37 血の通った戦場
――体が、軽い。
――いくらでも、動ける。
大盾型魔導兵装が、壁を成して立ちはだかっている。
広域魔導遮断フィールドの影響で、敵の動きは明らかに鈍っていた。
だが、すべてが止まるわけではない。
空気が震え、枯れた草原の葉がざわめく。
大盾が、力任せに振り上げられた。
イルザは、走った。
「――せいっ!」
境界軍の兵士を抱え込むようにして後方へ投げ、大盾の一撃を正面から受け止める。
魔導兵装を纏っていなければ、骨は粉々になっていただろう。
足が、地面を削る。
兵装が、悲鳴のような軋みを上げた。
「あたしが引き受ける! 行きな!
――突破するんだよ!」
大盾の向こうには、小型魔導兵装を纏った敵兵が控えている。
“小型”とは名ばかりで、ヴァレリア式兵装より一回り以上大きい。
――大盾を越えなければ、将には届かない。
――時間が、ない。
「すまない! 任せた!」
境界軍の兵士が駆け抜けていく。
その刹那。
僅かな魔導波動。
イルザは、反射的に身を引いた。
直後、大盾が横薙ぎに振るわれる。
遅れた赤い毛先が、風に散った。
跳躍。
大盾に足を掛け、肩と兵装腕部の隙間へ、鋭く剣を突き入れる。
悲鳴。
背後へ回り込み、着地。
低く構えた視界に、冷たい風が叩きつける。
――大盾は、もう動かない。
浅くなった呼吸を、短く整える。
「イルザ、一機撃破」
『本陣、了解。引き続き報告を』
「……オッケー」
彼女は、再び走り出した。
『こちらスカーレット・ウィング。
沈黙していた放射型、動き始めた』
『本陣、了解。全軍、警戒せよ』
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本陣。
「以前もジャマーを使っている。さすが立ち上がりが早いな」
腕を組んだまま、エレノアは前線を見据える。
「セドリック。
広域魔導遮断フィールドは、もう使えないか?」
彼は小さく首を振った。
「制御塔からの動力供給が追いつきません」
「そうか。
なら――新型を使う」
「はい」
セドリックは後方へ声を張った。
「魔導位相歪曲砲、準備!」
「「はい!」」
黒い巨体が、技師たちの手で陣前へ押し出される。
砲身を備えながら弾は持たず、魔導エネルギーを一点照射し、位相そのものを歪める兵器。
――大型魔導兵器。
内部炉を持ち、その場で動力を生成する。
その瞬間、前線で爆発音。
悲鳴と怒号。
『こちらスカーレット・ウィング。
まずい、放射型が復帰した。境界軍に多数負傷者』
「こちら本陣。
負傷者回収は境界軍に任せろ。
魔導兵装部隊は大盾突破を優先!」
アレクが指示を飛ばす。
「スカーレット・ウィング、撃墜可能か?」
『やってみる』
通信を切り、アレクは息を吐いた。
「……放射型が、厄介だ」
エレノアも同意するように頷く。
「小型は数で押せる。
だが、大盾と放射型は魔導兵装なしでは無理だ」
彼女はセドリックを見た。
「狙えるか?」
短い沈黙。
セドリックは一瞬だけ深く思考し、頷いた。
「可能です。
放射型への集中照射なら、動きを止められます。
ただし――全域照射はできません」
「いい。やれ」
「はい。少し離れます」
セドリックは駆け出す。
「調整に入ります。指示に従ってください」
技師たちが集まり、彼はロングコートを脱いで工具を受け取った。
陣が、僅かにざわめく。
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ヴァルハルト陣。
赤いマントが、静かに床を這う。
「……女?」
椅子にもたれ、腕を組んだまま、男は兵士を見下ろす。
「“無才の王女”か?」
低い声。
幕の向こうでは、破壊された魔導兵器が次々と戻されていた。
男は、ゆっくりと立ち上がる。
「アルトルミナの王女――エレノア・アルトルミナ」
口角に影が差す。
「よく隠したものだ。
……面白い」
空気がわずかに揺れる。
「――殺せ」
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空が、鳴った。
低く、腹の底に響く轟音。
復帰した放射型魔導兵装が、魔導砲弾を吐き出したのだ。
青白い光が弧を描き、次の瞬間――地面が爆ぜる。
「――来るぞ!」
グンターの怒号が戦場を貫いた。
大槍が振るわれ、突風のような衝撃が小型魔導兵装を薙ぎ払う。
同時に、将は黒馬の腹を蹴った。
跳躍。
爆炎が、つい先ほどまで彼がいた場所を舐める。
上だ。
放射型は、すでに“将”を狙っている。
青光の砲弾が、雨のように降り注いだ。
「引け!!」
命令は短い。
だが、それで十分だった。
境界軍が動く。
撤退の波を作り、陣形を崩さず、後方へ――。
だが、その背を追うように、小型魔導兵装が殺到した。
「若造!」
ノアが、前に出た。
剣を振る。
一閃、砲弾を弾く。
さらに一閃、二閃――。
魔導砲弾は軽い。
だが、数が多すぎる。
切り上げ、横薙ぎ、叩き落とす。
腕が、じわじわと痺れていく。
それでも、下がらない。
「境界軍は一時撤退だ!」
『本陣、了解。
魔導兵装部隊、持ちこたえろ!』
グンターは一度だけ、振り返った。
「任せたぞ!」
「はい!!」
返事は即答だった。
ノアは歯を食いしばり、さらに踏み込む。
――その瞬間。
弾いたはずの砲弾が、わずかに角度を変えた。
「――っ!」
衝撃。
腕部の兵装に直撃し、蒸気が噴き出す。
体勢が崩れ、視界が傾いた。
「若造!」
声が届くより早く――
青光が、横から割り込んだ。
衝突音。
ノアの視界が反転し、草の感触が背中に叩きつけられる。
「気を抜くんじゃないよ!!」
「……姐さん!」
起き上がると、そこにいた。
イルザが、腕部で砲弾を受け止めている。
装甲が軋み、嫌な音がした。
「立て!」
彼女は、振り向かない。
予備動作なし。
踏み込み、斬撃。
小型魔導兵装が弾き飛ばされる。
「行け!!」
その声と同時に、グンターがノアを引き上げた。
馬上から腕を掴み、無理やり立たせ、そのまま引きずるように後退する。
「待って! 姐さん、血が――!」
「見てんじゃないよ!!」
怒鳴り声。
だが、その声は、どこか軽い。
「お前の兵装も壊れかけだ!
直してこい! 戻って来い!!」
黒馬が地を蹴る。
砲弾を避け、大盾の影を縫い、退路を切り開きながら――。
ノアは、振り返る。
イルザは、もう走っていた。
「……右腕は使えなくなっちまったね」
独り言のように呟き、短く息を整える。
「大丈夫。
まだ、左がある」
再び、戦場へ。
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――その頃。
本陣でも、別の“刃”が動き始めていた。




