第13話
「姫さま、こんなはしたない格好でごめんなさい。わたし恥ずかしい……」
白い耳に蝶ネクタイは赤。Eカップの豊かな胸元は大きく開かれ、谷間が強調されている。
内股気味に、もじもじと恥じらいの表情。下半身は黒い網タイツである。ブラックレザーのハイレグがセクシーすぎて凝視できない。
「むふふのふ。ご主人さまっ、これがうちら学園祭ライブのステージ衣装の候補やねんよ♪」
ドヤ顔の陽菜はゴスロリなメイド姿だ。黒地にひらひらレースの白いエプロンとカチューシャ。ロリな童顔ツインテールとマッチして、萌え萌えハリケーン炸裂である。
「まあいいけど……なんかドラム叩きにくそうだな」
黒タキシード姿の翼が自分の袖口を見る。胸のポケットには深紅の薔薇。まさにイケメン黒執事だ。
「たまには、こういうのも悪くはないかもね」
女医の白衣の下にSM女王様風ボンテージの美羽。目の細かい黒の網タイツ。首には聴診器をぶら下げてある。鈴音のように嫌がるのかと思いきや、本人まんざらでもない様子だ。
やばい! やばい! やばい!
特に胸元の露出度の高いボーカル鈴音ちゃんは、危険を通り越して殺人レベルだ。
鼻の奥がツーンとする。鼻血だ。これは確実に噴出している。
脳内でBABYMETAL『YAVA! 』が鳴り響く中、俺はブラックレザーのマスクを押さえ大慌てで洗面所へと駆け込んだ。
「もうっ、ヒナちゃん。わたしこんな衣装は嫌だからね。それに姫さま呆れちゃってるじゃない。もっと真面目にやろうよ!」
◇
「さあ、みんな。気を取り直して練習始めましょう」
リーダーが場を仕切り直す。着替えるのがめんどくさいのか、バニーガール姿のままで……。
メタルはビジュアルが肝心とはいえ、目のやり場に困ってしょうがない。特にギターの上に乗っかった彼女の豊満な胸が実になんとも……。
BOSEのステレオスピーカーから鈴音の凛とした声が聞こえてくる。
「せっかく姫さまが一生懸命セッティングして下さったんだから。わたしたちも、しっかり答えないと」
メイド姿の陽菜の、アニメ声なダジャレも響き渡る。
「姫ちんの指導で、始動なのだ!」
マイクスタンドは二本。一本はコーラスの陽菜用だ。傍には譜面台を設置してある。
「おっしゃー、いっちょやったるねんよ!」
陽菜が、ボボーンとベースを弾く。続いて鈴音も、ジャカジャーンとギターをストローク。
「凄い。姫さま、アンプなしでもいい音するんですね」
二人のギターとベースのケーブルは、俺の私物であるメタリックシャーシのラックタイプ・オーディオインターフェースに刺さっている。これは楽器の音をPCに取り込んでデジタル化する核となる機材だ。何時もニコオタ動画の演奏動画で使用している。
それをリビング据え置きの最新型ハイスペックデスクトップPCと接続。モニターは贅沢に六十インチの液晶テレビだ。PCのセットアップは管理者権限でないと作業出来ない。だから家主の美羽にパスワードを解除してもらった。
PCには、持参したDTMアプリとアンプ・シミュレーターをインストールした。特にベースは小型アンプだと、どうしても音が薄っぺらくなってしまう。なので今回はアンプシミュを使用する。スピーカーやPA環境がしっかりしている場合、ヘタに安物の小型アンプを使用するよりも、こちらの方が音がいい。PCがハイスペックなので、レイテンシーという音の遅滞も気にならない筈だ。
とはいえ、俺はちゃっかり自分用にマーシャルの小型真空管アンプを持参したが。
「こっちも準備OKだぜ」
スネアドラムをスティックでスタタンと叩く翼。タキシードの上着脱ぎ、白いシャツを腕まくりしている。
今回、特筆すべきは、翼が持参したYAMAHAの電子ドラムセットだ。彼女が先日自費で購入したばかりの私物である。入門用ながら十分すぎる位の機能と性能で、大人気の定番機種だ。
「「すごーい、ツバメちゃんドラムセット買ったんだ?」」
ギターとベースがユニゾンで感嘆の声を上げる。
「ちょっと高かったけど、お年玉貯金を切り崩してね。学校から部室スタジオの申請が通ったら、このセットを置こうと思ってさ」
どうやら翼は姫タル俺の正式加入が決定して以来、俄然やる気になっている模様だ。
部長の鈴音が「ツバメちゃん、本当にありがとう」とウルっている。
「自費の慈悲とは、まさにこのこと!」と陽菜のダジャレも炸裂だ。
「別にスズやみんなの為じゃないぜ、あくまで自分の為だ」
そう言うと翼は、姫タル俺をチラと見た。
「こっちもいいわよ」
美羽がポロロンとピアノの音を鳴らす。こちらも女王様ドクターコスプレのままだ。
キーボードの美羽は、リビングに据え置きのYAMAHAの高級電子ピアノを使用する。
モダンインテリアとして上質な佇まいを醸しだすプレミアムデザイン。ホールカーテンや光沢感のある口紅をイメージさせるベルベットルージュのカラーリングが印象的だ。
たしか定価は百万円を下らなかった筈。まったく、どれだけセレブなんだか……。
「みんな。姫さまが準備してくださったオケはちゃんと用意してる?」
俺が用意した秘伝のオケ。それが鈴音が道中、聴きこんでいた課題曲の音源だ。
曲目はBABYMETAL『紅月』。だが、ほぼ原型は留めていない。初心者用に超簡単アレンジ。テンポもすこし落としてある。
メタル☆うぃんぐの残念な演奏。原因を結論から述べると、出来ないことを無理矢理やっているから出来ないのだ。
初心者がいきなり、難易度の高い曲を弾こうとしても上手く行くわけがない。目先の派手なテクニックは後でいい。先ずは全体で音を合わせる感触を、体に叩き込まないと。
テンポもアレンジも簡単なものから始めて、徐々にレベルを上げて行く。何事も基本を身に付け、段階を踏みながら細かい達成感を与える。それが上達への近道なのである。
って、実はすべて父さんの受け売りなのだが……。
「みんな、ちゃんと予習はしてきた?」と委員長口調の鈴音。
問題児の陽菜が、「でへへへへ」と頭を掻いて苦笑いする。
「オレはしっかり予習してきたぜ」
ヘッドフォンをした翼、ドラムパートのオケに合わせながらハイハット・シンバルを刻む。時折バスドラムのキックも交えている。
「姫、オレはヘッドフォンでメトロノームを聴きながら叩くんだよな?」
その問い掛けに、姫タル俺は深く頷いた。ポータブルMP3プレイヤーを操作する翼。
ドラムは建築に例えると建物を支える基礎の部分。化粧に例えると下地だ。ここが不安定だど、どんなに豪華で緻密な設計の建物を立て、煌びやかなデザインの内装を施したところで、脆くも倒壊してしまう。ドラムはある意味、バンドにとって最重要パートなのである。
ぶっちゃけ、このバンドのネックはリズム隊だ。今回の夏合宿で、そこをしっかりテコ入れしなければ。逆にベースとドラムがレベルアップすれば。メタル☆うぃんぐの演奏力は飛躍的に向上する筈だ。
鈴音が、ピックを摘んだ右手を上げる。
「それじゃあ始めましょう。姫さま、準備お願いします」
先ずは、姫タル抜きで演奏するようにと鈴音に指示を出してある。ミキサーで音量バランスを調整する為だ。紅色のズラに、自前のモニターヘッドフォンをしっかりと掛け直す俺。
「ワン・ツー・スリー・フォー」
翼のカウントで『紅月』の演奏がスタートした。
◇
合宿最初の練習を終えたメタルうぃんぐ一同は、リビングの丸太テーブルを取り囲んでいた。
時間は午後三時を過ぎている。昼食もまだ採っていない。
「みんなお疲れ様。じゃあ、先ずは部屋割りを決めましょうか」とリーダー鈴音ちゃん。
たしかシングル1にツイン2だった筈。ここは絶対に俺がシングルを押さえねば。JKと相部屋なんて色々な意味で危険すぎる。一歩間違えれば監獄行きで人生終了だ。
俺が口を開きかけた刹那。それを遮るように、美羽が言い放った。
「悪いんだけど、私は連日シングルで決定だから」
皆が唖然とする中、白衣のドクター女王様コスプレの美羽が管理者権限を行使する。
彼女はソファの上の犬のぬいぐるみを小脇に抱え、そのまま二階のシングルルームへと消えて行った。去り際に俺をチラと見て、意味深な笑みを浮かべながら――。
「みんなごめんね。ミューちゃんはデリケートな子だから。周りに人がいると眠れないの。林間学校や修学旅行でも、ずっと一睡もしないで徹夜していたし」
空かさずセクシーバニーガールの鈴音ちゃんがフォローを入れる。
「なるほどな。ミューらしいや」
物分りの良いイケメン男装の翼さん。それに対しゴスロリメイドの陽菜ちゃんは、ツインテールをブンブン振り回しイヤイヤする。
「も~っ、ツンデレのミューちゃんとも、いちゃいちゃチュッチュするチャンスやったのにぃ。」
「ヒナはキス魔だからな。まったく、オレなんて何度唇を奪われたことか」
ゲッ、陽菜ちゃんってキス魔なのかよ! 同級生の女子同士でキスしまくるJK。女子高あるあるなので、それ自体は驚きもしないが……。
電波なキャラとは相反して、見た目はめちゃ可愛い陽菜ちゃん。健康的な丸顔に、パッチリとした大きな瞳。黙っていればお人形さんのようにキュートだ。密かに胸がドキドキしてしまうのは、ゲスの極みの証明だろうか?
陽菜のぷるんと肉厚の唇に視線を奪われる。今朝の下着のようなビキニ姿が脳裏をよぎる。
「わたしもファーストキスはヒナちゃんだったんですよ」と笑顔の鈴音。
うっ。その言い方、妙に引っ掛かる。セカンドキスはあるのか? 別の誰かとあったのか?
リーダーは場を仕切り直した。
「じゃあ、改めて部屋割を決めましょうか」
四人で話し合うこと十数分。
なんと全員姫タル俺との同室を望んでいるではないか。
お互い一歩も譲らない状況だ。
「オレ、楽しみにしてたんだ。姫とはハラを割って、じっくり語り合いたいからな」
「うぬ、おぬしにはチン姫は渡さぬっ。どおりゃあーっ!」
翼のシャツをペロンと捲る陽菜。ちょ、ちょっと待て。セクシーショットの不意打ちかよ!
俺の視界に翼の腹筋が飛び込んで来た。筋骨隆々。見事に六つに割れている。
軟弱男子の俺としては、密かに見惚れてしまう。
「せいやーそいやー、ハラを割るとは正にこのこと!」
空手の正拳突きのポーズを決める陽菜。
「……ってヒナ、それが言いたかっただけなんだろ?」
呆れ顔でめくれたシャツをズボンに入れる翼。
「せいやー、そや!」
鈴音ちゃんもくすくすと笑う。
「わたしたち、姫さまのプライベートなこと全然知らないから」
いや、これ以上知られると。まずいんですけど……。
バニーガール姿の鈴音がウル目で擦り寄って来る。
「いっぱいお話しして、もっと師匠とお近付きになりたいです」
いや、これ以上近付かれると、まずいんですけど……。
今度は白く豊満な胸の谷間が、がっつり俺の視界を捉えた。
ゴクリ……ま、まじぱねえ……。
鼻の奥がツーンとする。また鼻血が噴出しそうだ。
合宿終える前に、出血多量でくたばってしまうかも。
更に延々と話し合うこと十数分。ようやく結論が出た。
◇
「ヤバいことになったな……」
俺はロッジのバスルームでひとり呟いた。ログハウス特有の柔らかい反響が耳に返る。
今、俺は一番風呂を頂いている最中だ。熱いシャワーが全身を湿らせる。
近くには天然温泉の露天風呂もあるのだが、合宿初日でバタバタしたので今晩は簡単にロッジの風呂で済ませる事となった。
俺が心配しているのはバンドの演奏ではない。こちらは予想以上に順調だった。例のシンプルアレンジ作戦が功を奏したみたいである。
何よりも翼さんの成長が著しいのが嬉しい。拙いながらも、ヤル気が伝わるドラムプレイに好感触。やはりロックは熱いハートが大切なのだ。
ヤバいのは部屋割りの方である。女子との相部屋、どう考えても男バレの危険が満載だ。うっかり朝○○している下半身など目撃された日には……。
この絶体絶命の危機を、俺は三日間も無事に乗り越えることが出来るのだろうか?
「これは迂闊に寝れないな。連日、気合いで徹夜でもするか……」
俺はクレンジングクリームを手に取り、顔に擦り付けた。さすがに夏場である。潮風を浴びて体中ベタベタだ。男バレしないよう、すぐさまメイクを施し直さなければならないが。とにかく全身洗ってスッキリしたい。
「こっちも洗ってしまおう」
勢いで頭も洗おうと紅色のズラを外そうとした、その時。
背後から、浴室の扉が開く気配が。しまった、脱衣所の鍵を閉めるのをうっかり忘れていた!
チラと背後を振り返る。そこには――。
「姫さま、よかったらお背中を流しましょうか?」
ピンクのバスタオルで身体を包んだ、鈴音ちゃんの艶かしい白い肌があった。





