表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/56

36 宣戦、そして位相は断たれる


 霧が、重く平原を覆い尽くしていた。


 視界は悪い。


 ヴァルハルトの兵士たちは息を潜め、陣地に伏している。

 技師たちもまた声を殺し、各々の持ち場で最終調整を進め、その時を待っていた。


 この霧の中で号令など出せるはずがない――

 誰もが、そう思っていた。

 実際、あくびを噛み殺す兵士さえいる。


 だが。


 ――突如、空が裂けた。


 赤い閃光が霧を切り裂き、

 魔導エンジンの鋭い唸りが、耳元を抉る。


 刹那。


 爆発音。


 破片が舞い、悲鳴と怒号が陣地を走る。

 炎が立ち上り、灰色の煙が視界を覆った。


 それがわずかに晴れたとき、

 彼らはようやく理解する。


 ――自陣の大盾型魔導兵装が、撃破された。


 撃破したのは、空の支配者。

 スカーレット・ウィング。


 アルトルミナからの、

 明確な宣戦布告だった。


---


 ルカ・アストレインは、ゴーグル越しに目を細め、口角を上げる。


「まずは、ご挨拶だ」


 鋭く旋回する赤い機体。

 その左右に、霧の中から灰色の魔導戦闘機が二機、並走する。


 ルカは耳元に手を当てた。


「予定通り行こう。俺は撹乱、君らは偵察だ。

 よく見ておけ――さぁ、行け!」


 操縦桿を引き、高度を取る。

 雲を裂き、風と一体になる感覚。


 地上では怒声が上がり、砲撃が爆音とともに放たれた。


 翼端の航行灯が青白く回転し――

 一瞬、消える。


 急降下。


 ヴァルハルトの兵は態勢を整える暇もなく、散開を余儀なくされる。


 その隙間を縫うように、赤い閃光が超低空で駆け抜けた。


 追撃するように小型魔導戦闘機が舞い上がるが、距離は縮まらない。


『盾が百』

『後方、投射三十を確認』


 魔導通信に、冷静な報告が入る。


「こちらスカーレット・ウィング。

 盾百、後方に投射三十。ついでに空五――確認した」

『本陣、了解』


 砲撃と迎撃を引きつけながら、

 赤い機体は霧を味方につけ、自在に空を踊った。


「向こうの空は五機だ。

 俺が引きつけて落とす」


 ルカは一瞬、視線を走らせる。


「グレー・ファルコン、グレー・ウルフ――

 旋回しろ。逃げ場を潰せ。頼んだぞ!」

『了解』


 操縦桿を強く引き、赤い翼が空へ跳ね上がる。


---



「境界軍、動員四千。これ以上は削れん……閣下!」


 ユリウスが、馬上のグンターを見上げた。


 荒々しい黒馬。

 その背、男の重いマントの裏地は赤――翻らぬ、歴戦の色。


 乾いた強風が陣を抜ける。


 将は、笑った。


「十分だ、婿殿」


「魔導相手に“十分”は信用できません」


 ユリウスの銀髪が風に揺れる。

 ロングコートの裏地もまた銀。王族の矜持。


「……行くぞ」


 グンターが馬上から手を差し出す。

 ユリウスは、それを強く握った。


「今、スカーレット・ウィングが好き勝手にやっている。

 その隙を――我らが制する」


「頼みましたよ、閣下!」


「うむ!」


 グンターは振り返り、声を張る。


「鉄槍境界軍! 出陣!!」


 鬨の声が、大地を震わせた。


---


「スカーレット・ウィングがうまくやっている。

 鉄槍境界軍も出撃した。

 ――次は我々だ、セドリック!」


 本陣にて、エレノアが声を上げた。

 青銀の髪が風を受け、灰銀のマントが僅かに翻る。


 名を呼ばれたセドリックは、即座に技師席へ声を張り上げた。


「広域魔導遮断フィールド、展開準備に入ってください!」

「「はい!」」


 彼はすぐ隣に並ぶアレクへ視線を送る。

 銀のヴァレリア式魔導兵装を纏ったアレクは、短く頷いた。

 耳元の通信器に手を当てる。


「味方機は位相同調フェイズ・アラインシールドを展開。

 広域遮断に飲まれるな。位相を合わせろ」


『了解』


 アレクは振り返り、背後に控える魔導兵装部隊へ声を張った。


「兵装部隊は、遮断フィールド展開後に出撃する。

 ――備えろ!」


 調整はすでに完了している。

 戦士たちは息を殺し、技師たちは技師区画の制御盤へと駆け戻った。


 陣から、音が消える。

 前線の怒号と砲撃音が、ひどく遠くに感じられた。


「広域魔導遮断フィールド、発動準備に入ります。

 カウントダウン開始」


 セドリックの抑えた声が、陣に沈む。


「五、四、三、二――展開!」


 一瞬、耳鳴りのような圧が走る。


 ――そして。


 敵陣から絶えず響いていた砲撃音が、唐突に止んだ。


 壁のように立っていた大盾型魔導兵装が、重い音を立てて沈み込む。


 風が、止まる。


 霧の向こうで爆音。

 何かが、堕ちた。


『スカーレット・ウィング。二機、撃墜』


「魔導兵装部隊、出撃!」


 アレクの号令とともに、ヴァレリア式魔導兵装を纏った少数精鋭が駆け出す。


 馬より速く、鋭く、前線へ。


 その背を、エレノアは腕を組んで見つめていた。


「ヘルマンが整えた魔導塔と連動した広域魔導遮断フィールド。

 魔導兵装の“位相”を崩し、人と兵器の同調を強制的に遮断する。

 敵兵装の出力は確実に落ちるはずだ」


 セドリックは小型制御盤を抱え、彼女の隣に立つ。


「魔導塔がまだ完全体ではありません。

 ヘルマンさんからも“いきなり全開はやめろ”と念を押されていますので、出力は抑えています。

 ですが――」


 制御盤に視線を落とす。


「味方機には位相同調フェイズ・アラインシールドを事前展開済みです。

 影響は受けません。差は、十分につけられます」


 エレノアはヴェラに目配せし、時刻を確認させた。


「……予定より、少し早い」


「王都で怒っているヘルマンさんの顔が浮かびますね」


「仕方ない。ここは戦場だ」


 一拍置き、エレノアは小さく付け加えた。


「王都に戻ったら……ヘルマンに会うときは、セドリックも一緒に来い」


「一緒に怒られろ、ということですか?」


 セドリックの翡翠の瞳を受け、エレノアは視線を逸らす。


「次、行くぞ」

「……はい」


 その少し離れた位置で、次々と届く報告に耳を澄ませながら、

 アレクは小さく、苦笑していた。


---


「王都中の魔導街灯の出力を二%落とせ!

 それだけでも、まだ動力は捻り出せる!」


 中央制御盤の前で作業する技師たちの肩に手を置き、ヘルマンは計器を覗き込んだ。


 無数の青光が明滅し、剥き出しのダクトから唸りが絶えず部屋を震わせている。


 彼は腕を伸ばし、ある数値をなぞる。


「……早めにシールドを張ったな。

 ぐんぐん吸われていく……」


 眉間に皺を寄せ、銀灰の髪をかき上げた。


「ヘルマンさん!」


 アメリアが見つめているのは、辺境グラウベルトの魔導制御塔――

 導管共鳴限界計コンジット・レゾナンス


 青光が不規則に点滅している。

 まだ危険域ではない。だが、楽観できる数値でもなかった。

 ヘルマンはアメリアの肩越しに画面を覗き込む。


「……やっぱり不安定だ。

 一気に送れば、共鳴崩壊を起こしかねん」


 即座に振り返り、技師たちへ指示を飛ばす。


「送動力を抑えろ!

 今から計算する、少し待て!」


 頭を抱えるように演算器を引き寄せ、数値を叩き込む。

 だが、途中で舌打ちし、演算器を脇へ放り出した。


 拳を額に当て、目を閉じる。


「……67.8……いや、いける」


 顔を上げると、技師たちの元へ駆け寄った。


「全魔導塔、出力68%!

 グラウベルトへは“ゆっくり”送れ!

 一秒ごとに0.4%ずつ上げろ。

 いいな――深呼吸だ!」


 技師の肩に手を置き、秒を数える。


 動力供給は、まるで呼吸を整えるように、少しずつ安定していった。


 誰かが、はっと息を吐く。


 ヘルマンはその背を軽く叩いた。


「いい制御だ。

 さすが、ルキウスが引っ張ってきた技師だな。

 計器から目を離すな――戦は、まだ始まったばかりだ」


 アメリアも、ようやく息を吐いた。


「……帰ってきたら、当然一言くらいは文句を言わせてもらおうな」


 その一言に、アメリアは思わず笑ってしまった。


---


 グラウベルト、本陣。


 エレノアは、ふいに寒気を覚え、腕をさすった。


 戦況は、まだ動き出したばかりだ。

 彼女は細く、長く息を吐き、前線を見つめる。


 ――その背後に、

 小さな、小さな影が忍び寄っていることに、まだ気づかずに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ