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チャプター6

〜職人通り〜



 二時間後、エルリッヒは職人通りにいた。お昼まではまだ時間のある午前中のひととき、ここは忙しそうな音が響いている。

 そんな中、赤い屋根の小さな工房は物音一つしない。その代わり、煙突からもくもくと黒煙を吐き出していた。

「フォルちゃ〜ん、いる〜?」

 エルリッヒが職人通りに行く時は、包丁を研いでもらう時と、フォルクローレに用がある時の二つである。

 今回は後者だ。黒煙を在宅の証と判断して、ドアをノックする。

「……」

 返事がない。

「困ったなぁ、寝てるのかな」

 王都の南西側に位置する竜の紅玉亭と、北東側に存在するフォルクローレのアトリエでは、実のところ対角線上に位置しており、意外と遠い。ここまで来てなしのつぶてではやり切れない。

「むー、勝手に入るわけにはいかないし、全然出てこないし……」

 少しだけ思案した挙げ句、とりあえず、窓から覗く事にした。窓から見える範囲は狭いが、それでも何かが分かれば。

 もし、過労で倒れでもしていたらそれこそ大変だ。さて、窓の外からどれだけ覗けるだろうか。

「ん〜、んん?? ややっ、やややっ? いない?」

 幸い、窓からはアトリエ全体を見渡す事が出来た。しかし、床に散乱している書物、ぐつぐつと煮えたぎる大釜、隙間のない書架と、いつも通りのアトリエの姿ではあるが、そこにフォルクローレの姿は確認できない。

「とりあえず、気になるな」

 ドアの前に立って、またも考えてみる。もしアトリエ内にいるのなら、鍵は開いているはずだ。いや、フォルクローレは近所なら施錠せずに出かけるので、いる事の証明にはならない。だが、やはり心配だ。

「どれどれ? ……開いてる」

 やはり、鍵はかかっていない。こうなっては入るしか選択肢はなかった。人通りも多いこの時間、こそこそしては余計怪しまれる。友達なのだからと堂々とはいる事にした。

 これはこれで気を遣うのだが、自然に振る舞わなければ。

「フォルちゃーん。ターク!!」

 明るい挨拶とともに、笑顔を作ってドアを開け放つ。そして、中に入るや否や、急いでドアを閉め、くるりと室内の方へ振り向くと、炎が漏れそうなほどの大きな息を吐いた。

「はぁ〜、これで怪しまれる事はあるまい」

 これで一安心だ。しかし、次の瞬間、床の上に山積みになった本を見てため息をつく。とりあえずは”相変わらず”のアトリエの姿だ。

「さてと、ここにいないとすると、多分二階だろうな」

 フォルクローレのアトリエも竜の紅玉亭と同じで、二階を居住スペースに使っていた。ここにいないとすれば、二階にいるに違いない。二階で何をしているのかは分からないが、下の音は聴こえづらいだろう。ノックや呼びかけに気付かなくても無理はない。それ以前に、眠っている可能性も十分考えられた。

 何しろ、錬金術士という職業は非常に忙しいらしく、何日も徹夜をすると言うのだから。エルリッヒからしてみれば、年頃の乙女がそれだけのハードワークをするというだけでも信じられないのに、この練金という作業には時として爆発を伴う物までが存在するというのだ。尚の事信じられない。

 しかも、卑金属から金を作るのが主な目的ではないらしい。知り合ってからまだ一年と経っていないので、分からない事が多い。

「と、とりあえずここにはいないみたいだし、二階に上がってみるか」

 本を踏まないように、足で本をかき分け、その隙間に存在するであろうわずかな床をそーっと踏みながら歩いて行く。

「こ、これはひどい。ほとんど床が見えないじゃん……」

 前を見つつ、足の感覚床を確かめつつ、歩いて行く。すると……

「ん?」

 何かを踏んだ。本のかき分けが足りなかったのだろうか。いや、何かが違う。

「ん? むにゅ?」

 なんだこれは。柔らかい物を踏んだ。とりあえず、書物以外の物も散らばっているらしい。これは本格的に片付けて道を作らなくては。

「まずは本をある程度まとめて……んしょ、めんどくさいな」

 単純に力だけで言えば人間の比ではないが、分厚い本をまとめて片付けると言う作業は、やはり骨が折れる。物理的に大変なのだ。まずはそれを進め、踏んでしまった何かしらをはっきりさせなくては。

「えぇと、これは……これはっ! げ!」

 足下を見て、急いで散らばっている本を周囲に投げ、スペースを作る。すると……

「げげっ!! ぎゃー!!」

 なんと、無数の書物に埋もれるようにして、床にフォルクローレが横たわっていた。ついうっかり踏んでしまったのは、彼女の白い腕。念のために触って確認してみるが、起きる気配も怪我をさせた気配もない。よかった。

 しかし、なぜこんな所で眠っているのか。今までで一番おかしな状況である。見慣れた服に身を包んだまま、まるで絨毯のように長い金髪を振り乱し、苦しそうな表情でも、安らかな表情でもなく、ただただ穏やかな寝息を立て、横たわっている。

「お、起こすべきだよね、これ。寝てるのか気絶してるのかも分からないし」

 急いで周囲の本をどけ、とりあえずとばかりに抱きかかえて二階へと運ぶ。いずれにしろ、この場で起こすよりは、まずはもう少し綺麗な場所で起こしたい。二階はベッドやクローゼットがあるだけの簡素な造りになっていたが、少なくとも一階のアトリエよりは片付いていた。

「よいしょ」

 ベッドの上に寝かせると、どうして起こそうか考える事にした。声かけだけで起こすのが一番無難だろう。だが、それが適わないのなら、揺さぶって起こすのがいいか。そして、最悪の場合は頬を軽く叩いてでも。

 とりあえず、大事になる前に本の山から救助できたのはよかったが、本当にわけが分からない。

「んん……」

「おーい、フォルちゃーん、起きろー。朝だよー。お昼だよー」

 まずは声掛け。起きない。

「フォルちゃーん。起きてよ〜!」

 肩をつかみ、揺さぶってみる。起きない。

「仕方ない、やるか」

 本気で力を込めたら、首が吹き飛んでしまう。あくまで優しく。最低限の力でやらなければ。

「よーし。フォルちゃん、起きてっ!」

 二回三回と、頬を叩いて行く。部屋中にぱしんぱしんと威勢のいい音が響き渡るが、まだ起きる気配はなかった。

「起きないとっ、大変なっ、事にっ、なるよっ! えいっ!」

 起きるまで続けては危ない。そう気付くのに時間はいらなかった。フォルクローレの顔は、すでに真っ赤になっていた。

「はっ! まずい……乙女の顔をこんなに威勢良く……」

「んん……何?」

 起きた。

「あ、起きた」

「痛い。なんか痛い。はっ! エルちゃん! なんで! あたし、確か調合してたはずなのに! なんでベッドで寝てるの! ていうか、いつ! 今日はいつなの!」

 今の状況が全く分からないらしい。キョロキョロと周囲を見回すと、慌てた様子でまくしたてた。

「ちょっとー、フォルちゃん落ち着いてー。状況聞きたいのは、私の方だよー」

「そ、そうか、まずは落ち着かなくちゃ。慌ててたらなんの調合も上手く行かないわ! でも、今の状況が全く理解できないー! なぜかエルちゃんがここにいるし、なぜか自分がベッドにいるし、なぜか明るいし!」

 ベッド脇に座りながら、とりあえず、落ち着くまでそっとしておくしかない。そう思うエルリッヒであった。




〜つづく〜

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