whose flower
キューピッド・・・・・
それは、ギリシャ神輪の愛の神。エロスのラテン名。
天使・・・・・
それは、神の使者として人間界につかわされ、神意を人に伝えるもの。
神々と、その使いのものが住まう世界。
それは、この世界の空のずっと上にある、白く、美しい世界・・・・・
神の使いである天使達にも、休日はある。
キュービッドの天使であるトキマも、その日は休日をもらっており、広場で空を見上げていた。
頭上には天使の輪。背中には白く柔らかそうな大きな翼。絵本に出てくる天使の特徴である。
しかし、彼は赤ん坊の姿でも、裸でも無い。
彼は少年と言った風貌で、白く長いコートを着込んでいた。
このコートがキュービッドの天使の正装だった。
「ト〜キ〜マ〜」
ふいに、名前が呼ばれる。聞き覚えのある声だが、その声はいつに無く沈んでいた。
声の主の顔を思い浮かべつつそちらを見ると、同僚で友人のコカトスが、目にくまを作って立っていた。
心なしか、頬もこけている様だ。
すっかり肩を落とし、どこから見ても落ちこんだ天使である。
うつむいていると、長い前髪が邪魔で目が見えない。
彼も白のコート着用だ。
ただ、トキマと違って、アンダーに黒のハイネックを着ている。
「コカトス・・・・だよな。どうしたんだ?」
トキマは、その彼の風体に気おされつつ、恐る恐る声を掛けた。
「実は・・・」
聞かれ、コカトスは顔を上げ、上目遣いに事情を説明した。
もとから、これを聞いて欲しくてトキマのところに来たのである。
数分後。
「はぁ?!
ターゲットの女を好きになって、男の方に矢を放ちたくないだぁ?!」
広場中に響くトキマの声。
慌ててコカトスはトキマの口をおさえた。
トキマが驚いたのも無理は無い。
彼らの仕事はキュービッドの意思のまま、結ばれるべき人間の男女に矢を放つ事。
そして、矢を放たれた人間は、神意に沿った愛情に目覚める。
どちらか片方にでも矢を放たなければ、仕事は完了され無い。
「マジ?」
信じられない・・・と言った顔でコカトスの手をはがしながら確かめると、彼は真剣な目で頷いた。
「仕事バカのお前がねぇ・・・。
キュービッド様の御耳に届いたらどうなる事か。」
そんなコカトスの様子を見て、飽きれたともとれる言い方でトキマは溜息をつく。
「ダメなんだ!!」
間髪入れずにコカトスが叫ぶ。
先程のトキマよりも大きな声で。
丁度通りかかった、若い女の子の天使3人が驚いてこちらを見るが、それには気を止めず、続けた。
「仕事って・・・思えないんだ。
彼女を見てるだけで幸せで、それ以外は考えられない。あの笑顔を誰にも渡したくないんだ。」
うつむき加減で話すコカトスを前に、トキマは再び溜息を吐いた。
「そりゃ最悪だな。」
突き放すようなその台詞に、コカトスは顔を上げる。
そして、トキマは冷たい口調で続ける。
「だってそうだろ。
女の子の方に矢を放ってしまっているんじゃ、彼女の心は動かし様が無い。お前がどんなに思ってもな。
そして、男に矢が放たれなきゃ彼女はずっと片思い。救われる事は無い。
更に。分かってるだろうが、この事がばれたらお前は。良くて。天界追放。」
『良くて』を強調する。
彼の、その説得力のある内容と言い方に、コカトスは、何も言いかえせ無かった。
トキマらしいと言えばトキマらしい反応である。
コカトスは、小さな声でつぶやいた。
「君には、きっとそう言われると思ってたよ。分かってたのに、なんで言いに来たんだろ。」
再びうつむくコカトス。
その言い方は、トキマを責めるようではなく、自嘲しているようだ。
それを感じてかどうかは分からないが、トキマは口調を緩めて更に言った。
「まぁ、お前がどんな答えを出しても、俺がその答えを保証してやるけどな。
素晴らしいだろ。」
反射的に顔を上げたコカトスに、トキマは微笑を向けて続けた。
「だから、お前の好きにすれば良いんじゃない?」
それを聞いて、再び自嘲的にコカトスは笑った。
心の中で思う。『僕は、これを聞きに来たのかもしれない』
「ありがとうトキマ。
本当に君って性格悪いよね。」
語尾にハートマーク付きで返す。
先ほど冷たく言い放たれた事への、少しのお返しを込めて。
トキマは、背中を向けながら『それだけ言えりゃお前も十分だよ』と笑った。
そして、そのまま振り向かずに、背中に手を振って去って行く。
「とは、言われたものの・・・・・・」
その後、人間界に降りて来たコカトスは、ターゲット達の勤める会社で溜息を吐いていた。
出勤して来たばかりのターゲットの春日 有奈の後を、体を宙に浮かせながら付いて行く。
もちろん、その姿は人間には見えていない。
美人と言うよりも、まだかわいいと言った雰囲気の彼女は、短めのボブにスーツ姿で、書類を抱えながら隣の部署に移動中だった。
と、廊下でコカトスも良く知っている人物とすれ違う。
グレーのスーツにネクタイをしめた、まだ20代前半と言った感じの愛想の良さそうな青年だ。
彼が、例の矢を放てないターゲットである。
「あ、先輩。おはようございます。」
矢を放たれており、愛情に目覚めている有奈は、頬を赤らめて同じ部署の先輩である青年に挨拶をする。
それに、青年は、罪作りとも言える優しい笑顔で挨拶を返した。
でも、それだけだ。
挨拶が済むと、何も無かったかのように行ってしまう。
その時、有奈が顔を曇らせるのが、コカトスにははっきりと分かった。
コカトスの顔も曇る。
「あいつ。あんな態度で有奈ちゃんを悲しませて・・・・・
・・・・・違う。
分かってる。それは僕が矢を放たない所為。
だからあいつは、彼女に興味すら持たない・・・・・・・・・・」
コカトスは、唇を噛み締めた。
・・・・・わかってたよ・・・・・結果なんて
天使は矢をつがえ
結ばれるべき雌雄に矢を放つ
矢に射抜かれし生物は
知る事の無かった
新たなる感情を抱くだろう
全ては
神の御心のまま・・・・・
コカトスの手から、つがえた矢が離れて行く。
コカトスは、自分の頬を何かが伝うのを感じた・・・・・
これで、天使としての役目を終えた。
その日の夕方。
天界は、いつも通りの赤い世界が広がっている。
朝と同じ広場の噴水前で、コカトスは頬杖を付いて冷たい石のベンチに座っていた。少し、目が赤い。
そこに通りかかった、目付きの鋭い天使が1人。
やわらかい髪をかきあげて、その天使はコカトスに声を掛けた。
視線を上げると、彼の前には、トキマが立っていた。
いつになく、優しい笑顔だ。
「よっ」
そう、手を上げるトキマを見て、コカトスは笑って返す。
「トキマ、その笑顔怖いよ。」
「って、失礼な奴だな。落ち込んでるみたいだから、元気付けてやろうと思ったのに。
・・・隣り座るぞ。」
言って、返事を待たずに彼はコカトスの隣の石に座った。
沈む日が、彼の金の髪を輝かせる。
「・・・で、初の失恋はどうだ?」
言われ、一瞬コカトスは驚いた顔をするが、すぐに、口元に笑みを浮かべた。
「相変わらず。するどいよみで。」
本当に、この天使にはかなわない。コカトスは改めて自分の友人を心強く感じた。
「お前って良い奴だからなー」
そんなコカトスの気持ちを知ってか知らずか、トキマは赤い空を仰いだ。
「良い奴・・・か。それはどうも・・・・
でも、僕にはさ、彼女を笑顔には出来なかったんだ・・・・・」
癖とも言える、このコカトスの自嘲に、トキマは間髪入れずに言う。
「なぁに、バカ言ってんだよ。」
『バカ』の部分に棘がある。
トキマの発言には慣れているコカトスも、予想外の発言にショックを受け、トキマを見る。
右側から視線を向ける彼からは目を逸らし、正面を見てトキマは続けた。
「お前の天使としての仕事が、彼女を笑顔にしたんだろ。」
横顔でも、彼が笑っているのがコカトスには分かった。
「俺達の仕事ってさ。」
言って、赤く照らされた顔をこちらに向け、続ける
「かっこいいよな。」
ニッ!と、面白いいたずらを思い付いた子供のような笑顔を作るトキマ。
予想外のトキマの発言に、少々コカトスは呆気にとられる。しかし、その発言の真意を感じ彼もまた笑みがこぼれた。
「・・・そうだね。」
自嘲じゃないコカトスの笑顔に、トキマは満足そうに頷いた。
明日から、またいつも通りの仕事が始まる。
「実は、トキマも似たような経験あるんじゃない?」
思いつきで言ったコカトスの言葉に、トキマは『ノーコメント』とぼそりとつぶやいた。
初投稿です。
よろしくお願いします(どきどき)
二次創作では、ほのぼの平和でラブラブしているものを書く事が多いんですが、何故だろう。
オリジナルは微妙に切ないな…
ただ普通に、普通に日常を頑張ってる感じを書きたかっただけなんですが。
読む人は、どう感じるものなのでしょうか…
短編ですが、続編として、トキマの話があります。
よろしかったら読んでやってください。