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その日まで、晴天の霹靂ってモノを
身を持って体験するとは思わなかった。
夕食の後、まったりテレビを見てると
母親がコーヒーを持ってやってきた。
「お、サンキュー」
「ねぇ、束」
「うん?」
「お父さんの顔って覚えてる?」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、
いつになく真剣な顔をしてる母親に
不思議に思いながらも、いやと答えた。
「私ね、再婚しようかと思うの」
「は?」
ちょっと何言ってるのか分からないんですけど。
「まぁ……その反応、予想りすぎ」
苦笑いしたその言い方にどうやら冗談とかの
類ではない事は分かったけど。
「もしかして決まった相手いるとか?」
「うん」
「へぇ……」
全然知らなかった。
「じゃ、すればいいじゃん」
アッサリ言った割には
心中はかなり複雑だった。
だけど、前から少しは考えてはいたんだ。
母さんは未だ若い、いづれ俺が家を出て
行くとしたら、一人きりになってしまう。
母さんがしたいというのであれば、
俺は賛成すべきだと思っていたし。
その人がいい人であれば
それに越したことはないと思うだけ。
自分の事はある程度自分で出来る歳だし、
それに、俺が反対したところで
どうなるものでもないからな。
「でね、来週顔見せってことで今度、食事
一緒にしない?」
―――ということで、ここは某ホテル、
高級レストラン。
「束、そんな緊張しなくっていいのよ」
「してねーし」
無理だろ、無理。
「あ、来た」
母さんにつられて立ち上がる。
挨拶をぎこちなく交わした後、頭を上げた。
そこにはとても優しそうなおじさんが
立っていた。
口ひげが似合っていて、ダンディ。
いづれ俺がこの年になったら
こんな風になりたいなって思える
そんな人だった。
「こんにちは、来てくれてありがとう、束君」
「初めまして!こんにちは!」
「聞いていた通りの感じだ。
今までしっかり君がお母さん守ってきたんだね。
これからは私にも手伝わせて下さい」
と、深々と頭を下げられた。
俺も慌てて頭を下げる。
「は、は、はい」
ニッコリ笑顔を向けられるとなんか
大いに照れてしまう。
色々話をふってくれたり、母さんとの
雰囲気を見てる限り、上手くいきそうな
感じが伝わってきて、俺はホッとしていた。
この人になら母さんは大丈夫だ。
そう確信できるものがあった。
それからトントン拍子で話が進み
一ヶ月後には入籍を済ませ、一緒に
住むことになった。
最初、母さんはともかく
いきなり俺までが家に転がり込むのは
どうかと思ったし、しかもまぁ新婚って
事もあって、躊躇したんだけど……
「もう家族なんだから気を使わないで良いよ」
って、本当にやさしく迎えてくれて
俺は一人暮らしをしようと思っていた
アパートを引き払って
同居する事に漸く決心がついた。
家はまだ新しさの残る一軒家で、
結構大きかった。
聞けば母さんとの新居を考えて
購入していたのだとの事。
幸せ者だなぁ、母さん。
今まで女手一人で苦労してきたんだ、
これからは俺のことより、旦那の事を考えて
もっと楽になって欲しい。
って、面と向かっては流石に照れるから
言わないけどさ。
前日に引越しの荷物が運ばれていたから
それを部屋に移動させようと持ち上げた。
「あ、束君、部屋は2階で上がって
手前の部屋を使って」
「は、はい」
うわ~二階の部屋とか、夢みたいだ。
開けると8畳くらいの部屋に天窓がついていて
明るく、俺の為に用意しておいたと
聞かされていたベットと机があった。
「うお、ウォークイン
クローゼットまである!」
ついつい鼻歌を歌いながら、荷物の整理に
没頭する。
コンコン。
部屋がノックされた。
「はい」
「束、お昼ご飯できたけど、降りてこれる?」
「行く行く」
階下からカレーの匂いがしている。
テーブルにつこうとして
ふと、妙なことに気が付いた。
「アレ?4つ?」
そこにはカレー皿が4つ
セッティングされていた。
おじさんは、ちょっとだけ笑って、
「じき降りてくると思うから、先食べてて」
え、もしかして誰か他にいるのか?
その時、階段を降りてくる音は分かったけど、
俺の方が今日初めてここに来たわけだし、
いきなり振り向くのも不躾な気がして
隣に誰かが座るのをドキドキしながら
その気配を感じていた。
「今日から宜しくね、カレーも沢山食べて」
母さんがその人物に声をかけた。
その様子からは、結構親しげに話してる感を
受けた。
恐らくは何度も会った事があるのだと
伝わる程の感覚。
「遅いぞ。ホラ、お前も挨拶をしなさい」
続いておじさん、いやお父さんが嗜めた。
義妹?義弟?かな??
俺も兄らしく振舞わないと。
「こんにちは、お久しぶりです。
これから宜しくお願いします、お母さん」
エラくしっかりした子だな……というか?
(……へ?)
「うん。宜しくね、息子もついでにお願いね」
「はい」
(この声って)
ぎこちなく、かなりゆっくり顔を左に向ける。
何で?
何で、お前は
いつもそんな登場の仕方をするんだ?
一瞬、心臓止まりかけてしまったじゃないか。
ついでいうと、スプーンも落としたぞ。
「って、ことで宜しく、杠」
薄く笑ったソイツは、紛れもない
近衛 緑だった。
「ええええええええええ!!!!!」
新居の食卓で俺の絶叫がこだました。




