51 折れぬ槍
グンターが、ゆっくりと前へ進み出た。
「わしが、武の将だ。
魔導の将と語りたくば――まずは、このわしを倒していけ」
乾いた風が、平原を横切る。
一拍の沈黙。
カスパルは黒の長髪を風に揺らし、口端をわずかに吊り上げた。
「なるほど……。
グラウベルトの“歴戦の猛者”、グンター・ファルケンハイト殿とお見受けする」
その声には、嘲りも驕りもない。
あるのは、ただの興味。
「喜んで、相手をさせてもらおう」
次の瞬間。
蹄が地を打つ。
重く、低い音が、平原に響き渡った。
黒馬と赤馬。
互いに歩を緩めることなく、距離を詰めていく。
グンターは大槍を低く構え、穂先をわずかに下げた。
突進ではない。
――迎え撃つための構えだ。
一方、カスパルは剣を片手に持ちながら、左腕を前に出していた。
腕にくくりつけられた砲撃型魔導装備が、低く唸りを上げる。
魔導光が、鼓動のように脈打つ。
次の瞬間。
砲声。
炸裂音と同時に、空気が裂けた。
鉄砲に近い直線的な一撃が、グンターの胸元を狙う。
だが――
グンターは馬を叱り、身を沈めた。
砲弾は肩口をかすめ、鎧の一部を吹き飛ばすに留まる。
そのまま、間合いに入った。
槍が唸る。
大槍の穂先が、カスパルの喉元を狙って突き出される。
速度ではない。
重さと、正確さ。
カスパルは剣で受けた。
金属同士が噛み合い、衝撃が腕を痺れさせる。
「――重いな」
カスパルが低く笑う。
「年寄りの槍だと思ったか?」
グンターは馬上で体を捻り、槍を引き戻す。
返す刃のように、横薙ぎ。
カスパルは馬を寄せ、かわしざまに剣を振り下ろす。
剣は鎧を叩き、鈍い音を立てた。
致命ではない。
だが、確実に効く一撃。
互いに距離を取る。
赤馬が地を踏み鳴らし、黒馬が低く嘶く。
カスパルの左腕が再び上がった。
至近距離での砲撃。
――だが、グンターは読んでいた。
槍の石突を地に打ち込み、身体を反転させる。
砲弾は空を切り、背後で爆ぜた。
その爆風を利用し、グンターは踏み込む。
突き。
大槍が、今度は真正面から、カスパルの胴を狙った。
カスパルは剣で逸らしながら、同時に左腕を押し当てる。
砲撃装備が盾の役割を果たし、火花が散る。
衝撃で、両者の馬がよろめいた。
――それでも、落ちない。
落ちるわけにはいかない。
二人は同時に、再び馬を走らせた。
すでに息は荒い。
だが、剣も槍も、一切鈍っていない。
ここにいるのは、
力を誇る若者ではない。
生き残ってきた者だけが持つ、重さ。
それを、互いにぶつけ合っている。
互いに、三度目の交錯。
槍と剣が打ち合わされ、火花が散った。
グンターの大槍は、なお冴えていた。
突きは正確で、間合いは崩れない。
馬の脚運びも、まるで一体であるかのようだ。
カスパルは一歩、下がらされた。
――わずかに。
その事実に、周囲が息を呑む。
「……なるほど」
カスパルが低く呟いた。
「貴様、まだ“槍”で殺せる男だ」
グンターは答えない。
ただ、槍を引き、次の一撃に備える。
その刹那。
カスパルの左腕が、わずかに下がった。
狙いは、腕。
グンターがそれに気づいた時には、もう遅かった。
――轟音。
至近距離で放たれた砲弾が、
大槍を支える右腕を、正面から撃ち抜いた。
衝撃ではない。
破壊だ。
骨が砕け、肉が裂け、鎧ごと腕が吹き飛ぶ。
「――っ!」
グンターの喉から、短い呻きが漏れた。
槍が、地に落ちる。
それは、
彼が戦場に立ってから、初めて落とした武器だった。
馬上で、体が傾ぐ。
だが、グンターは落ちない。
左腕で手綱を掴み、歯を食いしばり、
なおも馬上に留まった。
「……なるほどな」
血を吐きながら、グンターは笑った。
「これが……貴様の“戦”か」
カスパルは剣を下げ、深く息を吐いた。
「そうだ。
これは“戦争”だ」
剣だけでは、終わらせない。
勝つためなら、
相手の誇りも、積み重ねも、まとめて砕く。
それが、ヴァルハルトのやり方だ。
グンターは、ようやく理解した。
――自分は負けたのだ。
腕を失ったからではない。
戦いの前提が、違った。
馬上で、彼の体がゆっくりと崩れる。
地に落ちる直前、
グンターは遠く、本陣の方角を見た。
――婿殿。
――あとは、頼むぞ。
黒馬が悲鳴のように嘶く。
歴戦の猛者は、
静かに、戦場から落ちた。
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「義父上!!」
鉄砲境界軍の戦士たちとユリウスがグンターに駆け寄る。
ユリウスは震える手で義父を支え、助け起こす。
グンターは疲れ切った目でユリウスの淡い紫の瞳を見ると、ふっと笑った。
「涙を戦場で落とすとは、まだまだ若造だな」
「わ……私は、
――まだまだ義父上に教えていただかなければならないことが沢山あるのです」
「……甘ったれが」
救護兵が駆けつけ、グンターの止血をしながら、彼を救護陣へと連れ帰る。
ユリウスは振り返った。
カスパルはそれを静かに、興味深そうに睥睨している。
「その髪と瞳の色……。秘された第二王子か。
アルトルミナも難儀な国だな」
「……その通り。私がユリウス・アルトルミナ=ファルケンハイトだ」
ユリウスは、唇の端に滲む血を指で拭い、淡い紫の瞳でカスパルを見返した。
「だが、武を誇る国が、
この戦で何を失ったか――
お前も、じきに知る」
それ以上は言わず、背を向けた。




