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5 忘却

結局、その日は外は雨。


練習も出来ず、柔軟にも飽きていた先輩達は

その後もあれやこれやと近衛に質問をし、

俺を含め他の一年は呆然と事の成り行きを

見ていただけ。


というのが、初日のだいたいの顛末。



にしても、入学して一週間位経つのに何故

近衛に気がつかなかったんだろうと

不思議に思っていたけど、その謎が

ヤツと同じクラスの友人から聞いてやっと解けた。


どうやら引っ越してきたのが昨日で

入学式に間に合わず、

あの体育館での顔合わせにギリギリで

来れたようだとの話だった。


はじめの一週間くらいは一年は基礎トレと

柔軟のみ、ボールには片付けの時だけしか

触らせてくれない。


二週間目に入って一年同士でのミニゲームが

行われることになった。


これで実力をみるのだろうということは

皆予測していたから俄然、力が入る。


それぞれ希望のポジションにつき

先生兼監督の紺里が適当に振り分けた即席チームで

試合をすることになった。


殆どの一年は先輩達の冷やかしやら、ヤジを受けて

緊張する中やっているのに、

ただ一人だけ浮きまくってるのが

やはりというべき近衛だった。


たった十五分のゲームで前半三点を

叩き出したかと思うと、後半は

一切自身でゴールは狙わず、アシストに徹底する

といった内容だった。


先輩らも最初こそ

“よっ!ミスター鷺我~”とかの軽口を

言っていたが、いつしかその顔は真剣になっていた。


動きを研究している人や

中にはレギュラー落ちするのは

自分達の誰かだろうと、早くも危惧している

人もいたかもしれない。


俺は近衛と今回、同じチームにいたから

ゴールを狙われる心配はなかったけど、

実に的確な指示を飛ばし、即席チームを

機能させてる姿にほとほと感心し、格の違いを

見せ付けられるには充分だった。



そして予想通り、一年で唯一アイツだけが

レギュラーチームの練習に

参加することが決まり、カリキュラムも

別に組まれることになった。


相変わらずボール拾いとかをしてる俺達は

遠くで実践メニューこなしているアイツを見て


「やっぱ、すげぇな近衛」


「というかさ、こう言っちゃなんだけど

先輩より断然上手くね?」


「バカっ!聞こえるぞ」



一年がそう言い出すのも無理はない、

もう一年とか高校生とかそういうレベルではなくて。


恐らく先輩達全員がそれを分かっている。


だからこそ、誰も近衛に対して嫌味を

いう者はいないんだ。


近衛は決して驕った態度は一切見せず、

後輩として全員に同じ態度で接していた。


だからこそ何かを言えば、自分の質を堕とすことになると

誰もが意識的に感じる程、それだけ

近衛の立ち振る舞いは完璧に映った。








完璧な奴はどこでも完璧なわけで……

部活以外でも近衛は人目を集めていた。


クラスは隣なんだけど、同じクラスの女子が

三組にイケメンがいる、と連れ立って

昼休みにわざわざ見に行ったりと大騒ぎだ。


普通なら有頂天になるか周りに

自慢したがっても不思議じゃない

と思うんだけど。


「遅れてきたから珍しいんだろ。

今だけだ、人ってすぐ飽きるから」


なんて嫌味の欠片も感じさせない

笑顔で軽く笑いのけてたぜ、と友人。


約一か月半後の中間テストで

いきなり近衛が五位に入った事が

更に女子からの人気を過熱させた。


(オイオイ……欠点とかねーのかよ)


実際こういうヤツっているんだな。


もうそこまで揃ってると流石に

妬みとか通り越しちまう。




そんなんだから教室でも部活でも、

いつも近衛の周りには人だかりで

なかなか喋ることができなくて。


周りがやっと近衛の存在に慣れ始めた頃、

珍しく一人でいるのを見計らって

やっと思い切って聞いてみることにした。


「今、いいかな?近衛」


「……何?」


初めてまともに見た近衛の顔は

雑誌とかより、全然精悍で

男の俺から見ても思わず目を合わせるのが

気恥ずかしい感じになるくらいだった。


……女子が騒ぐ筈だ。


今、もしかしたら紅くなってるかもしれない

ってくらい顔が熱い。


弱腰になりそうになるのを必死に堪えて、


「聞きたいことあるんだけど」


やっとそう切り出せた

ずっと聞きたくて聞けなかった事。


「オ、俺の事覚えてない?」


緊張しすぎて思わず上ずった声が出た。


(うわっ俺、恥ずかし過ぎるだろ)



なのに返ってきた言葉は、



「………どっかで会った?」



近衛は済まなそうにいう訳でもなく、

本当に見覚えないって風で。


しかも、


「えっと、悪い。未だ全員覚えれなくて

―――お前、名前なんだっけ?」



それは、あまりにも決定的な言葉だった。



「あ……いや、俺の勘違いだった……みたいだ。

きっとテレビとかで見て勝手に

そう思っていたのかも……俺は杠、宜しく」


後半何を言っているのか自分でも

分からなくなる程、動揺していた。


もうその場にいる事すら、恥ずかしくて堪らなく

俺はじゃと踵を返して逃げ出していた。



中学から高校生の三年間は一番、男も

成長が著しい、近衛だってこんなに

変わったんだから、俺のことだって

そう言う意味で分からないだけかもしれない。


本来、こんなに卑屈になる必要なんか無く、

ちゃんと全中で会っただろって言えば良いのは

頭では分かってる。


分かっていても、どうしても言えなかった。



プライドとは違う何かがあって

それが何かとかは、全然分からなくて……


ただ泣きそうだったし、こんな顔、近衛には

絶対見られたくなかった。



どれだけ俺は自意識過剰だったんだ?




――名前すら覚えられてもいなかったなんて




放課後、練習に遅刻してしまった。


監督に校庭をを嫌という程走らされてしまったけど

目を腫らしてた姿を皆に晒したくなかった

俺にとっては有難かった。


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