、ツイッターの連中だけが話し相手だ。残念ながら全員、健太郎の友達ではなく姫タルのファンではあるが。


 実は女装をする以前から、俺はオタ動に演奏動画をUPしていた。だが男の姿の時は華麗にスルーされていた。高校生のガキだからか、上から目線の連中から完全にナメられていたのだ。


 PVもコメントもさっぱり付かず。あまりに空しいので、試しに冗談半分でJKメタラーという設定で太ももを曝け出し、新規アカウントで投稿をしてみた。

 すると掌を返したようにみんな優しくなり、俺のギタープレイを絶賛するようになった。


 自分でも馬鹿げたことだと分かっている。だけど元のぼっちに逆戻りするのは怖い。俺はJK娘の振りをして、せっせとリプを返した。


(ヒメ)】『いつも聴いてくれてありがとねー。みんな大好きだよーO(≧∇≦)O !!』


 そんな中でツイッターの新着メッセの通知がiPhoneに届いた。


(スズメ)】『姫さま、ご相談があります(*^ ^*)ゞエヘヘ』


「誰だ?」


 確認するとメタルファッションに身をまとったスズメのイラストアイコン。ユーザー名はスズメタル。よくRTやリプしてくれる、自称姫タル信者のロック大好きJK娘だ。


「ああ、スズメちゃんか」


 たしか同じ年の十七歳だったと思うが。尊敬されているのか、俺……いや姫に対しては敬語だ。ハンドルネームは完全に俺の真似。かく言う姫タルもBABYMETALのパクリではあるので、偉そうな事は言えないが。


 ツイッターでは他にも、ヒナメタルやツバメタル、ミューメタルなんて名前も見掛ける。特にヒナメタルは、関西弁のおやじギャグで絡んできては、いちいち俺に突っ込みを求めて来る。


(ヒナ)】『@HiMetal (ノ゜ο゜)ノ オオオオォォォォォォ-姫さまの爆音ギターでうちの布団が吹っ飛んだ! もうふふのふーで毛布も吹っ飛んだねんよ~♪』


 こんな感じ。実にめんどくさい自称JK娘だ。中身は案外ネカマのおっさんかもしれない。

 とりあえず俺は何時ものように、姫に成り切って返事をした。


【姫】『相談ってなあにスズメちゃん?』

【雀】『姫さまって密かにK市の人ですよね?』


 先日、うっかり近所のラーメン屋の食べログツイートをしてしまった。つい先日も地下アイドルがブロックしたストーカーに逆恨みされて刺されたばかりだ。俺も気を付けなければ。


【雀】『(*^ ^*)実はわたしもK市なんです。わたし女子高の軽音楽部で、ガールズバンドを組んでまして。で、厚かましいお願いなんですが。姫さま、わたしたちの師匠として、サポートメンバーになってもらえませんでしょうか?』


「けいおんだとぉ、このリア充めが!」


【姫】『無理』


 速攻リプ。ていうか俺、正体は男だし。女子高の軽音ガールズバンドなんてあり得ない。


【雀】『そこを何とかお願いします。助けてください姫さま。実は我が軽音の存続の危機なんです。今度の学園祭で、先生たちを納得させる結果を出さないと廃部になってしまうんです(´;д;`) 』


「知るか、リア充爆ぜろ!」


 とは言えないよなあ……。

 とりあえず『人前で演奏なんて恥ずかしい』だの、『実はわたしコミュ障で引きこもりのヤンデレ娘なの』などと、やんわりと言い訳をした。まあ、あながち嘘ではないし……。

 しかしスズメちゃんは『お願いします』の一点張りで、なかなか引き下がってくれない。


【雀】『わたしたちのバンドの練習動画です。ボーカルギターがわたしです。一応、リーダーで軽音の部長もやっています(*^ ^*)ゞエヘヘ』


 ダメ押しに、厚かましくもYouTubeのURLを送り付けて来た。なんて図々しい娘だ。

 とりあえず『返事は保留にさせてね』と、俺は半ば強引に幕を引いた。


「まあ一応、チェックだけはしておこうか……」


 ぶつぶつとぼやきながら、俺はメッセのURLをタップした。

 チャンネル名は『メタル☆うぃんぐ』。案の定、iPhoneからは実に残念な演奏が流れてくる。


「うわっ、へったくそ。こりゃあ廃部になってもしゃあないよな」


 そしてボーカルの顔を確認してみると。


「なっ!」


 なんとそこには、あの駅のホームの美少女がいた。

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