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「お前、前に自分の事
覚えてるかと聞いたな?」
それは、初めてコイツと最初に交わした会話だ。
中学からスター選手であるコイツに
大会で戦った事はおろか、
名前さえ覚えられていなかった事にショックを
受けたのは約半年前のこと。
「覚えてなかったくせに」
どんだけ辛かったと思ってるんだ。
「…………」
―――もしかして、
あれからお前もその事をずっと気にして
いてくれたとか?
だとしたら、近衛ってやっぱりイイ奴で
単に言葉の使い方を間違ってるだけなんじゃ
ないかな?とか仏心が湧いてきた。
が、あくまで、コイツの言葉が
そこで終わっていれば、の話だった。
だが近衛はそんな事を考えていた俺を
あろうことかニヤニヤと笑う。
「あの時のお前の顔」
「え?」
「俺が知らないといった時の顔といったら
ゾクゾクする程だったぜ」
今の言葉、どういう意味だ?
まさか知っててわざと?何故?
「じゃ……覚えていたのかよ?どうして
知らないって言ったんだ?お前」
「あんまり必死に聞いてくるから」
「……は?」
言っている意味も、意図も分からず
混乱するばかりの俺に尚も
近衛は言葉を重ねてくる。
「お前さ兎に角、泣き顔が可愛いんだよ。
お前ほど俺の気分を高揚させてくる奴は
他にはいない」
「お前……?」
何を言い返せばいいのか分からない。
無口で無表情、謙虚で格好良くって
天才的サッカー選手の好青年……。
そんなイメージが目の前でガラガラと
壮大な音を立てながら崩れ落ちていく。
目の前のコレ……本物の近衛なのか?
「所で、うちのクラスの女と
付き合ってるんだって?」
「あれは中村が勝手に」
「まぁ、いきなりってのもアレだし
暫く泳がしておこうと思ったけど」
「はぁ?」
「もうそろそろ良いだろ、その辺で。
今更、逃がす気もないし」
クククと喉の奥でさも楽しげに笑う。
初めて見る表情だけど、
コイツ、こういう笑い方が酷く似合う。
「俺が好きなら手を切れば?
というか、勝手に他人のモノになるなよ」
なんか物凄いことを言われている気が
するけど、どうにも理不尽極まりない。
「自分だって
つ、つ、付き合ってるんだろ?あの先輩と」
「あ?ああ……アレ。
あの時、お前がいたの知っててOKした。
俺が受けたらきっとお前泣くだろうなって思って」
「……!」
あの人といるのを見る度、
どれほど俺がヤキモキしていたのか、
お前は俺の想いも全部知った上で、
裏で笑っていたのかよ。
しかも俺を泣かせる為とか……。
「し、信じられない」
「おかげ様で、充分堪能させて貰った。
お前が別れて欲しいと泣いて頼むなら、
考えなくもないぜ?」
「別に!単に聞きたかっただけだ」
俺は慌てて口走ってる自分を止める。
そんな様子を見下しながら、
近衛がはぁ、と大きな溜息を付いた。
「強情だな。
どんだけ“キッカケ”与えりゃ
動くんだよ、ったく。
お前、そうでもしないと
中々踏ん切れなさそうだったからだろ。
散々仕掛けさせといて、まだ足りないのか?」
「仕掛け?」
また新しい不穏なワードを吐いている。
「まぁそれは今はいい」
そして自分の質問は答えを強要してくるくせに
いつも俺の質問は適当に誤魔化すよな。
「……敢えていうなら、合宿の時、俺と夜中に
目が合った覚えてるか?」
覚えてないわけがない。
「って―――お前!」
あの時も、起きていたのか??
「お前の顔見てたんだよ、ずっと。
そしたらいきなり目を覚まして
俺の方をジッと見惚れてるし」
「見惚れて……なんか」
「その顔が堪らなくソソってくるから、
つい我慢できなくて。
あの時、あのまま組み敷いてしまおうかと
本気で考えたんだぜ?
あそこでお前に告白なんかされてたら
確実に最後まで犯っちまってた。
お前パニくってた様子が面白かったから
一応誤魔化してやったけど。
ま、その後も先輩と俺のことで悶々してる姿を見れたし、
あん時、抑えれた自分のことを褒めてやりたいぐらいだ」
ゾッとするようなセリフを事も無げに
言い放つ近衛は、もはや今まで俺が
思い描いていた人物とは全く別人だ。
「俺にキスされてボーッとしてたくせに、
結局あのままだしな。
部室の件も服忘れてたの知ってたから
絶対戻ってくると踏んで、
女をわざわざ呼びつけて
お前来るの待ってたんだぜ?」
近衛の発言を俺はポカーンと
口をバカみたいに開けて聞いていた。
俺は今までコイツに良い様に踊らされ、
数々の失態を披露してきたのかと思うと
恥ずかしいやら、悔しいやらで感情が
グルグル回る。
「……お前がそんなヤツだとは思わなかった」
「俺は元々こうだぜ?お前が勝手に
理想化していただけだろ。
そして、そんな俺も嫌いじゃない、違うか?」
ニヤニヤ笑うその顔に更にムカつく。
理由は言い返せない事実だからだ。
「…………っ」
どこからそんな自信が湧くんだよ。
頭の中で否定しないと焦ってるのに、
その近衛が見せる独特な笑い方が
壮絶な色香を伴っていてゴクリと喉がなる。
「何、上目遣いで煽ってんの?」
「煽って、ない」
「なぁ。昨日、俺の何を想像しながらヌいた?」
このッ……悪趣味野郎!
「しらねーよ」
「忘れたんなら、
思い出させてやっても良いけど?」
言葉に煽られて、顔に全部出る前に
逃げようと背中を向け、部屋を出ようとした俺を
腹辺りに腕を回され制御される。
「お前なんか好きじゃねーし!
勝手に勘違いすんな!!
き、昨日だって別にオカズはお前じゃないから!」
その態勢のまま、そう言い放つのがやっと。
「――そういう所が、俺を刺激すんだよ」
背後から抱きしめられて、無理やり
唇が合わせられた。
ヌルリとした感触でアイツの舌が
俺の口内を弄り、だんだん意識が霞むほど
長く荒々しく舌を絡ませてくる。
逃げようにも奴の右手に頭を押さえ込まれていて
動くことさえままならない。
更に自分の方に向かせ反対の手で、俺の服を
たくし上げて胸をまさぐってきた。
「……!!」
俺はたまらず思い切り近衛の足を踏みつけた。
「ってーな」
「……お前なんかキライだ」
唇を手の甲で拭き、近衛を睨む。
「お前、本当にイイ顔すんな」
しみじみ言われても嬉しくない。
「う……っさい」
「嬉しいクセに」
今度は力ずくで
体をこれでもかと密着させてきた。
「!!」
だから、体の一部分が反応してるのが分かった。
「なっ!」
「昨日想像してた事、現実にしてやろうか?」
「え!?」
意味を理解するのに数十秒。
全身が熱を持ったように熱くなってきた。
表現はおかしいが俺は今自分が唐辛子にでも
なったような気分で余すとこなく
赤いに違いない。
「言えよ、“俺”にどんな事されたんだ?」
「ふざけるのもいい加減に……」
出た声が自分でも震えてると感じた。
コイツ……サドだ。
しかも最悪にタチの悪い部類の。
「オイ、怯えんなよ。
抑え効かなくなるだろう?」
無理言うな……
お前の一言一言が怖いんだよ、
コイツ、ヤバイ、ヤバくね?
怖ぇーよ、何がって、その笑ってる顔が!
この日、初めて片思いの相手が極悪な
裏表のある男だという事を思い知らされた。
―――そして一番最悪なことは、
俺にだけにそういう一面を見せる近衛に
今まで以上に惹かれているという自分が
いるってことだった。
自サイトにて挿絵公開中。
※諸事情により原画ではなく、描き直した模様。




