予定調和
草原に既に居座っていた2人は、調査を行っていたらしい。
「なにを調べてるんですか?」
ナハトは、その人らしき2人に問いかける。正確には、人のフォルムをしているというだけである。
「君たち、人類の好む言葉でいえば、エネルギーの動きの観察だよ。」
「地味だけれども、大変に社会に対する成果も地味なんだよ。」
社会という言葉をその2人が口にする時点で、ナハトは、彼らも人の親戚なのかと勝手に想像していた。
「要は、基礎科学、応用化学のことだろうね。
我々は、おそらく基礎化学に依拠するんじゃないかね。」
と赤いほうが説明を加えていく。
「通路がなぜか君たちの生活にお邪魔していたとはね。
というか、君は勇気のある子だね。あの穴の中へよくも入ったものだ。」
落ちたくて落ちたのではない。しかし、それをいちいち口にだすのもいかがなものか。
落ちたという事は、必ずではないが、上がることもできるのではないか。
ナハトは、穴が閉じた事を知らないがゆえにその考えもふと浮上するわけだ。
しかしそれよりも先に聞いておかなければいけない事がある。
「あなた方は、何者ですか?」
それを聞いた赤と青は、お互い見合って笑いだした。
「じゃあ、君は何者なんだ?我々みな、便宜的に名を提示し、自らの存在を限定しているにすぎない。
我々は、それぞれが全てなんだよ。」
と誇らしげに青は、弁舌をふるう。
その便宜的でも狭義的でも、存在を問いたてているのだが、彼らにとって大事なのは、存在という仮説的回答ではなく、この議論そのものなのかもしれない。
赤は、青に続いて、
「君たちは、ある一定の期間の記録がないらしいじゃないか。
当り前だが、君たちも疑問に思っているんだろう?なぜ、世代間で引き継がれる、口伝えの伝承というものでその当時の情報が伝わっていないのか、とね。」
マハトは、とりあえず黙ってうなづく。
「そうだろう。我々も不思議なんだ。なんせ、我々でさえ、君たちの空白課題は、確認ができないんだ。
全く、不思議だ。君たち現人類の頭を開くというのも手なんだが、条約違反で、我々が資格剥奪にあうからね。やりづらいね。」と赤は言い終える。
ナハトは、やはり、この2人は、人間ではないのだなと感じ始めていた、あらためて。
草原には、風が通っていた。
2人いわく、この場は地球という事なので当然だろうか。
「僕が通ってきた穴は、空間のトンネルのようなものなので?」
とナハトは、話を切り替える。
青は、
「ああ、君たちの理解しやすいように言えばね、そうゆうことだ。
だが、我々の使用する通路は、五次元なんだよ。確かにここは、地球だ。
しかしね、、」
青が、言い終える前にその次にくる言葉のイメージがなんとなく想像がついてしまう。
彼らが、なぜここにいて、何をしているか、わからない。
しかし、今、ナハトが存在を許されている空間は、穴に落ちる前の時間軸ではない、という疑念が発生してしまった。
「あー、君が出てきた通用口だと、ここは、落ちる前の2日前だね。」
と赤がしめる。
ナハトが想像したのは、もっと大規模なタイムトラベルだったのだが。
ナハトの行動許容範囲は、時間旅行においても小さいらしい。
ここで1つ考えられる疑問がある。
それは、今ナハトがいる場所には、それ以前のもう1人のナハトがいるのではないかという事である。
ということは、かの有名なあの方のかの有名な例の理論から言えば、ナハトが穴からでてきた世界は、たしかに過去だが、もう1つの世界という事ではないだろうか。
その事を2人に言うと、遠くの方から
「すまないー」
と間の抜けた声がしてきた。
それは、黄色の人らしき生命体だった。要は、外見だけで判断すれば、赤と青の同類である。
「おつかれさまっす!」
と2人は、黄に頭をさげる。どうやら、格上らしい。
「きみ、穴に落ちたんでしょ?ごめんごめん、俺の手違いだわ。」
表情の読めないその黄の顔らしき部分から、声色からくるイメージで快活さを感じる。
「先輩ー、たのみますよー」
と青がつっこみをいれる。
「すみません、やはり、自己紹介は必要だと思うのでいいですか?」
ナハトは、赤と青に笑われた行為を再度試みる。
「あー。そうゆうのやめにしない?」
と黄に2人とおなじ対応をされてしまった。
「存在ってさ、なによ?」黄がたしなめてくる。
駄目だった。さきほどと同じ状況のぶり返しである。
彼らの文化体系、いや、そもそも存在の定義もよくわからないが、彼らのコミュニティでは、自己紹介は、稚拙な行為らしい。
ナハトは、ふと学生時代に古学の授業で、昔の若者にもそうした傾向があるということを思い出していた。
赤と青よりも長々と黄にロマンだけを語られ、結局、便宜的名前を教えてもらえずじまいだった。
「まぁ、とにかくさ、申し訳ないね。
もうちょい先の点で発生させたかったのよ。寝ぼけながらやったら、おばちゃんの庭とかね。
でも、俺さ、大昔には、大きな海のど真ん中に大きな通路つくっちゃったからなぁー。
あれ通ったのみんなどこいったんだろう。」
技術職員としてあるまじき発言ではないだろうか。
まるで、どこかの職員の事故発生直後の様子である。
「先輩、とりあえず、これでいいですかね?」
と言って、青は、黄に先ほどから存在しているモニターに表示されているものを見せる。
「いいね。とりあえず、これで今回は、終了という事で。
でさ、不備は、どうせ第2陣がやるでしょ。
今回の俺の通路のミスもあとで個人的に繋げ直しておくからさ。」
といって赤と青は、一礼してから片づけを始めた。
「あー、俺らもう、帰るからね。
あとね、君も考えついていると思うけど、この場には、正常な時間軸を歩む君がいるからね。
だぶりだよ、だぶり。でもね、大丈夫、あともう少しで君の存在が弱まって消えるからね。
本当にごめんね。」
と黄は、言い放つと、新たに現れた穴の中に赤と青と一緒に消えて行ってしまった。
ナハトは、空を見つめ、ただこう感じた。
「やつらは、立派な社会人だなと。」
被害者と加害者との結びつきなんてものは、所詮、脆弱なモノだなと改めて考えさせられた。
ナハトは、自分に残された時間をいかに使うかを考えた。
まだ体は透けていない。
ループ。
ふとそんな事を思いついてしまった。
ナハトは、文系であって、なおかつヒトニューラルコミュニケーションにおいても理系のデータベースにアクセスしない生粋の文系である。
しかし、その永久の連鎖を感じてしまった。
まさか。
しかし、もう1人のナハトは、事実として、このタイムトラベルを知らない。
だからこそ、穴には、間違いなく落ちる。
するとさっきのトリオに遭遇するナハトは、回数を重ねるごとに無限に増えていくのではないか。
その仮説が正しければ、まだ一回目という事になる。
「は!」
ナハトが心から尊敬するユダヤ人の物理学者も言っていた。
時間の流れは、相対的であると。
つまり今ここで、2日前のナハトに、危険を知らせる方法があり、新たな未来を構築できる。
しかもなおかつここで遭遇した奴らに関する情報も残せるのではないかと。
本来ならここで、その行動を実行に移した際、完了するまでに幾多の試練があれば、人生に色なのだが、
委託記録書類というナハトの日々のデスクワークの一環に働きかけて行動は、完了してしまった。
書類に『穴に近づくな。』とまず大きく記し、自分が見たものを細かく書いていく。
そして、絶対にこの紙を捨てるな、と。
画して、ナハトの仕事は終わったように思えた。
相変わらず、体は、透けていない。
それどころか、2日を経過してしまい、穴に落ちた当日となった。
過去のナハトは、委託記録書類を読んでいた。
ひどく不気味な文面なので内容は覚えていた。遠くから穴に落ちたナハトは、おばさんの庭へ向かうナハトを見つめる。
しかし、その先にあった光景は、さらにナハトの頭を混乱させた。
おばさんの庭に、『穴』が存在していなかったのだ。
では、なぜ、おばさんが呼び出したのか。
「うちの自慢の柿木を荒らすカラスがいてねえ、ほら、今も。どにかしてもらえる?」
という相談内容であった。
遠くからその想像を超えた光景に愕然とするナハトだが、
ふと新たな仮説が。
「これが、本来僕が、体験するはずだったことだったのかな。」と。
その瞬間は、タイムトラベラーと化したナハトは、その場から消えた。
「いやー、やっぱ、先輩、器用!」
と例の赤と青が、黄を称賛する。
しかし、黄の表情は晴れない。
「いや、むしろ最悪だ。バミューダトライアングルの時以来だからさ、こうゆうミス。
ほとんど、修正してないからまずい事になったわ。」
その暗い雰囲気に赤と青は、困惑する。
「だって、あの小僧、記録媒体に情報残しちまったんだぜ。
しかもあいつ、文章の最後に、『ナハトより』って」
「え、」
得体のしれないトリオは、得体のしれない不安と恐怖に支配されるのだった。




