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49 戦場の心臓



 ヴァルハルトの砲撃型大型魔導兵器から、砲撃が放たれる。


 セドリックの解析どおり、それは一見すると無秩序に、前線へと撃ち込まれているように見えた。


 だが――。

 アレクは、ふと、胸の奥に引っかかるものを覚えた。


 本当に、これは“ランダム”なのか。


 前線に落ちる砲撃が、わずかずつだが、位置を変えてきている。


 逸れているのではない。

 ――寄ってきている。


 将であるエレノアやユリウスを狙う魔導狙撃は、これまで第四小隊が確実に迎撃している。

 それでもなお、砲撃の軌道が変わる理由。


 ――本陣か?

 ――いや……。 


 アレクは、はっとして振り返った。


 本陣の北西。

 ヴァルデン砦の脇にそびえる、魔導制御塔。

 隣接領地の魔導塔から動力を引き込み、今この戦場全体の魔導出力を支えている、要。


 アルトルミナの戦い方は、魔導の物量ではない。

 制御すること――それこそが主軸だ。

 制御塔が落ちれば、この戦場は一気に瓦解する。


 アレクは即座に耳元の魔導通信機に手を当てた。


「こちら本陣。スカーレット・ウィング、第三、第四小隊へ。

 砲撃型が魔導制御塔を目標にしている可能性がある。迎撃せよ!」


 その瞬間――

 爆発音。


 技師区画と補給部隊から、悲鳴が上がった。


 地面が揺れ、土埃が視界を覆う。


 ゆっくりと、霧が晴れる。


 抉られていたのは、ただの平原。


 だが――位置が違う。


 砲撃は、前線と魔導制御塔の間に落ちていた。

 確実に、距離を詰めてきている。


「アレク……」


 エレノアが、低く息を吐く。


「よく、分かったな」


 アレクは苦く笑った。


「……嫌な予感だけは、外れない性分なので」


---


 二基ある砲撃型大型魔導兵器から、交互に砲撃が放たれる。

 一撃は前線へ。

 一撃は本陣寄りへ。


 落下地点が定まらないのは、偶然ではない。

 探っているのだ。


 前線に被弾すれば、負傷者と破壊された兵装が次々と後方へ戻ってくる。

 その対応に追われ、セドリックはほとんど技師区画を離れられずにいた。


 アレクの耳にも、報告が途切れることなく流れ込む。


 鉄槍境界軍の鬨の声。

 戦車型魔導兵器の砲撃音。

 技師たちの怒号。


 その中で――

 低く、腹に響く砲撃音。


 アレクの背筋が凍りついた。


 今度の軌道は、一直線だ。


「――制御塔だ!」


 爆発。

 第四小隊による迎撃。


 アレクは反射的にエレノアへ覆いかぶさった。

 爆炎が本陣を舐め、熱が頬を焼く。


 悲鳴。


 何かが崩れ落ちる、鈍い音。


 アレクは顔を上げ、振り返った。

 石造りの魔導制御塔が、瓦礫を剥がしながら――傾いていく。


「……制御塔が」


 エレノアが、かすれた声で呟いた。


 直撃は免れた。

 だが、威力は殺しきれなかった。


「こちら本陣! 制御塔! 応答してくれ!」


 返事はない。


 崩れ落ちる音だけが、戦場に重く響いていた。


 ――ヘルマンたちからの通信は、途絶えたままだった。


---


 悲鳴が上がった。


 ヘルマンは反射的にアメリアを抱き寄せ、衝撃に耐える。

 王都から連れてきた技師たちも、とっさに頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。


 グラウベルト魔導制御塔の制御室は、本来なら塔の上層階に設けられている。

 だがヘルマンは、万が一に備え、半地下に臨時の全魔導塔制御室を設けていた。


 今にも崩れ落ちそうな天井を見上げる。

 ぱらぱらと音を立て、破片が降ってくる。


 アメリアが庇うように守った魔導塔制御盤では、赤い警告灯が次々と点滅し、複数の警告音が重なり合っていた。


「……ここが狙われたか」


 ヘルマンは制御盤の数値に指を走らせる。


「みんな、無事か?」


 小さな瓦礫で頬を切った者はいるが、致命傷はない。

 ヘルマンは耳元の通信機に手を当てた。


 ――ピーッ。


「……だめだ。通信機が死んでる」


 彼は一人の技師の肩に手を置いた。

 技師は震えながら振り返る。


「悪い。本陣まで走ってくれ。

 技師は全員無事だ。――必ず立て直す。そう伝えてくれ」

「……はい!」


 青年は歯を食いしばり、駆け出そうとする。

 だが扉が歪み、開かない。


「全員で行くぞ!」


 技師たちが集まり、体当たりを繰り返す。

 鈍い音とともに、ようやく扉がこじ開けられた。


「走れ!」

「はい!」


 背中を見送り、ヘルマンは制御盤へと向き直った。


「……動力管に傷が入ってるな。

 タービンの回転も不安定だ。魔導流の圧が上がってる」


 このまま上がり続ければ――破裂する。


 ヘルマンは、アメリアと技師たちをゆっくりと見回した。


「ここは、戦場の心臓だ。

 絶対に、死なせたりしない」


 一拍置いて、声を張る。


「――やるぞ!」


「はい!」


「動力管の損傷箇所を探して修復!

 タービンは一基ずつ確認だ!

 今は完全じゃなくていい、息を吹き返せばいい!

 さぁ、散れ!」


「はい!」


 技師たちが一斉に動き出す。

 埃が舞い、動くたびに細かな破片が落ちてくる。

 工具を抱え、砂まみれになりながら――

 彼らは走った。


 魔導制御塔を。

 ――戦場を、死なせないために。


---


 エレノアは、無意識に爪を噛んだ。


 広域魔導遮断フィールドは長くは保たない。

 魔導位相歪曲砲アーク・レゾネーターも、戦士の魔力への負担が大きい。何度も使えるものではない。


 初動で展開した遮断フィールドは、すでに効果を失いつつある。


 ――ここで制御塔を失うのは、痛すぎる。

 ――完全にヴァルハルトの魔導兵器が機能し始めたら、数と力で押し潰される。


 思考が、重く沈む。


 ――どうする。

 ――どうすればいい。


「制御塔です!」


 本陣に駆け込んできた青年の声に、エレノアは反射的に立ち上がった。

 技師区画からも、数人が駆け寄る。


「無事か!?」


 青年は息を切らし、必死に声を絞り出した。


「全員、無事です!

 ヘルマンさんから――“必ず立て直す”と!」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、技師たちから安堵の声が上がる。

 セドリックもすぐに青年のもとへ向かった。


「統括官。通信機が壊れてしまいました」

「分かりました。新しいものを渡します」


 振り返り、指示を飛ばす。


「新しい魔導通信機を!

 それから、手を空けられる者は制御塔の支援に走ってください!」


 ――爆発音。


 前線で、また砲弾が落ちた。

 迎撃により威力は削られている。

 だが、完全には防げない。


 技師区画と補給陣が再び慌ただしくなる。

 セドリックは技師たちを引き連れ、走って戻っていった。


 エレノアは、アレクを見上げる。


 彼は戦場から目を離さない。

 耳元からは、絶え間なく報告が漏れ聞こえてくる。


「こちら本陣。第一小隊、大盾を削り切れ。

 砲撃への警戒、継続せよ!」


 声が飛ぶ。


 エレノアは静かに椅子へ腰を下ろした。


 ――今は、待つしかない。

 ――ヘルマンたちを、信じるしかない。


 誰もが、命を削って戦っている。


 ――私が信じなくて、誰が信じる。


 深く息を整え、目を閉じる。

 そして、再び開いた。


 戦場を見下ろす青紫の瞳に、

 小さく、しかし確かな光が宿っていた。



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