4 挨拶
皆の驚きが未だ収まらない中、冷静な人物が二人。
「岩倉、進行~」
最初にサッカー部顧問と紹介された紺里先生が、
マネージャーの岩倉さんにそう告げた。
二人の様子から、多分この件に関して
事前に情報を知っていたようで、
皆が騒ぐのをあらかた予想し、収まるのを待って
いた感がした。
俺も驚きまくっていたから、多分としか言い様が
ないんだけど、この二人だけが
驚いているようには見えなかった。
岩倉さんが、俺の方を向き直る。
「はい。杠……えと、何て読むんだっけ?名前」
「あ、ハイ!束と言います」
「じゃ、杠 束。途中だったよね?悪いけど
最初からいいかな」
「杠 束。月森中出身、希望はGKです。
見た目、小さいですが気力でカバーします。
俊敏さと守備力の広さは誰にも負けません。
宜しくお願いします!」
「おお、言うね~」
と紺里先生は手を叩いた。
で、いよいよ近衛の番。
皆が固唾を飲んでその言葉を待つ。
横にいる気配だけで緊張してどうしても
その顔をまともみ見ることが出来ない。
俺も自分の時以上にドキドキしてきた。
あの鷺我中と言えば中高サッカー界で
誰しもが一目置く、屈指の名門校。
全国区の覇者の集団というイメージが強烈にあり、
同じ場にいるものなら、名を聞いいただけで
思わず、一歩引くくらい大袈裟じゃなく
そんな感じ。
つまりは、
“鷺我”という言葉自体、既にブランドなのだ。
だからそこに所属していたっていうだけでも
アレなのに近衛はそこで紛れもないスターだった。
期待するなって方が無理だろう。
アレ?
ってことは、あそこエスカレーターの筈だよな。
内部システムはよく分からないけど
外部入学じゃないんだから受験とか特に無いだろうし。
いや、そもそもコイツのレベルなら
どこの高校でも特待だって十分有り得うるだろ。
自分がいる高校を卑屈に考える
必要はないだろうけど、ここフツーの公立。
しかもここ県立だから他県のコイツは
受験すらできないはずなのに。
そんなヤツが何でここにいる?
おかしいだろう……
今更のように疑問が湧きまくる。
だからこそ、皆、コイツの一言一句に
興味津々だった。
「近衛 緑、鷺我乃第一中出身……」
この時点で、“おお~”とか“スゲー”とか
どよめきが上がった。
ミーハーな騒ぎを余所に
俺は間近で近衛の声を聞いて、心臓が
跳ね上がりそうになった。
俺の中でのコイツの声のイメージは
未だ声変わり前の幼いモノで、
低音のこの声に何とも言えない時間の
流れを感じていた。
(コイツ、今、こんな声で喋るんだ)
ただ、雰囲気でも以前より背が高くなって
凄い体格も変わってる感じがするんだけど、
意識すればする程、ますます
何故か真横にいるコイツを
直視することが出来ず、微妙に下を
向いたたま近衛と皆の反応を窺っていた。
「希望ポジションは特にありません。
宜しくお願いします」
皆の期待とは裏腹にあまりにも
簡素な自己紹介。
当然、皆そんな〆では納得するはずもなく、
先輩達から早速、質問が飛ぶ。
「何でお前ここに来たんだ?」
「親の転勤か何かか?鷺我一中って寮あったよな。
ていうか高校生だし、一人暮らしとかフツーに
選択あっただろ?
よりによってわざわざ何でこんな無名校に来たんだ?」
(あ。この先輩、自分の高校、無名校とか
言い切っちゃってるよ)
と、思いはしたが否定する者は誰もいなく、
ツッコミどころは今そこではないらしい。
そう、誰もが一番不思議に思っている確信の質問。
さぁ、どう答える?
「家庭の事情です。
うちの親が過保護なもんで、一人に
しておけないからついて来い、と」
(凄い親だな。自分の息子の将来より
自分達の都合優先かよ)
「……嘘くせぇ」
顧問が小さい声でボソリ。
だけど、俺しか聞こえてなかったのか
全員、まだ近衛の方を見ていて、唯一俺と
目があった紺里先生は“何か?”と言わんばかりに
ニッコリ俺に微笑み返してきた。
「…………」
この先生、何んだか食えない……