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30 空を選ぶ者たち


「コア起動!」

「「はい!」」


 王都のはずれにある第三飛行場。


 朝陽が、数本だけ設えられた滑走路に鈍く弾かれていた。

 霧と蒸気が地面を這い、走り回る技師たちの足音と声がこだまする。


 ここは小規模な民間飛行場だが、人目を引きにくい立地のため、ほとんど使われていなかった場所だ。

 現在はレオンハルト名義で借り上げられ、飛行訓練の拠点として利用されている。


 滑走路脇に並ぶ、二機の魔導戦闘機。

 それらは、まるで霧の一部であるかのように、静かにそこに在った。


 セドリックが設計したアルトルミナ王国の魔導戦闘機。

 魔鋼合金マナスチールに、光を反射しない微細な梨地加工を施した灰色の機体。

 空を映さず、光を弾かず、吸い込む。

 敵の目を逃れ、偵察し、戦場を撹乱するための戦闘機だ。


 その二機の間を歩きながら、ルカがパイロットたちに声をかけている。

 その後ろを、メモ用のボードを抱えたセドリックがついて歩いた。


 セドリックは一機の操縦席を覗き込む。

 コア起動後の出力の立ち上げと安定化。

 まずそれを、パイロット自身が把握できなければ、空に上がる資格はない。


 わずかな違和感。

 セドリックが顔を上げると、その視線に気づいたルカが、すぐにステップを乗り越えて操縦盤を覗き込んだ。

 数値を一瞥し、ルカはパイロットの肩を叩く。


「君の“間”は独特だ。だが、それは空では命取りになる」


 機体を、てのひらで軽く叩く。


「こいつは、君のカワイコちゃんだ。

 ちゃんと声を聞いてやれ。君になら聞こえる。

 ――口説き落とせ。いいな?」


 ルカが身を引く。


「もう一度、コア起動からやってみてくれ」


 彼が降りると、セドリックも続いてステップを下りた。


「セドリック、よく気づいたな。微妙な数値変化だった」


 セドリックは眉を下げ、首を振る。


「いえ。貴方ほど理解できているわけではありません」


 蒸気の粒が、二人の頬をそっと撫でていく。

 ルカは白い歯を見せて笑った。


「俺は飛行機しか知らない。

 君は、全部知ろうとしてる。欲張りだな」


 セドリックの抱えるボードを覗き込み、満足そうに頷く。


「君が選んだ技師たちも優秀だ。

 魔導戦闘機専任になるんだろ? 頼れる連中だ」


 視線の先では、セドリック選出の技師たちが、ルカのエンジニアチームに食らいつくように話しかけていた。

 経験の差を埋めようと、必死に知識を吸収している。

 ルカは腰に手を当て、笑う。


「だが、うちのエンジニアチームはもっと頼れるぞ。

 俺たちはせいぜい一年くらいしかアルトルミナにいない。

 ――盗め。誇り高い技術を、全部な」

「そこまで……」


 セドリックが頭を下げると、ルカは声を上げて笑った。


「金もたっぷりもらってる。気にするな」


 いたずらっぽく声を潜める。


「それに――」


 灰色の機体を見上げる。


「飛行機はな、戦闘以前に“飛ぶ”だけで危険なんだ。

 俺は誰にも事故を起こしてほしくない」


「……そちらが本音ですね」


 ルカは「あはは」と笑い、パイロットたちに安定化を続けるよう指示すると、歩き出した。

 白衣の裾を揺らしてセドリックが追いかける。


 辿り着いた先では、スカーレット・ウィングの整備が行われていた。

 ルカは一人の女性の前で立ち止まり、セドリックに示す。


「彼女がリディア。

 若いが、今はスカーレット・ウィングの首席設計士だ」


 金の髪をポニーテールに結った女性が振り返り、革の手袋を外して手を差し出す。


「セドリックさん!

 話には聞いてたよ。すごい天才だって、ルカが言ってた」


「えっ」


 セドリックが振り返ると、ルカは肩をすくめて不敵に笑った。


「本当のことだろ?」


 諦めたように、セドリックは手を取る。


「王立魔導工廠のセドリック・ヴァーミリオンです。

 先日もご挨拶しましたね」


 リディアは柔らかく微笑んだ。


「綺麗な翡翠の瞳。魔導に愛されてるのが分かる」


 彼女の手は、女性とは思えないほど硬く、力強い。


「リディアさんこそ。澄んだ青い瞳に、技師の手です」

「ふふ、ありがとう」


 ルカがセドリックの肩を叩く。


「少し話してみろ。互いに刺激になる。

 次は低高度飛行だ。――また後でな」


 柔らかな風が吹き、ルカの金褐色の髪が揺れた。

 彼は迷いなく背を向け、パイロットたちのもとへ駆け戻っていった。


「ルカはじっとしてるのが苦手なんだよ。

 振り回されすぎないようにね」


 セドリックが眉を下げて笑うと、リディアも楽しそうに笑った。


「ね、設計図、見せてもらえない?」


 差し出された手に、セドリックは目を見開く。


「え、いいのですか?」

「飛行機については、私のほうが先輩だよ?

 頼りなよ」


 胸を張って笑ったあと、リディアは小さく舌を出す。


「――なんちゃって。

 他の人の設計を見てみたいだけ。どう?」


 セドリックは小さく笑い、ボードの一番下から設計図を取り出して渡した。

 それを受け取るや否や、リディアは迷いなく地べたに座り込む。


「わぁ……すごい。

 セドリックさん、几帳面でしょ。よく出てる……」


 セドリックも隣にしゃがみ込み、共に覗き込む。


「うん、悪くない。

 スカーレット・ウィングとは目的が違うし、繊細すぎないのがいい。

 私でも操縦できそう。

 パイロットには優しくて、技師には厳しい設計だね」


 セドリックは思わず声を上げて笑った。


「あはは。そうかもしれません」


 リディアは頬をかきながら続ける。


「先輩ヅラしたけど、あんまり言えることないな。

 スカーレット・ウィングはね――」


 設計図を返しながら、立ち上がる。


「“ルカ・アストレンという天才のための飛行機”なの」


 セドリックは静かに頷いた。


「パイロットにも、技師にも厳しい。

 でも――何より、カッコいいでしょ?」


「……はい」


 リディアの視線が、スカーレット・ウィングを見上げる。

 そして、無意識に、ルカの背を追った。


 誰よりも空を知り、努力と実力に裏打ちされた自信を持つ男。

 その背を、青い瞳が静かに映す。


「……カッコいいんだよね。

 ――スカーレット・ウィングは」


「……僕も、そう思います」


 セドリックは、彼女の視線の行き先に気づかないふりをして、微笑んだ。


「セドリック! 悪い、ちょっと来てくれ!」

「はい!」


 ルカに呼ばれ、セドリックはリディアに頭を下げてその場を離れる。

 リディアは小さく手を振り、再び整備に戻った。


「ここだ」


 操縦席を覗き込むルカの声に、セドリックも近づく。


「彼には癖がある。

 悪い癖じゃないが、少し調整してやってほしい」


 セドリックが数値をなぞる。


「重心を、少し前に?」

「それでいい。頼む」


 ステップを降りたセドリックは技師を呼び、具体的な調整を指示する。


 調整後、再確認し、ルカに引き渡した。


---


 少し離れて、二人はパイロットたちの動きを確認する。


「リディア、面白い子だろ?」


 ルカの問いに、セドリックは頷く。


「はい」


 ルカの視線が一瞬だけリディアを探し、すぐに灰色の機体へ戻る。


「それにしても、女性が多いですね。

 十名中、三名ですか」


 ルカはきょとんとする。


「そうか?

 エストリア飛行院の中じゃ、うちは少ないほうだ」


 低高度飛行に入った機体が、蒸気と風を吐き出す。

 二人の頬を、強い風が叩いた。


「スカーレット・ウィングは、世界中を渡り歩く。

 落ち着けないんだ。

 子どもを産んで育てたい人間には、向かない」


 視線は空に向けたまま。


「それに――赤い機体なのは、招聘された国のパイロットを守るためだ。

 俺が目立って、敵を引きつけ、撹乱して、逃げ切る」


 声は静かだが、揺るぎがない。


「俺は、誰よりも撃墜されるリスクを背負ってる。

 だから、俺のエンジニアチームは“俺の”チームだ。

 俺が落ちたら、即解体される。それが前提だから少数精鋭なんだ」


 蒼い瞳に、強い光が宿る。


「……ま、俺は撃墜されないけどな」


 あまりにも爽やかな笑顔に、セドリックは息を呑んだ。


 ――彼は、自由のために、孤独を選んだ人間だ。


「あはは。

 セドリック、今夜、外で夕食でもどうだ?」


「ふふ。行きましょうか」


 戦闘機が、ゆっくりと着陸する。

 舞い上がった風に、ルカの金褐色の髪がなびいた。


 彼はほんの少しだけ目を細め、空を見上げていた。



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