第1話
序章【introduction】
俺の名前は石野健太郎。十七歳の高校生だ。
趣味はエレキギター。毎日勉強そっちのけでハードロックやヘビーメタルばかり聴いている。
PCやスマホには、YouTubeのブクマに新旧洋邦ロックアーティストの名前がずらり。それらの楽曲を繰り返し聴き倒しては、愛用のギターを膝にせっせと耳でコピー、通称耳コピに励んでいる。
残念ながらバンドは組んでいない。何故なら性格は引っ込み思案で超無口。部活は帰宅部。運動オンチで勉強もイマイチ。外見はチビでヤセ。ド近眼メガネで存在感のない薄い顔。服装も髪型も地味。だからクラスでもさっぱり目立たない。学園カーストのFランクなポジションだ。ぶっちゃけハブにもされている。
まさに絵に描いたように残念なオタ。誰がどう見てもハードロック好きな少年とは思うまい。
つまりはコミュ障で友達がいないのだ。カノジョいない歴も年の数ということは、わざわざ説明するまでもないだろう。
だから今もこうやって、自室のPCの前でひとり寂しくニコオタ動画、通称オタ動を鑑賞中である。日当たりの悪い二階北向きの、狭く薄暗い子供部屋。締め切った窓の外からは、裏の田んぼのカエルの合唱が聞こえ始めている。
うららかな春の日曜日の昼間だというのに、壁に貼られた崇拝するギタリストのポスターが、しっかり青春しろよと鋭い目で俺を睨み付ける。
「とりあえずアレでも観るかな」
PCブラウザのお気に入りから、ニコオタ動画の『弾いてみた』へアクセス。
『JKメタラー☆姫タル』のチャンネルトップページが、学習机の二十インチ液晶ディスプレイ画面を埋め尽くした。
姫タル。最近、ネットで人気の自称女子高生ギタリストだ。巨大掲示板5ちゃんねる『美人すぐるJKギター娘(ノ゜ο゜)ノ オオオオォォォ姫タルさまスレッド』のまとめサイトまである。
この娘の演奏動画。今から一年前のニコオタデビューし始めの頃は、地味な私服に顔をフレームアウトしたよくあるパターンだったのだが。JK娘がギターを弾いているという物珍しさからか、一部のスケベな連中から地味に注目され出したのだ。
01:07 おおっ、JKやるじゃん!
02:45 顔見てー。
04:23 娘GJ!
それに気をよくしたのか。次にこの娘は新作の演奏動画を、銀色の鋲の付いたブラックレザーのタイトなミニスカート姿でアップロードした。
赤いギターの下から、すらりと白い太ももがチラチラ露出する。それがゲスな連中を更に興奮させ、PVとコメント数を瞬く間に倍増させた。
すると今度は、エロいミニスカートはそのままに黒と赤のド派手なメタル衣装に身を纏い出した。更に最近では、鋲の付いたブラックレザーのマスク姿で顔をチラ出しし始めている。
じわじわ露出がエスカレートするに伴い、姫タル娘の演奏動画のアクセス数が爆発的に向上した。
00:01 1ゲト!
00:03 (゜∀゜)キター!!!!ーー!
00:05 美しい!!!!!
00:06 神JKカワユすぐる!
00:07 麗しすぐる!!!!!
00:08 ちょーカッケー!
00:08 JK生足エロ杉!
00:13 (≧▽≦).+゜━!!!
00:24 JKヤバ馬杉ーーーーー!
01:07 おっ、JKやるじゃん!
01:16 くんかくんかくんか
01:10 顔出しヨロ(*´д`*)ハァ
02:30 ソロうめー!
02:40 ライトハンド!
02:45 ツンツンしてー!
02:48 ( *´艸`)キチャッタヨ!
02:55 超絶ギターテクすぐる!
04:23 娘GJ ! (ノ゜ρ゜)ノ
05:03 JKにしてはまじ上手い
05:16 乙。画質音質アゲヨロ
05:17 乙カレ俺カレw
かくして姫タルは、ネットの弾いてみた動画でトップクラスの人気を誇る神ギタリストへと飛躍したのである。
横スクロールするコメントの嵐の中。腰をクネクネと艶かせながら、オジー・オズボーン『Crazy Train』のリフを弾いている。一九八〇年のリリース曲。JKのくせに随分とシブい選曲だ。
実際のCD演奏に重ねた、姫の歪んだギターサウンド。それがディスプレイの脇に設置したモニタースピーカーから大音量で流れてくる。
うちの両親は音楽には寛大なので、少々音を上げても文句は言われない。
『1ゲト!』『姫さまーーー(゜∀゜)キター!!!!ーー!』『美しい!!!!!』『カワユすぐるJK!』『麗しすぐる!!!!!』『JK生足エロ杉!』『萌ゆる萌ゆる萌ゆる!!!』『生足キタ━━゜+. (≧▽≦).+゜━━ ッ !!!』
「画面うざっ」
コメント表示をオフにする俺。姫の姿がはっきり確認できる。
赤いギターを抱えた少女が、白い壁に貼られたX JAPANのポスターの前でチョーキングを決めながら恍惚の表情を浮かべている。
ビジュアル系の妖艶なメイクに、ひらひらレースの黒装束。紅色ロングヘアーを頭のてっぺんでひとつに束ね、大きな黒いリボンで括っている。
「フッ、まるでキャバ嬢だな」
苦笑する俺。おもわず口から悪態がこぼれる。
黒いニーハイソックスの上部には、白く艶かしい太もも。その更に上で、赤いフライングVが揺れる。古いモデルだが、ピックアップとブリッジを交換したチューンナップ仕様だ。若いくせに随分とシブいギターを使っている。
「ピッキングハーモニクスからのチョーキングビブラートが甘いな。難しいところは相変わらずアドリブでごまかしているし」
分析モードの俺。脳内で至って冷静にフレーズをなぞる。
コメではチヤホヤと絶賛されているが。このニコオタ動画には、もっと上手い連中が星の数ほど存在する。単にアイドルとしての欲目でそう言わせているのだろう。
たっぷりと塗りたくったパープルのアイシャドウ。エメラルドグリーンのカラコンに長いつけまつげ。メイクとブラックレザーのマスクのせいで、顔はチラとしか見えないが。画面で確認する限りでは、かなりの美少女であることには間違いない。
「こいつはいいよな。たいして上手くもないくせに、女で可愛いってだけでこんなにも人気者になれるんだから」
俺は小さくため息を付き、ブラウザを閉じた。
「そろそろ新作でも撮るかな」
PCのDTMアプリを立ち上げる俺。デスクトップミュージックの略称だ。
今回の曲はアイアン・メイデン『The Trooper』。伴奏音源は、すでにアプリ内に取り込んである。一九八三年のリリース曲。我ながら高校生のくせにシブい選曲だ。すべては親の影響である。
ちらとモニタースピーカーの横を見る。タワー型の自作PCの脇にアルミ製の小さな黒い箱がある。
オーディオインターフェース、PCにエレキギターの音を取り込む機材だ。その先にはケーブルに挿さりっぱなしの古いギターが、椅子の脇のギタースタンドに立て掛けてある。
椅子から立ち上がる。俺は愛器を手に取ると、白文字でGibsonと書かれた黒いストラップを肩に掛けた。
Gibson Flying V '68。
色は鮮やかなチェリーレッド。いわゆるオールドビンテージモデルだが、ピックアップをダンカンSH-4 JBに、ブリッジをフロイド・ローズのトレモロアームユニットに交換したメタル仕様だ。
父さんが若い頃に使っていた物を高校の入学祝いとして譲り受け、バイト代で貯めた金で改造したのである。コミュ障である俺は、小遣い稼ぎを得意のネットを駆使して賄っている。
肩で大きなため息を吐きながら、徐にベッドの上の紅いウィッグを掴む。ド派手なビジュアル系のメイクと衣装は既に準備済みだ。
「俺なんてたいして上手くもないくせに。女の姿をしてちょっと可愛いってだけで、ちやほやされて人気者になっちまうんだから。それってなんか虚しいよな……」
ウィッグを被り終えた俺は、ディスプレイ上部に取り付けたWEBカメラのアプリの再生ボタンを、ピックを摘んだ指先でマウスクリックした。
次にDTMアプリの録音ボタンをクリック。導入部のカウント音が、モニタースピーカーから流れ出す。
「さあ、オマイら大好物の太もも姫さまのお出ましだ」
俺はアイアン・メイデンのリフを大音量で演奏し始めた。白い壁に貼られた崇拝するギタリスト、X JAPANのhideのポスターの前で。
そう、地味で冴えないコミュ障男子である俺の正体は、オタ動のPVとコメント欲しさに世間のゲス野郎を騙し続ける女装娘のクズギタリスト、JKメタラー☆姫タルなのだ。