一斉駆除
「またあれのこと考えてるんですか? 先輩」
俺はうんうん唸っている職場の先輩の背中に声をかけた。
「何よ? 大問題なのよ」
ビシッとスーツに身を固めた先輩は、眉間に皺を寄せて振りかえってくれる。
椅子に乗ってくるりだ。
いかにもやり手の女上司。いやはや格好いい。
「考え過ぎですよ」
「あのね。対策を考えないと、増える一方なのよ」
「あれですか? 一度親が現れれば複数の子供を生み出す。その複数の子供が親になって、更に複数の子供の複数の孫をつくる。そしてその複数の子供の複数の孫から生まれた、これまた複数の――」
「分かりにくいわね。指数的に増えるぐらい言いなさいよ」
「はは。俺にはねずみ算っていう言い方が、一番分かりやすいですけどね」
俺はその指数的に増えるねずみ算の図式を思い出した。内容はさっき俺が言った通りだ。よく分からないって? ゴメンゴメン。先輩と少しでも長く話したくって、ちょっと冗長な言い方をしたんだよ。
つまりあれだ。子沢山で世代交代も早いねずみが、次々と子孫を増やしていく。あの様だ。
ねずみがいるなと思ってしばらく放っておく。ある日思い切って床下を剥がしてみる。そしてそこにはねずみの家族がびっしりというやつだ。
「一斉駆除が必要ね」
先輩はやはり眉間に皺を寄せて真剣に呟く。
「一斉駆除なんて、無理ですよ。どんなに数がいると思ってるんですか?」
「知ってるわよ。うようよいるわよ、ねずみは子沢山だからね」
「それにしても、子供に罪はないでしょう?」
「ねずみの子供に同情するの?」
「一般論を言ったまでですよ。子供側は罪に問えない。子供は生まれてくることが、迷惑な行為だとは知らない訳ですしね」
「そうよ。それが大問題なのよ」
いやはや。やはりやり手だ。
それが問題だと言い切っちゃうところが格好いい。
「何か悪い?」
俺が惚れ惚れと先輩を見つめていると、何か勘違いしたのかぷっくり頬を膨らませてきた。先輩、そんな顔もナイスですよ。
「いえ、何も悪くないですよ。悪いのは親です」
「そうよ。親が悪いのよ」
「悪いのは親ですよね」
「そうよ。悪いのは親だけなのよ」
さて、そう言う訳で俺達はねずみの一斉駆除に乗り出した。
ご想像がついているかもしれないが、俺達が駆除するのは本物のねずみではない。
「私達は被害者です」
ねずみの子供達の代表者が文句を言ってきた。ビルの中のイベントスペースで、ねずみ達は一網打尽にされた。
俺は内心舌を出しながら、慇懃にねずみ達に手錠を架けていく。
「複数の下位会員から会費を募って、それを上位の会員に配分するのは、立派な法律違反です。直ぐに破綻するのが、目に見えてますからね」
先輩の方は毅然とした態度だ。警察手帳をちらつかせながら、文句を言ってくる子ねずみ達に対応している。いやはや、やっぱり格好いい。
「私達は誘われただけで……」
「皆さんは、下位会員としては被害者でしょう。それでも、更に下位会員を集めた以上、上位会員としての容疑が充分にあります。あなた方が集めた下位会員のお金は、誰が弁償してくれるんですか? あなた方より下位の会員から見れば、あなた達は立派な加害者です」
先輩はやはりねずみに耳を貸さない。
「それにしても、もう少し早くきてくれていれば……」
だが尚もねずみの一人がうつむきながら呟いた。そりゃ恨み言の一つも言いたいだろう。確かにもう少し早く捜査に着手していれば、この人達もただの被害者だったかもしれないからだ。
「……」
先輩の頬が僅かに緩んだ。その様は誰にも気づかれなかった。だけど先輩、俺には分かりますよ。
もう少し早くきてたら、こんなに逮捕できないじゃない――
内心でそう笑ってんるんでしょ? やっぱりやり手だ。憧れる。
子供が親になるのを待って令状を請求するなんて、いやはやこの一斉駆除は誰の為だったんでしょうね。
勿論俺は先輩の実績に繋がることなら何でも協力しますよ。
「ん?」
そんな俺は裏口からこそこそと逃げ出そうとしているねずみを一匹――いや、一人発見した。
「待て――」
先輩の手柄を少しでも上げようと俺が後を追おうとすると、
「待ちなさい」
その先輩が俺の手を掴んだ。
「逃げられちゃいますよ?」
「そうね」
先輩は笑顔でねずみの背中を見送る。
「逃げられたら、大変ね。あいつらはねずみ算で増えるからね」
なるほどね――
俺はその笑顔に全てを悟る。
また一斉駆除が必要になったら、いつでも喜んでお供しますよ、先輩。