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チャプター7

〜フォルクローレのアトリエ・二階〜



「落ち着いた?」

「ん、ありがとう」

 あれから五分、フォルクローレはようやく落ち着きを取り戻していた。エルリッヒの淹れた紅茶をすすると、全身に穏やかな熱が伝わってくる。さっきまでの慌てっぷりが嘘のように引いて行く。

「で、フォルちゃんはなんであんなところで気絶してたの? 寝てたけど、寝てるように見えなかったよ」

「いやー、あはは、面目ない。実は三日間寝てなくて。気付いたら意識が……」

 笑顔で頭を掻きむしる姿からは、三日間も徹夜したなどと、とても想像できない。事実目にはクマもなく、血色もさほど悪くなく、声にも張りがある。これが若さか。

「意識って……無理しないでよ? フォルちゃんて、いくつだっけ」

「んあ? 19だけど、突然どうしたの?」

 若い。人間年齢換算で言えばあまり変わらないとはいえ、実年齢で言えば二十倍は違う。この元気っぷりはきっと、若さ故のなせる技なのだろう。

 もちろん、エルリッヒもまだまだ若い娘のつもりだし、事実竜王族の中では若い娘なのだが。

「ほら、クマ一つないのは若さなんだろうなーって。手鏡、見せようか?」

「いいよそんなのー。あたし美容とかおしゃれとか、あんまり気にしないから」

 そういえば、フォルクローレは身だしなみについては極めて無頓着な娘だった。せっかく美しい容姿をしているのにもったいない。手入れをせずともサラサラな金髪が泣いていようというものだ。

 ちゃんとした格好をするのは、お城に上がったり、依頼で貴族や富豪の屋敷に足を運ぶ時だけだと言うのだから、本当にもったいない。

「あ〜あ、そんなに可愛いのに、もったいないな〜。もっとおしゃれして、お化粧とかお肌や髪の手入れに気を遣えば、そこらの男達がわんさか寄ってくるのに」

「あはは〜。それが煩わしいから恋人が出来ないんだろうね。いつかは彼氏が欲しい! なんてやっきになる日が来るのかもしれないけどさ、今はこれでいいんだよ、これで。それに、ゲートムントとツァイネの二人も仲良くしてくれてるし」

 あぁ、やはりフォルクローレと話をするのは心地いい。価値観が近い。人間関係が近い。あまつさえ、前回の冒険で亡国の王族を祖先に持つ事が分かってしまった。今でも胸元で輝いているネックレスがその証拠だ。鏡映し、とまではいかないが、よく似ているのだ。

「ほんと、フォルちゃんはぶれないよねー」

「当たり前じゃん。ブレたら錬金術士は終わりなんだよ? ただでさえ周りの理解を得にくいお仕事なんだから」

 二人の立ち位置は大きく違う。王都で一人、お店を切り盛りをしていると言う所までは同じだが、食堂は周囲の理解を得やすいのに比べ、錬金術士はそうもいかない。今でこそ、お城に作成した物を献上し、王に直々に成果報告をするまでになっているが、ここで開業したした当時は、やれ煙突からは黒煙が上がる、頻繁に爆発する、住人は姿が見えないと、評判は散々だった。どこの誰が何をしているのか、不審がられていたのである。

 それを、細々と依頼をこなしたり、近隣住民の困りごとを解決したりと、地道に評判を勝ち取って行ったのだ。

 もちろん、そのために昼間出かける事を心がけたり、調合の腕を上げて、失敗による爆発の頻度を減らす努力も欠かせなかったのだが。

「私は昔の事は知らないけどさ、ちゃんと市民権得てるんだし、見事なもんだよ」

「それはまぁ、そうなんだけどさ。……よっと。それより、エルちゃんは何しにきたの? お店からここじゃ、結構遠いでしょ〜」

 ベッドから立ち上がると、鏡の前で身だしなみを整えながら問いかける。そうだ。本来の目的を忘れる所だった。何をしに、時間の少ないこのタイミングでこんな遠くまで来たと言うのだ。

「そうだ、忘れてた! それが重要だったのに!」

「もー、エルちゃんはダメだなぁ。で、何の用?」

 身だしなみを整えるとベッドに座り、エルリッヒと向かい合う形で座る。そういえば、以前であれば勝手にアトリエ入って来た事を注意して来たものだが、今はその様子が見られない。すっかり変わってしまっている。

 仲良くなった証拠と見るべきか、不可抗力だと認識してくれていると見るべきか。いずれにしろ、日を重ねるごとに仲良くなっているのは事実だった。

 お互い、街には同性の友達が他にいない。これまでの300年の旅で色々な人間と知り合い仲良くなって来たが、今怪しまれない範囲の時間軸には、同性の友達がいないのだ。一方のフォルクローレも、生まれ育った故郷の町には友達がいるようなのだが、王都にはいないという。

 今まで、それを特に寂しいとも特別だとも思わずに過ごして来た二人だからこそ、仲良くなる要因は実は色々な所に落ちていたのかもしれない。

「あのさ、実は今度、浮気調査する事になったんだけどさ、いい道具、何かないかな」

「え、浮気調査? エルちゃんが? なんでまたそんな……色んな事引き受けるねぇ。ま、ドラゴン退治だの悪魔退治だのに比べれば、よっぽど牧歌的だけどさ」

 少し呆れたようなその顔からは、知り合って数ヶ月の友人が、すでに何度も大層な事件に巻き込まれ、いや自ら飛び込んでいるという、特異な状況を面白がっているようにも感じられる。

「とはいえ、浮気調査ったって、何に使うどんな道具が欲しいの? 具体的に指定してくれれば図鑑探してみるけど、漠然としすぎてて、それじゃあ時間掛かるよ? 手持ちの図鑑全部を当たってそれらしいアイテムを調合する事になるから」

「むー、そっかー。言われてみればそうだよね。私も考えが甘かったか」

 腕組みをして、思惑深げに考え込む。浮気調査に使えそうなアイテムとはなんなのだろうか。そして、それをフォルクローレは作れるのだろうか。

「とりあえず、整理して考えてみよう。浮気調査って、具体的には何をするつもりなの?」

「んー、おじさんの後を付けて、本当に若い女の人と会って愛を育んでいるのかを調べて……後、香水! 香水の匂いがするって言ってたから、その特定もしたいね。私、嗅覚には自信があるんだ」

 一般的に、嗅覚と言えば犬が有名であり、人間の1000倍も優れていると言われているが、他の獣と同じくドラゴンとて負けてはいない。野生生物という意味では外れているかもしれないエルリッヒも、人間の姿を取っている今でもそれは受け継がれている。もっとも、あまり本来の性能を発揮してしまうと、いささか人間社会では生き辛いのだが。

「尾行に香水調査か。その辺だったら何か作れるかも」

「ホント? 後、夫婦喧嘩を仲直りさせるようなアイテムもお願い! こっちは急ぎじゃないから!」

 錬金術士の領分として、「薬の調合」がある。これならきっと、何かしらを作ってくれるのに違いない。淡い期待は、抱くのには十分な存在感を発揮していた。

「分かった、何かできないか探してみるよ」

「ありがとう! ちゃんと報酬は払うからね! それじゃ、お店があるから帰るね。くれぐれも無理しないでね! 後、ご飯もちゃんと食べる事! 睡眠も取るんだよ?」

 すっと立ち上がると、そのままフォルクローレを見下ろすような形で言い放った。エルリッヒにしてみれば、どこまでも無茶をしてしまう姿がとても心配なのだ。

「それ、友達としての忠告なのか、依頼人としての制限事項なのか、どっち?」

「そんなの、言わなくたって決まってるじゃん」

 上目遣いに見上げる格好のフォルクローレを抱きしめるようにして、耳元でささやく。

「友達だから、だよ」

 予想外の仕草に、一瞬惚けてしまう。当のエルリッヒは「じゃあね」とだけ言い、そのままアトリエを出てしまった。

「エルちゃん……侮れん」

 そう呟いたフォルクローレは、どこか悔しそうだった。



〜つづく〜

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