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31 血を通わせる設計図


「本当に規格がバラバラすぎる!」


 怒鳴り声が、石造りの事務所に反響した。


 王都最大の魔導塔。その上階に設けられた事務所を、ヘルマンたちは仮拠点としていた。


 質素な石壁に、木製の机と椅子。窓には薄いカーテンが一枚かかっているだけだ。

 壁に備え付けられたランプも、魔導塔であるにもかかわらず魔導ランプではなく燭台。

 この塔が、いかに「人の生活」から切り離されて扱われてきたかが、嫌でも伝わってくる。


 机の上には、各地から取り寄せた魔導塔の設計図が広げられていた。


「王都はいい。地下にアークハートがあるからな」


 ヘルマンは苛立ちを隠さず、図面を指で叩く。

 魔導心臓アークハート

 超高純度・超大型の魔導結晶。

 圧力と緩衝液で中和すれば、ほぼ半永久的に安定稼働する。

 熱暴走もせず、灰色の蒸気も吐かない。


「だが地方や一般施設は違う。そんなもの、どこにでも置けるわけがない」


 ほとんどの施設では、結晶の質を補うために魔導炉を使い、無理やり熱と圧をかけて出力を得ている。

 だからこそ、あの灰色の蒸気が生まれる。


「……つまりだ」


 ヘルマンは設計図を睨みつける。


「動力を“生み出す”のが魔導塔。

 それを“分配して制御する”のが魔導制御塔だ」


 辺境グラウベルトには、魔導塔がない。

 そのうえ、魔導制御塔ですら建設途中で止まっている。

 だから彼に求められているのは、新しい心臓を作ることではない。

 既にある動力を、どうやって“届かせるか”。

 制御塔の増設。

 既存設備の改築。

 そして、魔導ネットワーク全体の効率化。


「……時間がないな」


 ヘルマンは髪を掻きむしり、アメリアが用意した茶を一気に飲み干した。

 隣で散らかった設計図を整理しながら、ルキウスが静かに尋ねる。


「技師は……何人ほど必要ですか?」

「百だ」

「……百」

 ルキウスは優雅にティーカップを持ち上げながら、内心で必死に算段を巡らせていた。

 極秘案件。表立って人を集めることはできない。


 そのとき、ヘルマンの動きが止まった。


「……いや、待て」


 設計図を引き寄せ、別の案を書き始める。


「出力を上げる。

 そうすれば、手を入れる塔の数は半分で済む」


 アメリアが視線を上げる。


「魔導配管の耐久、考えないと」


「ああ。将来的にはもっと馬力を出したい。

 だが今は……まず、辺境に届くことだ」


 ルキウスは押し付けられた設計図を地域ごとに並べ直し、微笑んだ。


「百でも二百でも。

 銀貨でも金貨でも。いくらでも用意します」

「……酷使してやる」

「ひどいなぁ」

 三人は、思わず笑った。


 この部屋に魔導ランプはない。

 だが壁の内側には、魔導動力の配管が走っている。

 壁には青く脈動する魔導陣。

 低く響く、液体の流れる音。


 ヘルマンはその光を見つめ、口角を上げた。


「これは壊す前提じゃない」


 ペンを握り直す。


「未来を残す仕事だ」


 王城の鐘が、くぐもって響いた。

 事務所には、再びペンの走る音だけが残った。


---


 王都、王立都市整備局。

 高い天井と長い廊下。

 石壁に反響する足音は一つだけ。


 黒い外套を翻しながら歩く男に、すれ違う官吏たちは自然と道を空けた。


「主任技監」


 呼び止められたルキウスは足を止め、振り返る。


「……例の魔導塔改築計画ですが」

「ええ、聞いています」


 淡々と答え、彼は書類を一枚受け取る。

 ざっと目を通し、即座に結論を出した。


「三割足りませんね」

「はい……予算が……」


 困惑する相手を前に、ルキウスは微笑んだ。


「問題ありません。

 都市整備名目で回しましょう。街路灯の更新、上下水の補強、耐災害インフラ──

 名目はいくらでもあります」


「……ですが、それでも足りない部分が」


「では、私が出します」


 一瞬、空気が止まる。


「侯爵ヴァルナー家、第二資産口座から。

 帳簿は後で整えます」


「……よ、よろしいのですか?」


 ルキウスは肩をすくめた。


「どうせ使い道のない金です。

 塔が立てば、人が助かる。十分でしょう?」


 その言葉は、驕りでも施しでもなかった。

 ただの事実の確認だった。


「それから──」


 彼は足を止め、振り返る。


「技師の手配ですが。

 王都西部の旧工廠、覚えていますか?」


「……廃止されたはずでは」


「“公式には”そうです。

 ですが、優秀な連中はまだいます。

 彼らは仕事が欲しいはずだ」


 青い瞳が、静かに光る。


「私が行きます。

 話は、私の名前で通ります。

 “ヴァルナー侯爵家”の名はここで使わなければ」


---

 

 夜。


 仮拠点となった魔導塔の事務所。

 設計図に埋もれたヘルマンのもとに、ルキウスが戻ってくる。


「どうだ」

「百人集まりました」

「……早すぎるだろう」

「腕の良い者だけです。

 あと、資金は想定より二割多く確保できました」


 ヘルマンは一瞬だけ目を細め、苦笑した。


「お前、本当に何者なんだ」


 ルキウスは軽く笑う。


「ヘルマンさん、私はね。

 “あなたが作りたいものが完成する世界”が見たいだけですよ」


 それだけ言って、彼は次の書類を差し出した。


「では次は、辺境ルートの交渉に行ってきます」


---


 王都魔導塔。

 高層部の制御室で、ヘルマンとアメリアは工具を手に、黙々と作業を続けていた。


 机の上に広がるのは、全魔導塔制御盤の設計と実装。

 王都の魔導塔のみを制御していた既存の制御盤を改造し、これから繋いでいく地方の魔導塔――その管理までも一手に引き受ける、中枢装置だ。


 窓から差し込む淡い光のおかげで、ランプを灯さずとも手元は十分に明るい。

 開け放たれた窓からは、柔らかな風と、王都特有の蒸気の匂いが流れ込んでくる。


 しばらく、金属に工具が触れる音だけが室内に響いていた。


 ふと、アメリアが顔を上げる。


「……安請け合いするんじゃなかったって、思ってる?」


 ヘルマンは手を止めない。


「……ちょっとな」


 アメリアは小さく笑う。


「でも――」

「でも、必要だ」


 ヘルマンはそう言って、一瞬だけ言葉を切った。


「やることが多くて、面倒だって思っただけだ」


 アメリアは工具を置き、ヘルマンに向き直る。


「ヘルマンさん……」


 ヘルマンもようやく顔を上げると、手袋を外し、そっとアメリアを抱き寄せた。

 彼女の柔らかな髪に、静かに頬を寄せる。


「血を通わせよう。この国に」


 低く、しかし確かな声。


「――大きな仕事だ。楽しみだな、アメリア」

「はい!」


 窓の外では、魔導飛行船が行き交い、青い航行灯が空に細い軌跡を描いていた。


 この微かで、確かな灯を――

 やがて、王国全域へ。



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