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52 王女の理、騎士の覚悟



 フロストギア隊、本陣。


「グンターが……。ファルケンハイト伯が破られた……」


 エレノアの瞳が僅かに潤む。

 彼女は首を振り、歯を食いしばって耐える。

 息を吐き、アレクを見上げた。


「……私は出る」


 アレクもエレノアを見た。


 誰よりも理知的で美しい青紫の瞳。

 王族の、淡い青銀の髪。

 誰のものでもない、彼女の矜持がそこにある。


「アレク、私をあそこまで連れて行ってくれ」


 本陣に静寂が落ちる。

 誰もが言葉を失い、ただ息を潜めた。

 止める声は、どこからも上がらなかった。

 

 冷たい風が、兵装の隙間から覗く、長い彼の金の髪を撫でた。


 ――連れて行かずに済むのなら、連れて行きたくはない。


 アレクは僅かに目を伏せた。


 ――それが許されないことだと、痛いほどに理解している。


「……かしこまりました」


 アレクのもとに、愛馬、黒毛のノクスが連れてこられた。

 彼はそっとノクスの胴を撫で、優しく頬に触れる。

 

「……頼むぞ」


 ノクスは応えるようにアレクの頬に顔を寄せた。


 アレクは振り返ると、ためらいなくエレノアの腰骨に手をかけ、重心を確かめるとそのまま前鞍へ引き上げた。

 間を置かずに彼もエレノアを抱えるようにしてノクスに跨る。

 

 ヴェラは静かにそれを見上げた。

 アレクは目礼をヴェラに返すと、前を見る。

 

 視線は一点。


 アレクの意図を汲み、ノクスが駆け出す。


 鎧が擦れる音が、遅れて響いた。

 フロストギア隊の兵たちが、自然と道を空ける。

 その後ろで、技師たちが思わず一歩、前に出る。


---


 カスパル・ドライゼンは、騎士に抱えられながらやってきた王女を見た。


 “無才の王女”。

 華奢な体つきに、アルトルミナの王族の中では誰よりも魔導の色を持つ娘。


 騎士の黒馬を囲むようにフロストギア隊の戦士たちが距離をおいて半円となって囲み、そのさらに後ろに技師達がそわそわと見守るように並んでいる。


 誰も声を上げない。

 風の音だけが、平原を渡っていった


「私が、魔導の将。

 エレノア・アルトルミナだ」


 澄んだ声が、戦場に静かに、だが力強く響いた。 


 カスパルは、愉快そうに口端を歪めた。


「アルトルミナの魔導の将。

 実に面白い魔導の運用であった」


 エレノアは不敵に笑った。


「それは光栄だな」

 

 草原を風が撫でていく。


 カスパルは、エレノアと、その後ろに並ぶ戦士、技師たちに聞かせるようにゆっくりと口を開いた。


「世界は、弱さゆえに争うのだ。

 幾年幾星霜、この大地は血を呑み続けた。

 しかし、誰がそれを望む。

 皆、愛する者と幸せに生きたいだけなのだ。

 では、いかにして争いをやめる。

 ――それはな、最強の国が統べれば、争いは終わるのだ」


 エレノアは僅かに眉をひそめる。


「力とは乱暴ではない。

 秩序を成す骨格だ。

 弱者を守るには、強さが必要だ」


 ヴァルハルトの武将は左腕を掲げた。

 金に煌めく砲撃型魔導装備。


「我の思う“魔導”とは、“力”だ」


 カスパルの黒い瞳が、青紫の瞳を真っすぐに捉える。


「さて……アルトルミナの魔導の将。

 お主はどう考える?」


 エレノアの震える手が、腰に添えられている騎士の手に触れた。

 それは縋るためではなく、ただ、そこに在るものを確かめるような仕草だった。


「私の“魔導”は違う。

 “人のための道具”だ」

 

 声は震わせない。

 しっかりとカスパルを睨み返す。


「それは人を支える“杖”となり、人と人を繋ぐ“紐”となる。

 時には世界を広げる“窓”となり、人を封じる“檻”ともなろう」


 ――“道具”などと、ありきたりで飾り気のない言葉。


 ――だが、それでいい。


「魔導は“道具”だ。

 だから、人が理解し、人が制御するんだ」


 ――それでいいんだ。


 カスパルは愉快そうに笑った。


「お前の理屈は共感はできぬ。

 ――だが、敵としては理解した」


 敵将の目が、エレノアからアレクに移る。


「王女の騎士。

 貴様が纏っているのは魔導兵装だな?」


 アレクは僅かに息を呑み、頷いた。


「ではそこの騎士。

 王女の理想を、――我に見せてみろ」


 エレノアは振り返った。

 彼は、優しい瞳でそれを見返す。


「ア……アレク……」

「エレノア様、行ってまいります」


 二人の間だけで交わされる、短い会話。


 アレクは胸に手を当てて、カスパルを見た。


「分かりました。

 お相手いたします。

 しかし、少しだけお時間をいただきたく思います」


「……良かろう」


 アレクはノクスを降りると、エレノアのことも降ろした。

 人の輪からヴェラが駆け寄り、彼女に王女を託す。


 アレクは視線で探した。

 彼が信頼する唯一の男。

 

「アレク!」


 セドリックが、技師達の中から進み出、アレクの前に立った。


 アレクは、あえてエレノアに背を向けた。


 見られたくないと、思った。


「セドリック、頼みたい。

 魔導兵装の制御を全て解放してくれ」

 

 翡翠の瞳が見開かれる。

 そして、小さく首を振った。


「それは……それはできません。

 体に負荷がかかり過ぎる」


 アレクは両手でセドリックの肩を掴んだ。


「俺は……俺は自分の実力を知ってる。

 ガレス団長や、ラインハルトさんのようなずば抜けた力やスタミナは持っていない。

 持久戦に持ち込まれれば、破られるのはこちらだ」


 セドリックの目が痛々しげに細められる。

 その瞳に映るアレク自身が、いかに余裕がない顔をしているのかも、よく見えた。


 セドリックは手元を見た。

 こちらに駆けつける時、無意識に掴んできたのは、アレクの装備の制御盤だった。

 こうなることを予期していたわけではない。

 ただ、手放すべきではないと感じていたからだ。

 

 魔導統括官は、唇を噛む。

 そして、制御盤の上で、その指を静かに滑らせた。


「これで……これで、解除しました……」


 アレクはセドリックの背に腕を回し、無理やり抱き寄せるようにした。

 彼の耳にだけ言葉を落とす。


「俺に、もしものことがあったら、エレノア様を守ってやってくれ」


 アレクはセドリックを離れる。

 セドリックは慌ててその腕を掴んだ。


「待ってください! 

 それはできません!」


 アレクは静かにセドリックを見つめ返す。


 ――覚悟にも、諦めにも似た瞳。


「勝ってこい! 絶対に!

 お前の愛しい人を、僕に託すな!

 自分で守り抜け! 男だろ!?」


 きょとんとアレクの碧い瞳が彼を見て、吹き出した。


「敬語を外せるじゃないか」

「いいから、行ってください!」

「あーぁ、戻っちゃった」


 セドリックが睨みつけると、アレクは小さく笑った。


「ありがとう」


 騎士はそれだけ言って背を向けると、ノクスに跨った。


 一度だけエレノアを見る。


 そして、次にその目は、

 ――戦うべき相手を見た。


 静かに澄んだ、生き物が侍ることを許さぬ、湖面のような瞳で。


 ノクスがゆっくりと歩み出る。


「お待たせしました」


「名乗ることを許そう」


「フロストギア隊、戦術指揮官、アレク・フォン・リーベル」


 カスパルの口端が歪む。

 アレクも不敵に笑った。


 ――最後の決戦が、静かに幕を開けた。



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