外伝 黄金の雫と、いたずらな若芽たち
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
外伝 黄金の雫と、いたずらな若芽たち
世界が黄金の光に包まれ、「大地の心臓」が本来の脈動を取り戻してから、十年の歳月が流れた。
かつて「世界の果て」と呼ばれた荒野は、今や「常春の聖域」へと変貌を遂げている。天を突く世界樹の根元には、白亜の石造りの宮殿と、世界中の珍しい植物が咲き乱れる広大な庭園が広がっていた。
そこは、王族も、かつての仇敵も、誰も足を踏み入れることのできない神域。
しかし、その静謐な空気を切り裂くような、賑やかな声が今日も響き渡る。
「待てー! アル、ずるいぞ! それは僕が見つけた『歌うヒナギク』だ!」
「早い者勝ちだよ、リュカ! お兄様より先に魔法を見つけたほうが、お父様に褒めてもらえるんだから!」
庭園を駆け抜ける二人の影。
一人は、レオン譲りの燃えるような黄金の瞳と、セシリアに似た柔らかな銀髪を持つ長男、アルフォンス。
もう一人は、レオンの深い黒髪を受け継ぎ、セシリア譲りの勝気な翡翠色の瞳を輝かせる次男、リュカ。
二人は、世界で最も純粋な魔力の源泉である「大地の心臓」の側で育った、文字通りの「神子の若芽」たちだった。
食いしん坊な才能
「……やれやれ、相変わらず元気なことだ」
庭園の奥、大樹の木陰で読書をしていた私は、顔を上げた。
私の膝元では、セシリアが幸せそうにうたた寝をしている。彼女の髪は、十年前よりもさらに艶やかで、私との「共生」によって得た不老の魔力が、彼女を永遠の美しさの中に留めていた。
「お父様! 見て!」
アルフォンスが、掌に乗せた一粒の種を差し出してきた。
それは、彼が自らの魔力で「歌うヒナギク」から抽出した、透き通るような青い種だった。
「ほう……。抽出の精度が上がったな、アル。以前は殻が混じっていたが、今は純粋な『核』だけを取り出せている」
「えへへ、毎日練習したもん! これを食べれば、僕も動物の言葉がもっと聞こえるようになる?」
私は息子の頭を撫でた。
私の能力「核抽出」と「種喰らい」は、息子たちにも色濃く受け継がれている。だが、私のように飢えや憎しみから生まれた力ではない。彼らにとって、種を喰らうことは「世界と対話するための、美味しい儀式」なのだ。
「ああ。だが、一度に多くを喰らうなと言っただろう? 知恵がつきすぎると、頭が痛くなるぞ」
「はーい!」
その横で、次男のリュカが悔しそうに頬を膨らませている。
「僕だって……僕だって、さっき『空飛ぶタンポポ』の綿毛を捕まえたもん! でも、食べようとしたら、くしゃみが出てどっか行っちゃったんだ……」
「ははは、リュカ。タンポポの核は風の魔力が強いからな。食べる前に少しだけ土の魔力で鎮めてやるといい」
私は指先を動かし、足元に咲いていたタンポポを一瞬で種へと変え、リュカの口に放り込んだ。
「むぐっ……わあ! 体が軽い! 浮きそうだよ、お父様!」
リュカの体が数センチだけ地面から浮き上がり、彼は大はしゃぎで空中を泳ぎ始めた。
そんな騒がしい声に、セシリアがゆっくりと目を覚ます。
「あら……もうそんな時間? レオン、子供たちを甘やかしすぎてはいけませんよ」
「甘やかしているつもりはないんだがな。……彼らの成長は、植物が芽吹くよりも早い」
セシリアは私の腕に寄り添い、空を飛ぶリュカと、真剣に青い種を見つめるアルフォンスを眺めて目を細めた。
「幸せね。……あの日、砂漠で死にそうになっていた私たちが、こんな賑やかな家族を持てるなんて」
「……そうだな」
私は彼女の肩を抱き寄せた。
かつての復讐心や、世界への渇望は、今やこの小さな「箱庭」を守るための穏やかな守護心へと昇華されていた。
招かれざる「肥料」の来襲
平和な昼下がり。
だが、聖域の外周に張られた「感知の蔦」が、微かな異変を知らせてきた。
「……おや、珍しい。客人のようだ」
私の言葉に、子供たちがピタリと動きを止めた。
「お客さん? お父様、僕たちが追い払うよ! 悪い魔獣かな?」
アルフォンスが拳を握る。
「いや、魔獣ではないな。……もっと質の悪い、『欲』に塗れた人間たちだ」
聖域の結界のすぐ外。
そこには、王国の重鎮と思われる派手な馬車と、武装した兵士たちがいた。
彼らは数百年もの間、伝説となっていた「緑の王」の慈悲——あるいはその強大な力を、自国のために利用しようと企んでいた。
「緑の王よ! 我らは王国の使者である! 近隣諸国との緊張が高まっている今、あなたの力を貸していただきたい! 見返りには、この世のあらゆる財宝と地位を……!」
拡声魔法を使った男の声が、静かな庭園に響き渡る。
私は溜息をついた。
「財宝と地位……。そんな枯れ果てた種に、まだ価値があると思っているのか」
セシリアが不安そうに私を見る。
「レオン、どうするの? 追い払う? それとも……」
「いいえ、お母様!」
アルフォンスが身を乗り出した。
「お父様の邪魔をする奴らは、僕たちがやっつけるよ! リュカ、あれを使おう!」
「うん! 実験してみたかったんだ!」
幼い兄弟は、私の制止を待たずに庭の端へと駆け出していった。
私は彼らの魔力の動きを感じ取り、苦笑した。
「……セシリア、見ていよう。あの子たちの『遊び』を」
幼き守護者たちの「いたずら」
結界の外では、兵士たちが痺れを切らしていた。
「返事がない。……強行突破だ! 伝説と言っても、所詮は引きこもりの植物魔法使いだ。火炎魔法を使えば——」
一人の魔術師が杖を掲げた瞬間、足元の地面が盛り上がった。
「わあ! 見て見て、大きなモグラさんだ!」
リュカの声が、どこからともなく響く。
兵士たちの足元から飛び出したのは、モグラではない。
リュカが品種改良(遊び)で作った、**「お喋りな捕縛蔦」**だった。
「ひ、ひぎゃあああ! 足が、足が絡まる!」
「何だこの草は! 喋ってるぞ!?」
蔦は兵士たちの足を絡め取ると、甲高い声で叫び始めた。
『わあ、汚いブーツ!』
『この人の魔力、酸っぱくて不味い!』
『ねえねえ、もっと美味しい魔力持ってる? ケチなの?』
「くそっ、切り刻め!」
兵士が剣を振るうが、蔦は鋼鉄よりも硬く、逆に剣をへし折ってしまう。
そこへ、上空からアルフォンスが「種」をばら撒いた。
『睡眠粉末:羊の雲』
「みんな、おやすみなさい!」
空中で弾けた種から、真っ白でモコモコした煙が噴き出す。
煙に触れた兵士たちは、怒号を上げる間もなく、その場に崩れ落ちて深い眠りに落ちた。
「仕上げだよ、リュカ!」
「了解、お兄様!」
二人は協力して、眠りについた使者たちの周りに、特別な植物を植えた。
それは、私がかつて父に使った「懺悔草」を、子供たちがさらに「マイルドに」改良したものだ。
『くすぐり懺悔草』
眠っている者の耳元で、「昔やった恥ずかしい失敗」を囁き続け、本人が起きるまで足の裏をくすぐり続けるという、精神的かつ肉体的な嫌がらせに特化した新種である。
「あははは! ほら見て、あの太った人、寝ながら笑ってるよ!」
「変な顔ー!」
子供たちは手を叩いて喜んでいる。
かつての私なら、彼らの魔力をすべて奪い取り、肥料に変えていたところだろう。
だが、この子たちは違う。
悪意に対しても、「遊び」で返せるほどの余裕と、優しさを持っている。
家族の晩餐
夕暮れ時。
使者たちが自分の醜態(と過去の恥ずかしい思い出)に耐えきれず、涙を流しながら逃げ帰ったのを確認して、私は息子たちを呼び戻した。
「アル、リュカ。よくやった。……だが、少し遊びすぎだぞ。あんな草を植えたら、彼らは一生、草むらを歩くのが怖くなる」
「えへへ、だってお父様の読書を邪魔するから……」
アルフォンスが照れ臭そうに鼻を擦る。
「でもお父様、あいつら『火炎魔法』って言ったんだよ。お父様の大事な森を焼こうとするなんて、許せないもん」
リュカが真剣な顔で私を見上げた。
その言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
私が守ってきたこの場所を、この子たちもまた、愛してくれている。
それは何よりも、私がこれまでに喰らってきたどの種よりも、甘く、尊い成果だった。
「……そうか。ありがとう、二人とも」
私は二人を抱き上げた。
十年前には想像もできなかった、温かな重み。
「さあ、お夕飯にしましょう。今日はレオン様が温室で育てた『虹色のトマト』を使ったスープよ」
セシリアが、庭のテーブルに料理を並べて待っていた。
「わあ! 虹色トマト! 大好き!」
「僕、あの種を食べると、夢の中で虹の橋を歩けるから好きなんだ!」
子供たちは椅子に飛びつき、スプーンを握る。
私もセシリアの隣に座り、家族の団欒に加わった。
虹色トマトのスープは、口の中で七つの味が変化し、最後には温かな光となって体に染み渡る。
それは、かつて復讐のために薔薇の種を貪っていた頃には、決して感じることのできなかった「満たされる」感覚だった。
「ねえ、お父様」
スープを飲み終えたアルフォンスが、不思議そうに尋ねてきた。
「お父様は、どうしてそんなにたくさんの種を食べられるの? 苦い種も、辛い種もあったんでしょ?」
私は窓の外、闇の中に黄金の光を湛えてそびえ立つ世界樹を見つめた。
「……昔の私はね、お腹が空いていたんだ。心が、とても寒かったから、何かで埋め尽くしたかった」
「今は?」
リュカが小首を傾げる。
私は、隣で微笑むセシリアの手を握り、目の前の愛らしい若芽たちを見つめた。
「今は、もうお腹はいっぱいだよ。……お前たちが、毎日たくさんの『幸せの種』を私にくれるからね」
子供たちは顔を見合わせ、よくわからないといった様子で笑った。
それでいい。彼らが、私が味わったような飢えを知る必要はないのだから。
受け継がれる種
夜が更け、子供たちがそれぞれの部屋で深い眠りについた後。
私は一人、庭に出て月を見上げていた。
世界は相変わらず、欲や争いに満ちているかもしれない。
だが、この聖域から放たれる黄金の魔力は、少しずつ、着実に大地を癒やし、人々の心に「優しさ」という種を撒いている。
「……レオン」
背後から、セシリアが薄手のガウンを羽織って現れた。
「子供たちは、いい子に育ったわね」
「ああ。……少し、私に似て『食い意地』が張っているがな」
セシリアは私の胸に顔を埋めた。
「それでいいの。……あなたの力が、憎しみではなく、あの子たちの笑顔を守るために使われている。……それこそが、私が一番見たかった景色だわ」
私は彼女を抱き寄せ、静かに目を閉じた。
私の内側にある黄金の核が、共鳴するように穏やかな波動を放つ。
かつて「役立たず」と蔑まれた少年の物語は、一度終わった。
そして今、新緑の王とその家族が紡ぐ、終わりのない物語が続いている。
明日になれば、また新しい芽が出るだろう。
明日になれば、また新しい種を、家族で笑いながら分かち合うだろう。
私は、自分の歩んできた道が間違いではなかったと、確信していた。
庭の隅で、子供たちが植えた「くすぐり懺悔草」が、夜風に揺れてクスクスと笑っている。
その笑い声は、かつての絶望をかき消すように、どこまでも明るく、聖域の夜に溶けていった。
【完】
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