ナディアが受けた神々からの啓示
世界から孤立した国があった。人々は、悲観的であるかというと、そうでもなかった。確かに、この国の都市部では、自国文化に過剰な誇りを持つ者が多かった。しかし、電気ガスが通らないナディアの住む村には、ゆったりとした時間が、永遠のように流れているのだった。
ある晴れた日、ナディアは国境付近で、奇妙な物を見つけた。美しい宝石のように見えたが、彼女は、そういった宝石の類には関心が無かった。しかし、宝石にしてはあまりにも大きな物だったので、家に持ち帰り調べてみる事にした。
ナディアは木製の椅子に腰掛け、いつもの優しい風に目を細めた。オリエンタルな雰囲気を持つ妖しく大きな瞳は、この村にそぐわない妙な物を見ていた。長いストレートの黒髪は、少し前まで村中の男たちの目を引いたが、病により片目を失ってからは、奇異に見られることの方が多くなった。美しいナディアの隻眼は、地雷の類を疑ってもみたが、この個体から漂うオーラには、攻撃的と言うよりは、被攻撃的なオーラが充満しているように思えた。
彼女は深く祈りの言葉を呟き、調べた。しばらくすると、その物体は静かに光を放ち始めたのだった。
ナディアは、何らかの暗号を意図せず、解読してしまったようだった。
『神は私に、啓示をお与えになった』
と、深く感謝した。
すると、様々な紋様が浮き出した。ナディアは、神々が与え給うた啓示を忘れまいと、念力を使い、メッセージを脳に焼き付けた。
ナディアの念写は功を奏した。模様は、三時間もしないうちに消えてしまったのだ。もう二度と、それは光り輝くことはないと理解した。ナディアには、念写をする力があり、焼き付けた記憶を無地の平面に映し出すことができる。隻眼となって、片目と引き換えに得た能力であるらしかった。
ナディアは、神からの啓示を書き遺すため、石大工のもとを訪れた。
「神より私に啓示がありました。神からの贈り物を私の力を使い、皆にも見てもらいたい」 石大工は、それならばと、巨大な石版を何枚か用意し、彼女に託した。
彼女は石版に向かい、下書きを始めた。彼女にしか見えない模様がいよいよ、具現化されてゆく。まず、ナディアが書いたのは四つの数字だった。
続いて
『MENU』
『1.メール』
『2.iモード』
『3.iアプリ』
と続く。
最後の十二行目には
『♯.ワンセグ』
と、書き表した。
人々は驚愕した。神は12項目にわたるメッセージを我々にくださったのだ。
ナディアは続いて、2枚目のメッセージを記した。
『From西嶋敦司』
『件名 ……』
『……、…………
………………。
…………………
…………………
………………
……ヾ(^▽^)ノ
……………。…
…………………
………(゜Д゜)』
今度は比較的複雑な紋様である。ナディアは、一枚目の石版を写したことで、精根が尽きてしまった。なんとか少しでも皆に見せようと、はじめの二行と、比較的簡単な紋様を描き写した。神の言葉ならば、神はなんと仰っているのだろうか。一人の勇気ある者が、
「おい、これは人の顔を象っているのではないか」
と言った。鼻の大きな人間と、死者の顔だという判断となったが、ナディアは否定した。
「そんな軽々に神の御心を察してもよいものでありましょうか」
「私は、与えられた紋様を最期まで刻みつけ、この村のシンボルにしたいと考えている」
民衆からは歓声が上がった。更に二枚の石版を完成させ、村の中心的な場所に建立した。
そして、八年の歳月が流れた。
「バレなきゃ何やったっていいんだよ」
西嶋敦司は、そうせせら笑って、携帯を切った。
西嶋敦司に久々に同級生から電話があったのだ。百年に一度の不況と言われるなか、西嶋は就職を難なく勝ち取った。
「みんな、どうなんだよ」
「ああ、パッとしないよ。地元就職組が殆どだな。義夫と、加奈と、美並は結婚したよ。子供もいる。高橋達、大学組は殆ど浪人だな。あと海外に行った奴がいるな、約一名」
「誰?」
「鎬花子」
「あいつが? へえ、どうにもならねえで死んだかと思ってたけど」
「青年海外協力隊で、国境無き医師団のサポートメンバーなんだってさ」
「凄いじゃん」
「まさかあんな小さな町から、そんな奴が出るなんてな。考えもしなかったよ」
「お前、相当いじめてたもんな。死ななくて良かったって思ってんじゃないの」
「いじめてねえし。そんなことするわけ無いだろ。人聞きの悪いことを言うんじゃないよ」
「あいつ、よく学校休んでたよな。お前に酷いことされて」
「証拠があんのか? 俺があいつをいじめてた証拠が。そんなもんどこにも無いだろ。だから俺はいじめなんてしてない。俺はあいつを教育してやっただけなんだよ」
「教育ってお前はいっつも殴りすぎなんだよ。呼吸止まっちゃうだろ」
「あと河童な」
「ああ、やったやった」
「ついに、認めたな」
「俺がやったのは顔を蹴っただけじゃないか」
「よく言うよ。何回も何回も河童っていってノートで殴ってたじゃないか」
「あいつ、湯気出てただろ頭から」
「そうそう、叩き過ぎて」
「懐かしいな、でも今考えたらゾッとするな」
「しょうがないじゃないか、あの頃俺たち子どもだったんだから」
「お前、田中の服を脱がせて、プールに蹴り落としただろう。パカヤロー、パカヤローって。あがってこようと必死になってる田中の顔面に蹴り入れて、あいつ失神してやんの」
「ああ、ゾッとする……」
「テレビでやってたら真似するでしょ」
「まあな。それは仕方ないな」
「俺たちが教育した奴は、海外か」
そんな話をして西嶋は、電話を切ったのだった。
鎬花子は、拉致された。世界各国で塗炭の苦しみに喘ぐ人々の助けになりたい一心だった。遠く離れた土地で、懸命に働いていたが、うまくいかないことが大半だった。
拘束され、浴びせられる怒声を聞きながら、鎬花子は、祖国の美しい竹林を思い出していた。悔し涙は滲んでいたが、毅然として、拘束する兵士に悪態をついた。兵士たちは骨が折れる様子で反抗する鎬花子に手を焼いた。
「おい、なんなんだ! この女!」
兵士たちが一休みしている隙に、鎬花子は脱走した。背後から迫る銃声と怒声が、彼女を襲う。
鎬花子は、必死に逃げた。
頓死だけは自分自身に対して、絶対に許さなかった。
鎬花子はつまずいて倒れたが、ぎらつく瞳には、もうここまでという諦めはない。
「死んでたまるか!」
鎬花子は、兵士たちに飛びかかっていった。土地に転がる石を投げつけ、木片を投げつけた。一瞬銃弾は止んだが、兵士はまた、銃を構え直した。
「この一撃で仕留めてやる」
兵士の静かな目が女を射抜く。
カチャリという音が、遠く離れたこの地点まで聞こえてきた。女は石を投げた。石は兵士のこめかみに的中し、血が垂れて兵士の片目を潰した。しかし、兵士は揺るがない。
銃口は、女を捉えて離さなかった。味方兵士が立ち上がり、銃を構える兵士の背後に陣取る、銃を構えて。
「パンッ」
乾いた音が響く。前方の兵士がぐったり倒れた。背後から撃った兵士は両手をあげ、倒れた兵士を左の足で踏みつけた。そして、銃を棄てた。女は気を失って倒れた。
目を覚ますと、兵士が女の傷の手当てをしていた。瞬間、身をかがめて兵士を睨んだ。しかし、彼にはすでに殺意も、闘争心もなく、あどけないつぶらな両目を、高速でしばたたかせているだけだった。
「君は、クレイジーだ」 と、英語で話しかけてきた。
「あんたの仲間じゃなかったのか」
「ああ、仲間だった。でも、寄せ集めだ。上官に震える羊部隊さ」
と、肩をすくめた。
「ここはまだ危ない。俺の故郷の国境がすぐ近くにある。
そこを越えれば、大丈夫だ」
「案内して」
女は、きっぱりと兵士に命じた。
「イエス、サー!」
と、機敏に敬礼をして答えた。
「こちらです、ジャンヌ」
女は呆れ顔で兵士を見たが、特に何も言わなかった。国と国との境は、目と鼻の先で、いとも簡単にその境界線を越えることができた。
「向こうで、銃声が響いている……」
*
新しい就職先で、西嶋敦司は地道に働いていた。目立たず、騒がず、淡々と職務をこなしていた。
一週間の有給休暇が取れそうだったので、休みの使い方を考えていた。
初の長期休暇で
「やはり、旅行かな」
と思った。
ファーストクラスに乗り、旅先に思いを馳せていた。先輩に戴いたミヒャエル・エンデの「モモ」を読んでいた。西嶋は舌打ちした。
「何で今頃、あいつが読んでた本を俺は読んでるんだよ。パカヤロー……」
ページを繰っているうちに、西嶋は眠った。
西嶋は夢を見た。
(中学校のクラス、ひろっちゃんと、あいつをいびっている)
西嶋は苦しくなってきた。
(俺は馬鹿だ。俺は何をやってるんだ。おい!……そんなことしたら死んじゃうだろうが。やめろよ……おい!)
(血を流してうつ伏せで倒れているあいつがいる)
(これは、俺じゃない。俺の訳が無いじゃないか)
(プールで溺れている田中が苦しそうだ。何が……何が『パカヤロー』だ……青い顔をした田中が苦しそうに痙攣している。知らない、こんな事は、していない。ひろっちゃんがやったことだ)
しかし、虫の息になった田中の背中にビンタをして笑っているのは西嶋だった。
(こいつは、両親が公務員で、愛情たっぷりに育てられた。ぬくぬくと、培養されて、ゆくゆくは大会社に勤めて綺麗な嫁さんをもらうんだ。これくらいの塩気は、良いスパイスになるだろう。死ね、死ね)
(いや、知らない。これはフィクションだ。やったのはひろっちゃんだ。俺じゃない。どこに証拠があると言うんだ。ないない、何一つ証拠は無い)
西嶋は突然、肩を叩かれた。隣のフランス人が心配そうに見ている。顔を触ると驚くほど冷たく、汗がびっしょりと体中を濡らしていた。
西嶋敦司は、空港に降り立った途端、両脇を抱えられた。凶悪な強盗だった。彼らは西嶋を強く押さえ込み、腕を固めた。西嶋は身動き一つせずに、ガタガタ震えていた。目は虚ろになり、よだれを垂らし、過呼吸に陥った。
「おい、こいつ漏らしやがった。汚ねえな。後で、クリーニング代よこせよ」
震える西嶋を軽々と車まで運び、殴り始めた。
「おい! 金を全部出せ! 日本人は金持ちだからな!早く出せ! 早く!」
震えながら西嶋は、財布を渡す。気が動転して、パスポートが入っているバックも渡してしまった。西嶋は、ゴミのように車から棄てられた。
「……同じだ。あの時の俺たちと同じだ。解ってる、誰も俺を助けはしねえんだよ。俺はそれを痛いほど解ってんだ! クソ野郎!」
濡れた下着が情けない。パスポートもない。金もないし、連絡手段もない。仲間もいない。後ろ盾も、名誉も、家族もない。
「俺は一人だ。助けてくれよ。誰か助けてくれよ」
誰も助けないのは理解していたが、叫ばずにはいられなかった。
「なんなんだよ。いったい俺が何をしたって言うんだよ! いっそ俺を殺していけよ! 腰抜けの悪党が!」
雨が降り出した。泥まみれになり、自分の汚水をたっぷり吸い込んだ。
「お前、日本人か?」
と英語で話しかけられた。
「お前は運がいい。俺はこの間日本人に助けられたんだ。来い! 俺の故郷に連れて行ってやる」
「てめえ、偽善者だろ? 何をたくらんでるんだ? 金なら無いぞ。ノーマネー! 解る? ノーマネーだ! それとも、お前、俺を抱き枕にでもするつもりか」
西嶋は、青年の腰に差されていた拳銃を奪い、青年を撃った。
「馬鹿な奴だ」
顔に唾を吐きかけ、死んだ青年を蹴り続けた。
「おい! オラッ、オラッ、なめくさりやがって。ふざけんなや」
「楽勝だな」
衣服を調達し、たらふく食事を食らい、呟いた。
「もう、俺を縛るものは何もない。俺は自由だ」
笑顔を作って見せたが、酷く虚しかった。
不意に背後から肩を掴まれた。
「警察だ。通報があった。あいつを殺したのはお前だな、来い!」
警察は、青年の遺体と、殺人者を車に乗せ、ロングドライブをした。
うつろな眼をした殺人鬼は呟く。
「ああ、終わった……」
「降りろ! ここはお前が殺した『人間』のふる里だ。裁きは、彼らに受けるがいい」
拘束具をつけられたまま、村長の前に連れ出された。村長とおぼしき者の隣に婆さんがいる。そして、後ろに、同い年くらいの武骨な女がいる。
女が呟く。
「くずだな……」
西嶋はハッとした。やはり俺は運がいい。そして、猿ぐつわをしたまま叫んだ。
「助けてくれえ! 俺は日本人だ! 助けてくれえ!」
「なんだ?」
女は顔をしかめた。
「俺は、はめられたんだ! こいつらはテロリストだ! 警官の服を着たテロリストだ! 俺は見た。こいつがその心優しい青年を殺したのをな! 騙されるな。信じてくれ」
女は容疑者の言葉を信じてはいなかった。女は事務的に聞いた。
「あんた、名前は?」
「西嶋! ……西嶋、敦司」
女が凍りついたのがわかった。今まで勇ましい態度だった女が、震えている。
「西嶋敦司、くん……」
「そうだ! 俺を知ってるのか」
「し、知らない……」
女の声は恐怖に震えていた。
「おい、お前。話を通せよ」
「私もこの国の言葉は判らない」
「何だよもう、てめえが死ねばいいのに……」
女は頭を抱え、うずくまった。長老が不思議そうに身をかがめ、声をかけている。
老婆が何かを長老に喋っている。長老は渋い顔をしたが、頷き、手招きをした。
ナディアは言った。
「静かな村に災いが降った。闖入者が二人も現れ、二人とも同国人であるらしい。今こそ、四枚の石版の前に来たれ。神に啓示の本当の意味をうかがおうではありませんか」
村人達がぞろぞろと、石版の周りに集まり始めた。
「なんだよ、これ……」
西嶋は村に伝わる巨大な石版を見上げた。そこには日本語でこう書いてあった。
『FROM西嶋敦司』
『件名 クソ』
『なあ、お願いだから
死んでくれよ。お前
が死んでくれたら俺
は幸せになれるんだ
からヾ(^▽^)ノ
なあ頼むよ。死んで
くださいお願いしま
す(゜Д゜)』
一つの文字が手のひらサイズで刻まれている。
「なんなんだ、これ……」
西嶋が中学生の時に、鎬花子に送ったメールだった。証拠なんてどこにも無いはずだったはずなのに。
「ナディア。もしかすると、この男は神の啓示を読めるのではないか」
「まさか……、あの女を連れてきなさい」
村人二人が女の手を引いて石版の前に連れてきた。
「これは……私のメール?」
もう、一枚の石版には、鎬花子が書いた日記が刻まれていた。西嶋による凄惨ないじめに苦しんだ記録がここにあった。
鎬花子は目を転じ、もう一枚の石版を見た。
「FROM西嶋敦司」で始まる文面を見て鎬花子は気持ちを落ち着けることが出来た。
「この呪詛が、私を正気に戻してくれるとはね。悪いことは出来ないわね、西嶋くん」
「ハロー、エブリバディ、フレンド、サンキュー、ユア、ウェルカム!」
西嶋は石版を指しながら、そう叫んだ。
「ハロー、エブリバディ、フレンド、サンキュー、ユア、ウェルカム!」
にやついた西嶋はそう繰り返した。
英語を理解する村長は、皆に伝えた。村長の翻訳を聞いた村人たちは笑顔でうなずきあった。
「違う! 嘘だ! これは呪いの言葉だ! だまされてはいけない!」
英語で必死に村長に訴えた。
「では、なんて書いてあるんだね?」
女は包み隠さず、メールの内容を訳し村長に伝えた。村長は顰蹙し、肩をすくめただけだった。
「そんなわけはない! 嘘つきはお前だ!」
村長は鎬花子を罵った。青ざめた女は、怨めしそうに西嶋を睨んだ。
「鎬! お前の負けだ! ひざまずけよ、鎬! お前は死ぬまで俺の奴隷だ」
西嶋は、嬉しそうに笑った。
「お前と、警官が死ぬんだ。俺の罪をかぶってな。おれがそいつを殺したように、お前と警官は死ぬんだ。河童」
その時だった。
「およしなさい。愚かな日本人よ」
口を開いたのは隻眼の老婆だった。
「私も色々な物事を見てきたけど、こんなにひどい話はないよ。日本人はこんなに腐敗してたのかい」
「ナディア。何を喋ってるんだ」
老婆は、村長に答えた。
「この私も、彼らと同族なんだよ」
時間が止まったようだった。
「あんた、苦労してきたんだねえ、これはあんたの呟いた言葉なんだろ? 私には解ってたよ。一目見た時からね。この宝石と同じオーラを感じたのさ」
ナディアは、木箱から、清潔な布に包まれた携帯電話を取り出した。それは、鎬花子が中学生の時に投げ捨てた携帯電話だった。
「地球上で一番悲しい思いをしている少女の心を、神々が私に届けてくださったんだね。……偉かったね。あんたは、私たち人間の誇りだよ」
ナディアは、凍りついたままの西嶋の肩を二回叩いた。
「なあ、敦司。私の愚かな孫よ」
三枚目の石版には、夜明け前の怒濤のような鎬花子の葛藤が刻されていた。
ナディアは、孫の残虐を懺悔し、深く自身の戒めとしていたのだった。石版を眺めては胸を痛めた。そのたびに、自身の不遇など嘆いてなどいられなかった。
「鎬花子さん、生きててくれて、本当にありがとうございました」
ナディアは、何十年か振りに正座をし、手を合わせて、いつまでも土下座していた。
石版の文面は覚えてしまった。土下座の姿勢のまま、ナディアは心で鎬花子が書いた長い日記を暗誦した。
どうして!
どうして私を殴るの?
私が何かした?
何で私を産んだのよ!
私を殺してよ!
何で叩くの?
何で死ねばいいのにっていうの?
何がいけなかったの?
ねえ、教えてよ!
生きていけない。
つらくて仕方ない……
どうして?
私なんて死んだ方がいいの?
西嶋君からメールがきた。
死んでくださいって書いてあった。
私は死んだ方がいいの?その方が世の中のためになるの?
ねえ、教えてよ。
私が何をしたのよ!
テレビ見てたら、紐でくくられて水に落とされてた……
息も出来ずに
苦しんでいる人を
見て笑ってた……
恐い……
また西嶋君たちが真似する……恐い恐い恐い。
なんでいじめが世の中にあるの?
何が楽しいの?
教えてよ!
教えてって言ったのに自分で考えろって言われたの。
ずっと考えた!
髪の毛むしりながら、引っ張って考えた!
判らないの……
私が馬鹿なの?
お母さんは、いじめられる方が悪いって言うし
お父さんは学校行きなさいってビンタされた。
私どうしたらいいの?
自分の悪いところ直してもいじめられる。
死ねばいいのにって言われる。死んでってメールされる。
先生にあなたなんかの味方じゃないって言われる。
私どうしたらいいの?
何をしたらいいの?
疲れ果てている
もう動けない
もう笑えない
今日は星も出ていない。
ずっと泣いてるけど判らないし、教えてくれない。
給食にゴミを入れないで……
頭をパンパン叩かないで
男子を裸にして蹴らないで
私の机に落書きしないで
私の机にパンを入れないで
梅田先生はいつもそうやって、笑いながらさだまさしの話をして誤魔化すだけ
どこに私の味方がいるの?どこに私に笑いかけてくれる人がいるの?
私はいらない存在なの?
頭痛い……
西嶋君に殴られてからグラグラする
お腹痛い……
行ったら叩かれるから行きたくないのに
私のことを好きな人なんていない……
頑張らないと
生きていかないと
いじめに負けずに生きないと
部活の後輩に優しくしてあげないと
お母さんにありがとうって言わないと
お父さんにビール注いであげたいし
勉強して、世界に行かないと
頑張らないと
私怠けてるから頑張らないと
*
土下座姿のナディアが震えている。
「なんでこんなに気持ちが綺麗になるんだろうね。花子ちゃん」
*
このエピソードは、世界中に発信され、話題を呼んだ。日本のテレビでは、名前と文面を伏せての放送となったが、各国のテレビは、そのままの文面を放送した。
インターネットでその日本の現状を知った世界中の人々が、日本のテレビメディアに、抗議の意味を込めてYouTubeを使い、二億もの動画が各国でアップロードされた。
西嶋敦司の名は、国連でも議題に上り、証拠の録音記録も公開された。
「俺はな、あいつのことが……鎬花子のことが、ずっと、好きだったんだよ、西嶋」
――了――