47 鋼の翼、静かなる指揮
鉄槍境界軍、本陣。
「閣下」
前陣へ向かおうとしていたグンター・ファルケンハイトに、ユリウスは声をかけた。
歴戦の猛者は足を止め、静かに振り返る。
白髪の混じる金の髪が、薄い霧をわずかに弾いていた。
「我々は鶴翼の陣で進みます。
魔導兵装部隊には中央を堂々と、先陣を切っていただきましょう」
ユリウスは戦場を見据えたまま、淡々と続ける。
「鉄槍は、その背を――翼で守る」
グンターは口端を吊り上げた。
「わしは婿殿を信じる」
重い黒のマントがひと揺れし、彼は軍馬に跨る。
「号令は婿殿、お前がかけろ。
わしは――突き進むのみよ」
「……はい」
グンターの背が、鉄槍境界軍の戦士たちと合流していくのを見届け、ユリウスは一度、瞳を伏せた。
黒のロングコートの裾。
裏地の灰銀が、風にわずかに揺れる。
――守られるために、この地へ来た。
――だが今は、守るために、ここに立っている。
「私は……兄上や、義父上への恩を返せるだけの働きができているだろうか」
自問は短く、しかし重い。
ユリウスは瞳を開いた。
王族の紫の瞳が、戦場を真っ直ぐに射抜く。
「鉄槍境界軍!
進軍せよ!!」
大地を震わせる鬨の声。
魔導兵装部隊を中心に、
鉄槍の翼が、ゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
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大盾型魔導兵装が壁をなして突進してくる。
「チィッ! あんなのどうやって崩せってんだ!」
「姐さん!」
イルザとノアは戦場を駆けた。
「大盾の先にいる小型魔導歩兵は鉄槍境界軍に任せる!
あたしらヴァレリア式は――盾だ。とにかく盾を剥がす!
境界軍に道を開け!!」
イルザの声が戦場に叩きつけられる。
ヴァレリア式兵装部隊が即座に散開した。
――囮になる。
そう決めた瞬間、イルザは前に出た。
空気を裂く風音。
振り回された大盾が、地を削る。
イルザは咄嗟に身を翻し、その軌道を紙一重でかわした。
草の上を滑り、身を低くする。
地を蹴り、跳躍。
兵装の隙間から覗く赤い長髪が、火のように舞った。
「あたしを追え! 派手にいくよ!!」
銀に瞬くヴァレリア式兵装が霧を纏う。
背に刻まれた魔導陣の青光が、残像のように空を裂いた。
大盾が力任せに振り回される。
霧が裂け、金属音が轟く。
――来た。
イルザが一瞬だけ動きを緩めた。
大盾が振り上げられ、内部機構が露出する。
その“隙間”。
背後から、音もなく影が滑り込んだ。
一直線。
迷いのない、ハヤブサのような突き。
――ガツン、と鈍い手応え。
大盾が止まる。
短い唸り声の後、巨体は音を立てて地に倒れた。
「ノア! 今の、最高だ!!」
ノアは剣を引き抜いた。
刃についた汚れを払う――その手が、止まらない。
震えている。
「あ……姐さん……」
「泣くな! まだ始まったばかりだろうが!
――イルザ・ノアチーム、大盾一機撃破!」
『本陣、了解。引き続き報告を』
――直後、爆発音。
悲鳴。
金属が焼ける匂い。
爆風と黒煙が一気に視界を奪った。
イルザとノアは反射的に顔を庇う。
『こちら本陣。
大盾百、魔導歩兵千。
戦車型魔導兵器五、砲撃型大型兵器二を確認。
上方からの被弾に警戒せよ』
「……なんだよ、あれ」
イルザの視線の先。
地面が、抉り取られていた。
敵も味方も倒れ、
破壊された魔導兵装から蒸気が噴き出している。
赤い警告灯が、水に落とした血のように滲んで広がっていた。
「ヴァルハルトの砲撃型……。
敵も味方も、関係なしですか……?」
「それがヴァルハルトだ!
呆けてる暇はない、次だ!!」
救護班が救護陣から一斉に駆け出してくる。
その足元に、さらに砲弾が落ちた。
戦車型の砲撃が、前線を薙ぐ。
ヴァレリア式魔導兵装部隊は、
それを縫うように、風のように戦場を駆け回った。
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破壊された魔導兵装が次々と技師区画に持ち込まれていた。
「魔導兵装部隊には新しい兵装を渡してください!
もう直ぐ魔導機関車で追加分も届きます!
惜しみなく出してください!」
セドリックの声が飛ぶ。
作業台として持ち込んだ簡易テーブルでは数が足りず、地面に座り込んだ技師達が修理に追われていた。
「複雑なものは僕に持ってきてください!」
セドリックはコートを椅子にかけ、シャツの袖をまくった。いつもの眼鏡を外し、マギア・アイガードを装着する。
魔導特化国であるヴァルハルトに比べ、アルトルミナの魔導兵装部隊は全ての小隊を合わせても二百もおらず、圧倒的に少ない。
壊れてもその場で修理し、また戦士を送り出して、前線を維持しなければならないのだ。
セドリックは工具を掴み、次々と兵装を整えていく。
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本陣の後方に設えられた椅子に腰掛けたエレノアのその斜め前に、アレクは半身を戦場へ向ける位置に立っていた。
敵陣営に魔導狙撃兵が確認されている。将であるエレノアが狙われるのは必然。アレクはその射線を遮断するための位置だ。
だが、いつでも一歩で、彼女の前に戻れる距離でもある。
アレクの視線は常に前方へ向けられていた。
護衛でもあり、戦術指揮官でもある彼は、各隊からの報告を受け、淡々と魔導兵装部隊への指示出しを行なう。
「第二小隊、戦車型魔導兵装を抑えろ。
討ち取れると思うな」
技師区画からセドリックがアレクに駆け寄ってきた。
「殿下、アレク」
アレクは視線だけをセドリックに向け、エレノアもセドリックを見上げる。
「どうした、セドリック」
セドリックは一瞬だけ言葉を選ぶように息を整えた。
「魔導偵察機が集めたデータを解析しました。
敵、砲撃型大型魔導兵器は、発砲までにかなりの調整を必要とするため、一度発射した後は 最低三百秒は猶予があります。
パワーに突出させた兵器です。近づけさえすれば、鉄槍境界軍が囲めば落とせる可能性が高い。
威力は驚異的ですが、精度は良くありません。敵味方を巻き込んで爆撃しているのもそのためです。
逆に言えば、落下地点を推測しきれないとも言えます」
「なるほどな」
エレノアが戦場に目を向ける。
確かに先ほど放たれた一撃以降の発射は見受けられない。
「戦車型ですが、かなり装甲が硬い。ヴァレリア式装備ではおそらく刃が立ちません。
兵器装備型小型兵装で取り囲むしか突破はできないでしょう」
前線からは、絶え間なく戦士たちの声と砲弾の音が聞こえてくる。
魔導兵装部隊が敵大盾兵器を一機撃破するたびに、鉄槍境界軍が進軍して歩兵型魔導兵装を囲んでいる。しかしそのさらに先に待ち受ける戦車型の砲撃に足を取られ、一進一退が続いていた。
「アレク。慎重に弱点を探そう。あまり魔導兵装部隊を消耗させないように注意してくれ」
「御意」
セドリックは技師区画から呼ばれ、また駆け戻っていった。
アレク達は静かに敵陣を見据え続ける。
遠くで、再び砲声が轟いた。




