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時計の秒針がこんなにうるさいと感じたのは

生まれて初めての経験だった。


目は瞑っているけど、意識ははっきりしてる。

夜中、時々目を開けていると

暗闇にも目が慣れてきて、

段々周りの闇と人や物との区別が

つくようになってきた。



周囲は連日の練習で疲れきって

寝付きは抜群に良い。

俺だっていつもは布団に入って五分も

しないうちに寝てしまい、気が付くと

朝ってパターンだ。


横を見ると近衛も、もう

眠ってしまっているようだった。


(人の気も知らないで……)


普段余りまともに見れないから、

この時ばかりと俺は近衛の顔を観察していた。


こうやってちゃんと見ると、中学生のあの頃と

本当に変わったんだな……お前。


記憶の中にあるコイツと違って、幼さない

面影は今や何処にもない。


鼻筋の通った大人びた顔、黒い髪が

以前より大分長くなったな。


あ……睫毛も長い。


薄く開かれた唇。


もうあの先輩とキスしたんだろうか?


手を伸ばせばすぐ届く所に

“近衛”がいる。


息さえも聞こえるほど近くに。


ゆっくりと……本当にゆっくりと

その手を伸ばす。


もう少しで近衛に触れ……る。



「う~~ん。お母さん、おかわり」



誰かの寝言が聞こえてハッとした。



―――どうかしてる。



俺は伸ばした手を慌てて引っ込めた。

今、何で俺は触れようとしたんだ?

バカか、俺は。


暫くはそうやって、奴の顔を見ていたのだが、

それでも昼間の疲れからか、睡魔には

勝てず、いつの間にか

ウトウトと寝てしまっていた。



どれくらいした頃だろう。


ふと、目が覚めた。


何時なのかは不明だけど、室内の暗さから

まだ真夜中なのだと分かる。


時折、規則的な誰かの寝息、

窓の外からは名も知らない虫の音が聞こえた。


視力が闇夜に同化し始めた頃、窓から射す

月夜の光も手伝って辺りが結構よく見えてきた。


(……え?)


数回瞬きをしたその先に、ビックリするほど

すぐそばに近衛の顔があって、こっちを見ていた。


なに?……目が合ってる?


というか、近衛起きてる?



その横向きの姿勢から、片目は布団で隠れて

見えないけど、真っ直ぐ片方の左目は俺を

捉えているようだった。


(まさか、な?)



寝ぼけているのか?


俺は瞬きもできず、

ヤツのその目に魅入られていた。



「!!」


今、微かに近衛が笑った?……ように見えた。


途端、心臓がバクバクと高鳴る。


アイツの手がゆっくりと俺に伸ばされ、

首に回されたかと思うと、その顔が近づき…


俺は金縛りにかかったかみたいに

動くことが出来ず、ヤツの一連の動きを

ただ目で追うことしか出来なかった。



近衛の唇が俺のに重なって、



―――キスされているんだと気が付くのには、

随分時間を要していた。



その唇が離れる長い時間、

ただ、頭が真っ白で。



近衛?




引き寄せられていた手が静かに離れていく様子を、

まるで他人事のように呆然と見ていた。


暫くして、やっと事の重大さに気付く。


「!!!」



思わず自分の口に手を当てた。


何を……?今……?

俺、俺、近衛と……!?


周りには、寝ているとはいえ数十人も

同級生がいる中、こんなことをしてるとか。


痛いくらいに脈を打ち続ける心臓、

ヤバイ、このまま壊れてしまいそうだ。

全身に汗が吹き出し、これ以上ないってくらい

身体が熱くなった。



だけど、パニくる俺をよそに、



「先輩」



ヤツがそう呟いた。


近衛が反対側に寝返りをうったのを見て、

ようやくその意味に気が付いた。


そして、気づかなくって良かった、

もう一つの事にさえ。


(ああ。なんだ、そうだったんだ)




固執している理由が今更になって

やっと分かった。



ずっと好きだったんだ……多分。



憧れが恋に変わっているなんか

気付きたくもなかったのに。



叶わない思いなんか

何で気がつくんだろ?


バカみたいだ。

なんで男なんか好きになってるんだか、俺。


あまりに情けなくって、悲しくて

惨めで、哀れな自分をどうしていいのか

分からなくて、眠れずに必死に考えてみたけど。


どう足掻いてもこの現実だけは

揺るぎそうになくて。


とどのつまりどうしようもないくらい

惚れているんだと、結局ただ何度も再確認

する羽目になって朝を迎えてしまった。



予想通り、ヤツは昨日のことは

全く覚えていない様子だった。


そこには俺みたいに特別意識している感じなど

微塵もなかった。


やっぱり、俺だけが意識してる。



(大体コイツが、キスなんかしてくるから)




―――いや、そうじゃない。



却って寝ぼけてくれて良かったじゃん。


元々、絶対有り得ないことだったんだし、

間違いでもキスしてもらえたんだ。



……ラッキーじゃないか。



そう思うとして、思わず涙が出てきた。


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