第10話
「どういう事か説明してくれるわよね?」
夕食後の石野家のリビングテーブルにて。俺は、父さんと母さんを対面に縮こまって座っていた。二人とも眉間に皺が寄っている。
テーブルの上には、ズラや化粧道具やブラックレザーのマスクやミニスカートなど。姫タルのコスプレ衣装一式が鎮座している。
ネクタイ姿の父さんはずっと黙って腕組だ。銀縁眼鏡の奥には薄い顔立ちで神経質そうな目。普段から何を考えているか、息子の俺にもさっぱり理解が出来ない。
エプロン姿の母さん。こちらは瞳が大きく、なまじ顔立ちが整っているので妙に迫力がある。
もはや言い逃れは出来ない。ヘタに弁解して、石野家の息子が実はオカマだと勘違いされるのも心外だ。ここは正直に全てを話してしまうのが最善の策だろう。
俺はポツリポツリと両親に、事のあらましを説明した。
別に男に性的興味があるとか、女装趣味がある訳ではなく。単にネットの弾いてみた動画で注目を集める為に、女の姿でギターを演奏していたのだと伝えた。その方がPVやコメント数を圧倒的に稼げるのだと。
「それで?」とジト目の母さん。
そしたら聖女の連中から軽音ガールズバンドにスカウトされた。廃部寸前のポンコツ軽音楽部を、助っ人として立て直してくれと。最初はもちろん断ったが、実に強引な連中で全然引き下がってくれない。
「で、そのお友達のみんなは。ケンちゃんが男の子だって知っているの?」
その娘たちは、俺が女であると完全に信じ込んでいる。何度も正直に男だって告白しようと思ったが、尽くタイミングを逃してしまった。
実は軽音部長のリーダーでボーカルの子が、ネカマのストーカーに付き纏われていて、メンバー全員「ネカマは人として絶対に許せない!」と結託している。
「なるほど、ね。だったら黙って身を引けないの?」
俺が手助けしないと、バンドも軽音も崩壊する。秋の学園祭ライブを成功させないと、学校側から廃部の勧告を受ける。そんなこんなで最近、コーチとしてテコ入れしているのだ。
「ようするに情が移っちゃった訳ね?」
……そこは否定しない。
そしてこの度、姫タル俺は彼女たちの夏の海合宿に、強制参加を言い渡された。
以上である。さすがにリーダー鈴音ちゃんに気があるという、俺の秘めたる恋の事情だけは黙っていたが……。
今まで無言だった父さんが口を開いた。
「ふざけるのもいいかげんにしろ。俺は断じて許さんぞ!」
父さんは無粋に言い放つと、席を離れ二階へと上がって行った。
正論だ。ネットの仮想社会とはいえ、チャラけた女装は許さない。仮想で仮装なんてシャレにもならない。女子との外泊なんて尚更だ。それは親として当然の意見だろう。
そんな父さんの後姿を見届けると、母さんは俺をまっすぐ見つめて口を開いた。
「お父さんね、何時も言っていたわよ」
「え、なんて?」
「ピッキング・ハーモニクスからのチョーキングビブラートが甘いなって」
「はあ?」
「ソロの時のリズムキープも全然だ、ともね。ビジュアルにテクが追い付いていないって」
「なんだよそれ?」
「健太郎もまだまだだなって。寝室で何時もウイスキーを飲みながらボヤいているわ。iPhoneを片手にね」
「それって……ま、まさか」
「ええ、そのまさか。あなたの演奏動画、お父さんずっとチェックしていたのよ」
「とっ、父さん、知ってたの?」
唖然とする俺に向かって母さんが言葉を続ける。
「お母さんから言わせてもらえば、ステージ・アクションもまだまだ青いわね。もっとカメラ目線を強調しなくちゃ。ロッカーはファンを視線で殺すのよ」
「なっ、母さんまで?」
「ハードロック大好きのお母さんたちが、ネットの『弾いてみた動画』のチェックをしていないとでも思っていたの?」
母さんがエプロンのポケットから、そっと自分のスマホを俺に差し出す。そこにはニコオタ動画の『JKメタラー☆姫タル』チャンネルがしっかりブクマされていた。
マ、マジかよ。まさか最初から全部バレていたとは。驚愕である。
「家族だもん、一発でバレバレよ。X JAPANのポスターが貼られた部屋の様子も、そのまんまケンちゃんの部屋じゃない」
両親は全てを知っていて、息子を掌の上で泳がせていたのか。知らぬは本人ばかりなりだ。
「女装のロックスターってデビッド・ボウイみたいでカッコイイじゃない。素敵よケンちゃん」
とても親の発言とは思えない。息子が女装をしてネットに太もも晒しているんだぞ?
「さすがは美人のお母さんの子供だわ」
だから自分で美人とか言うな、自分で!
「二十一世紀のアラフォー夫婦を、ナメてもらっちゃあ困るわね」
俺の脳内でキング・クリムゾン『二十一世紀の精神異常者』の暴力的なリフが駆け巡った。
「あなた中学のあの件以来、ずっと友達もいなくて。ひとり寂しく部屋に閉じ篭っていたから。そんなケンちゃんが自分で輝けるものを見つけて、友達が出来て。お母さん本当に嬉しいのよ」
その直後、二階から爆音のギターリフが響き渡った。聖飢魔Ⅱ『FIRE AFTER FIRE』。父さんのギター演奏だ。
「お友達を助けようと思う優しい気持ちも、正しいことだと思うわ。でもね、ケンちゃん」
凛とした口調で母さんが言う。
「未成年の男子高校生が、女の子たちと一緒にお泊り旅行に出かけるとなると話は別よ。さすがにそこは親として黙って見過ごせないわ」
そんな甘ったるい展開ではない。出来れば夏合宿に参加なんかしたくはない。って水着や浴衣やパジャマ姿は密かに見たいけれど……男とバレたら即、バンドからもネットからも永久追放なのだ。同時に彼女たちの軽音は確実に崩壊する。
「うーん、確かに状況からして、あなたの言う事も分からなくはないわね。あくまで女の子として貫き通すってことだったら、まあ……でも、お父さんが許可してくれるかしらね?」
その矢先。突然、二階から降りてきた父さんが、再びリビングに現れた。
「健太郎、ちょっと父さんの部屋まで来なさい」
◇
狭い階段を登る二人。やばい。今度は監獄で地獄の尋問が始まるのか。
FIRE AFTER FIRE。母さんのお説教の後は、今度は自分が怒りの炎で焼き尽くすつもりだろうか。密かに父さんは聖飢魔Ⅱの信者で、二代目リードギタリストのジェイル大橋を神と崇めている。監獄ロックとは正にこのことだ。
前を行く父さんは、振り向きざまに言い放った。
「フライングVを持って来いよ」
……は?
「俺は断じて許さんぞ、その程度の腕前で師匠を名乗ることなんて」
……へ?
「バンド経験もないお前がだな。その程度の音楽知識やテクニックで、メタルのイロハも知らないズブのシロウト娘たちを、たった数ヶ月でテコ入れ出来ると思っているのか。ロックバンドをなめるのもいいかげんにしろ。おこがましいにも程がある!」
俺は断じて許さんぞって――まさかそっちか?
「いいから早く来い。すでにお前の分のマーシャルアンプのスタンバイも済ませてある。バンドの夏合宿まで、これから毎晩特訓だ」
なんと!
「いいか健太郎。今年の夏は、父さんがメタルの真髄を徹底的に叩き込んでやる!」
◇
※地獄より愛をこめて (FROM HELL WITH LOVE)by聖飢魔Ⅱ
(夏の章へ)





