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名も知らぬ春

作者: リンリン

この小説は企画小説『春小説』に参加しています。

私の携帯ではなぜか掲示板に書き込みが出来ないようで、参加報告できず申し訳ありません。

初参加ですが、どうかお手柔らかに。

『春小説』で検索されると、他の作家様がたの作品も読めます。

「本当に行くのか」


 銀色の髪を高く結った凛々しい顔の男は眉根を寄せて訪ねた。


「行くよ」


 エメラルドグリーンの髪を垂らし漆黒の瞳で見上げてくる少女の意図がわからない。なぜ危険を侵してまで会いに行く? 恐怖は感じないのか、と問いてみた。


「怖いけど、それ以上に会いたい。スーさんはまだ会いに行かないの? 私にはそっちの方がわからないよ。だって、あの人は私の全てで誰よりも愛しい方なんだから。スーさんの創造主だって、きっと待ってるよ」


 男は黙る。スーさんはまだ会いに行かないの? 彼女の言葉が突き刺さった。だが、創造主は自分を覚えているのか? 覚えていなければ、消えなくてはならない身なのに。

 だが今の男は彼女を見送るしか出来ないだろう。創造主に忘れられて消えて行くのを恐れる自分より、彼女の方が強いから。


「……私はまだ会いに行く勇気はない。せめて見送るしか出来ないだろう」


 すると彼女はそう、と呟いて歪んだ空間に足を向けた。自分達が創造主に会いに行く時に使うゲートだ。


「じゃあ、またねスーさん。もう一度会えるかはわからないけど」


 男は黙ってうなずいた。彼女の翳が、歪んだ空間に吸い込まれて行った。










 さぁ

 溶けて

 歪みと

 一緒になった体は

 貴方に

 一週間の

 猶予を与えるから

 その名を

 読んでもらうまで

 諦めないで

 貴方の創造主を

 信じて















名も知らぬ春










 体が歪みに溶けてくような感覚を女は感じた。溶けてくなんて気持悪いと想像しがちだが、違う。全然違う。寧ろ心地好くて穏やかになれる。

 女は二十年振りに会う想像主を思い浮かべた。

 あの頃四歳だった創造主は絶対に良い小説家になっていると考えた。

 彼女が様々な妄想を掻き立てていると、突然視界が眩く輝いた。目を開けるとそこは桜の木の上で、若い青年がポカンと彼女を見上げていた。



 世の中には不思議なことが多すぎる。現に俺の目の前で奇怪な事が起きちゃっている。 幼い頃から文章や絵本を作ってきて現在ミステリー小説家をやっている俺でさえ、いままで書いてきた中の奇怪な事が起きたときの主人公の反応が薄すぎたなぁと感じた。

 こんな時まで小説の事を考えてしまう俺は、やはりこの道でしか生きられないのだろう。

 取り合えず、なにか話しかけるべきだよな……? 俺は目の前で桜に腰かけて微笑んでいるエメラルドグリーンの髪の女を見つめた。


「あの、何してるわけ?」


 女は俺を見ると何か大切にしていた懐かしい物を見るような優しい目で俺を見た。


「桜に座っています」


 あぁ。そりゃわかってるの。現に貴方、座っているじやあねぇか。


「そうじゃなくて、座って何してるの。大体何で急に出現したりするの! 何、もしかして神!?」


 彼女はポカン、だ。そろそろ痺を切らしそうな俺を見て桜からフワリと降りてきた。まるで桜のようなスカートとエメラルドグリーンの髪がとても美しかった。



「うわっ。え、何だよ」


 彼女の顔が近付いてくる。ち、近いって!


「やっぱり、啓は私を忘れましたか?」


 漆黒の目はどこか寂しさを映していた。


「えっと、知り合い……なのか」


 そう聞いて彼女の顔を良く見る。……なんか、懐かしい気がする。けど、俺はこんな美人知らない。


「ごめん。マジ覚えてないんだよ」


「そうですか。あの、」


 彼女はちょっと言いにくそうに見上げてきた。


「何だよ?」


「一週間、お世話になるつもりで来たんですけど」


 ん? え、えぇぇぇぇえ!!


「いきなり言われても困りますよね。啓は覚えてないんだし」


 私ここで生活しますから、とか言って桜によじ登ろうとする手を俺は掴んでいた。ほっとけなかったんだ。


「おい! 何でそーなんだよ。俺ん家来て良いから。アンタのことは覚えてないけど、とてつもない美人をこんな所に置いてちゃいけないのくらいわかってる」


 ポカンとする彼女の顔がみるみる赤くなって行く。


「あ、あの、美人って」


「え、照れてる」


 何だろう、この人……か、かわいい。


「とにかく! 来ると決まったから俺ん家来い!」


「はっ、はい!」


 俺と彼女の奇妙な生活が始まった。




「ひろ〜。出かけようよ!」


 あーうるせー! こんなことならあの桜に放置しときゃ良かったかな。

 家に桜女を置いて三日目になる。名前を聞いたら、啓が思い出すまで教えない♪ とかふざけた事を抜かしやがったから、桜女って読んでる。桜女はやたらと出かけたがる。俺はいま小説書いてるから、後にしろって言うといじけるんだ。

 全くウゼェ。でもほっとけない俺。頭では忘れてても、やっぱりあの雰囲気には以前会った気がするんだ。


「ねー!」


「わかったって」


 俺は眼鏡を外して黒いジャケットをはおった。春始めのこの時期は、案外寒い。でも桜女はいつも桜色の服ばかりで、薄着なんだ。


「また風邪引くような格好するな! ほら」


 だからいつも俺のパーカを着せてやる。ダボダボでかわいい……とかは断じて考えていない。


「啓、私の名前思い出した〜?」


「まだ」


 これが俺らの挨拶になっている。


「ほら、いくぞ?」


「はーい」


 最近近所では俺に美人の彼女が出来たと言う噂が立った。当たり前だ。こんな美人一人足りとも放っておかないのだから。

 そう考えると、やっぱ桜女を俺ん家に置いてよかったなとか、矛盾した考えが出てきた。


「私、ファミレス行きたい!」


 あーこないだハンバーグ見て目を輝かせてたしな。


「いいよ」


「うん!」


 今日も平和だったなぁ。


  啓は、まだ私を受け入れようとはしてるけど、あの頃の自分を思い出すのが怖いのです。

 でもこの先あの頃の自分――今の自分の原点を思い出さない限り小説家の道は閉ざされたままです。私、わかるんです。自分が啓の製造物だから。


 私が消えることより啓が好きな事を嫌いになってしまう事に恐怖を感じます。

(日記より)



 桜女がきて五日目だ。何気に料理さえも出来てしまう、嫁にピッタリな女だと言うことが判明した。


「ね、啓。早く」

 桜女が皿を掲げながら俺を読んだ。まだ彼女の名前が思い出せない。

 昨日から彼女は自分の名を覚えているか、と問てくる事はなくなってしまった。

 俺は内心安心したような、不安なような気持が混ざりあって気持が悪い。彼女は名を思い出してもらうことを諦めたのだろうか。


「すげーうまそう。いただきます!」


 今日はオムライスだ。半熟の卵が溶け出して、本当に美味しい。


「美味しい?」


「流石桜女!」


 あ、今一瞬悲しそうな顔しなかったか? 何だよ。俺お前のそんな顔なんか、見たくないのに。

 お前は一体、誰なんだ?


「名前……教えろよ」


「それは、出来ない」


 何でだよ? 何でそんなに悲しい顔してまで思い出してほしいんだよ? 考えていたら、俺の頭の中で音が鳴った。



 キーン



 またあれだ。桜女の事を思い出そうとするたびに鳴るこの音。 これがいつも俺を邪魔するんだ。

 俺の複雑な心境とは裏腹に、心地よい小春日和が続いた。俺達に……いや、俺には残された時間はなかった。



 私は、後悔していません。啓が私を覚えていてもいなくても、良いのです。

 一番怖いのは啓が変わってしまうことです。私の名を無理に思い出してストレスにはしたくないので、今日からもう、名の事は聞かないことにしました。

(日記より)



 明日、桜女が帰ってしまう。


「うん。明日の朝に」


「それって俺達が出会った時間じゃん」


「そう」


 結局、桜女は名を教えてくれなかった。俺は仕事も手につかなくて、小説自体が嫌いになりかけていた。


「どこか、いくか?」


「今日はゆっくりする」

 桜女は優しく微笑んだ。それから俺達はただゆっくりとした時間を過ごした。

 俺が桜女の異変に気付いたのは夕刻になってからだ。


「なんか、お前透けてないか?」


 一瞬、桜女の手が透けて見えた。


「気のせいだよ」


 桜女はニコリと笑って調理を続ける。


「……」


 俺は妙な胸騒ぎがした。

 夜になると、桜女の体は更に透けだした。


「くそっ! 何でだよ? 消えたりなんかするなよ」


 黙ったまま微笑む桜女は、俺にこう言った。


「私、人間じゃないから、人間の医学書じゃどうにもならないの。出会いがああだから別れもこうで不思議じゃないんだし」



 そんな事、透けてる時点でわかってる。

 でも、俺は医学書をめくり続けた。このまま桜女が消えたら、コイツの存在自体が消えそうで怖かった。

 朝が、近付いていた。

 桜女は殆んど透けてしまった手で俺の顔に触れた。泣いて……る。


「じゃあ、バイバイ啓」


 彼女が薄くなって――

 瞬間、桜女の後ろの空間が歪み中から銀髪の男が現れた。


「お前は良く頑張った。だが自分と向き合う覚悟がなかったんだ」


 その目は真っ直ぐに俺に向けられている。


「スー……さん」


 どうやら桜女の知り合いらしい。


「この際忘れるから彼女の名を教えてやる」


「桜女の名だと?」


 スーとか呼ばれた男が桜女に微笑んだ。仲……良いのか。


「あぁ。コヤツの本当の名は、『春』と言う」


 キーィィイン


「く……あ」

 頭が割れるんじゃないかって位にあの音がなった瞬間に俺の脳裏に過去の映像が流れ込んできた。



『ねぇ、ジイちゃん! 俺文を書くのが好きなんだ!』


 あぁ……懐かしいな。あれは俺が四歳位の時か?


『ほぉ。お前が文を書くならジイは絵を書きたそう』

 そうだよ。ジイちゃんは有名な画家で……


『じゃあさ! これに絵をつけてよ!』


 あれは――あの本ってたしか!俺が初めて書いた絵本だ。



『ほぉ。『春』と言うタイトルか。美しい話だ』


 『春』って……? 桜女……春と言う名だと言って……!



 目の前が急に白んで、俺は目が覚めた。朝になっていた。

 携帯を開くと日付は翌日になっていた。


「あれ、俺は――泣いているのか」


 あぁ、そうか。何で泣いてるんだっけ。だめだ。忘れちゃいけないんだ――


 その日男は絵本の作成にとりかかった。ミステリー小説家として有名な彼が急に出版した本は他のどれよりも売れ、ベストセラーとなった。

 彼に何故急にあの本を出す気になったのか、と言う質問をマス・メディアが求めた所、彼は決まってこう答えた。


「夢を見たんですよ。長い、長い、大事な夢を。だから、忘れないために本にしたんです」










 その本のタイトルは『名も知らぬ春』と言う。









END

今回から初参加と言うことで、かなり緊張いたしました。

私は以前別の名を使っていた者なのですが、もしかすると文脈から以前だれだったかわかる方もいらっしゃるかもしれませんね。

え、春と言うテーマを聞いたとたん、もうパパ―とアイディアが浮かんできて、直ぐにパチポチいきました。楽しかったです。

しかし、まだまだ至らぬ所もある故、出来栄えが微妙になりました……。

もう少し修行せねば。

主人公……なのか分かりませんが啓のイメージはすぐにわいて、もう若い男って感じになりました。春は、少し子供っぽさを持たせ、その奥に潜むミステリアスさを頑張ってチラミセさせつつ……。

いや、今回は書いていて相当厳しかったです。

スーさんについては私の好みです。え? あ、はい。それだけです。

何か悪いですか?


ともかく、名も知らぬ春、これにて終わりと言うことで!

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― 新着の感想 ―
[一言]  物語は中々よいものでした。  最後の最後で主人公が思い出すところは印象深いですね。  ただ、ちょっと途中少し状況が解らない場面がいくつか見られました。  あとちょっと改行の幅をとりすぎかな…
2007/03/27 14:07 退会済み
管理
[一言] 設定が良かったですね。タイトルの意味がわかった途端、物語の深みが増しました。 ただ、スーさんが「お前はよく頑張った〜」と言っていましたが、主人公ってそんなに思い出すための努力してたっけ? と…
[一言] 春女と啓(←これ僕がよく主人公に使うんですw)の絡みはなんかほのぼのしてていいですね。どちらかというと中篇向きだったでしょうか、もう少し二人の絡みを見てから謎解きが見たかったです。 と、ただ…
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