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「は?合宿?」
「そー。え?知らなかった?
夏休みに入ってって。予定表、岩倉さんが
配ってたぞ」
「全然気が付かなかった」
「しっかしさ、野郎ばっかりでとか
なんだかなぁって感じだよな。
何でウチのサッカー部、女子系いないわけ?」
「……中村、原因はアレだよ、アレ」
「……ああ、アレでかよ」
二人で、原因であろう人を個々に
脳裏に描く。
通称“アレ”とは、
無論、先だって強烈なインパクトを
俺達に植え付けた、恐怖の暴言の数々を
放った人物に他ならない。
「ユズ。最後さぁ、向こうの監督、
紺里を睨んでなかった?」
「いや、俺怖くて見れなかった、そっち」
「あ。その手があったんだ……」
本来なら自分の部の先生兼監督といえば
尊敬に値するのだが、如何せん適当な
言動からイマイチ崇拝する気になれないのが
悲しい。
が、先輩達さえ思っていても口にはしないのだから
俺達一年が言葉にすることは絶対してはいけない。
とてもデリケートな存在だ。
「てか、誰も特に気にしてないもんな」
(だから口にすんなって言ってるのに、中村よ)
にしても、
(合宿か……)
マジ、男数十人で旅館合宿とか、
考えただけでも、むさ苦しい事
この上無いんだけど。
想いは同じようで二人、
「はぁぁぁぁ」
と切ない溜息が重なる。
売店に寄った後、どこで食う?と
話しつつ、渡り廊下の先に目が向いた。
そこには……
「お。密会中、発見~~」
よせば良いのに俺の腕を引っ張って
グイグイそっちの方向へ向かって行く。
おどけて言う中村にその先輩の女子は
冷やかされて喜ぶように、
「見付っちゃったね、近衛君」
「コイツの事は気にしなくってイイっすよ、先輩」
「あ~傷つくなぁ、その言い方。てか
お前、まだ先輩って呼んでんの?」
「そうなのよ~言ってやって。
意外とシャイなんだもん、近衛君。
でも、そこも可愛いんだけどね」
「うは、言いますね~なぁ?ユズ」
「…………はは」
知らねーよ。
近衛の事とか俺が知るはずないだろ。
俺はお前や、この人みたいに
親しくもなければ、同じサッカー部って事以外
共通点も無いんだから。
―――友達の友達。
それが今の俺達の正確な位置関係。
「先輩~もしかして手作り弁当ッすかぁ?」
大体、いつまで絡んでるんだ?
そんなんだから彼女が出来ないんだぞ、お前。
「邪魔しちゃ悪いだろう、もう行こうぜ」
ついイライラして、口調が荒くなる。
「別に構わないけど」
折角、その場を離れてやろうとしてるのに
近衛は先輩と中村を挟んで再び話し始めた。
俺だけが蚊帳の外。
女子の先輩……そう俺は名前を知らない。
知りたくもなかったし。
その人が、近衛の腕に自分のを絡めて
話しているのに気が付いてからは、
時折、中村が同意を求めて俺に話をふる話題が
何かすらも頭に入らないほど、
その箇所を見入ってしまっていた。
何だろう、凄く気分が悪い。
ムカムカするんだけど
……理由とか考えたくもない。
「合宿?いつ?どこで?何日?」
うだる様な暑さ。
七月に入ったばかりだというのに
この異常気象ときたら何だ?
「うん。八月。多分黄戸辺り。一週間?」
アイスをガジガジ齧りながら、
貰った予定表を手渡した。
「いってらっしゃ~~~い」
母親のやけに嬉しそうな声に
そんなに俺に家にいて欲しくないのかと
少し腹が立つ。
「息子がいなくて寂しいとか
無いワケ?」
「うーん。無いわ~」
うわっ、断言された。
「……いいけど。
留守中は戸締りちゃんとしろよ、母さん。
女一人になるんだから」
「はいはいはいはいはい」
―――全然、聞いてない。
うちは母子家庭で、俺が未だ小さい頃に
父親は事故で亡くなっていたから、
写真の父親の顔しか知らない。
一見、明るく陽気なイメージを
持たれる母さんだが、
女手一つで苦労して育ててくれているのを
幼心で知っていたから、反抗とか
殆どした覚えはなかった。
「あ、そういえばこの間スマホ買い替えるって
言ってたけど、設定上手く出来た?
無理そうなら、俺するけど」
「全然、OK。前に教えて貰っていたのと
同じ機種だし、少しイジればすぐ慣れたわよ」
「ふーん。そか」
結構前にもFBをやってたりと機械系に
割と強く、多少壊れた電化製品とかも
配線いじったりとか昔からよくやっている。
男手が無かった為のもあってか、
やれることは自力でやるってのが母の信条だ。
(この分なら、合宿行っても大丈夫そうだな)
「レギュラー取れるように頑張んなさいよ」
「うん。そのつもり」
長かった一学期が終わり
散々たる通知表を貰って結構なショックを
受けた後、それぞれの思惑を
孕んで夏休みに突入。
―――そして、
あの忘れられない夏合宿が始まった。