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3 王宮の密談――鋼の王女と白銀の王太子


 レオンハルトがエレノアの部屋へ入ると、彼女はサロンのソファに身を預け、静かに本を読んでいるところだった。

 前髪の影からのぞく青紫の瞳がわずかに細まり、陽光を受けた銀髪が柔らかい光を返す。


 音もなく王太子が向かいの椅子に腰を下ろすと、エレノアが視線を上げる。

 そして、ふっと口元で笑った。


「……兄上」


「ん?」


「婚約者との初顔合わせの直後に訪れるとは、些か過保護が過ぎないだろうか」


 エレノアは本を閉じてテーブルへ置き、挑発的にも見える笑みを浮かべた。

 レオンハルトも肩をすくめ、同じように笑う。


「可愛い妹だ。気にならないわけがない。 

 ――どうだった? “美貌の騎士”は」


 エレノアはソファに深く座り、癖のない銀髪の毛先を指先に絡めて弄んだ。


「噂に違わぬ“美貌”だった。

 足運びもそつがなく、均整の取れた体型。一見細いが、無駄な筋肉がないだけだ。

 潔癖で実直。無駄を嫌い、合理的な鍛え方をしている。

 立ち居振る舞いも洗練されていた。話し相手として育てれば、悪くない」


 ヴェラが静かに茶器を置くと、香りがふわりと部屋に満ちた。

 レオンハルトはその湯気を眺め、満足げにカップを掲げる。


「気に入ってもらえたなら何よりだ」


 エレノアは指先から髪を離し、少し首を傾げる。


「兄上が選んだのか?」


「そうだ。陛下好みだろう?

 “美貌の騎士”と名高く庶民人気がある。爵位も持つ。王女の相手として不足はない。

 だが持つのは“騎士爵”だけで、政治力は皆無。

 “無才の王女”を押し付け、なおかつ冷遇していないという体面だけは整う。

 ――完ぺきだ」


 エレノアは茶を一口含み、静かに問う。


「兄上から見た彼はどうだ?」


 レオンハルトは軽く肩を揺らし、淡紫の瞳を細めた。


「完ぺきな男だ」


 背もたれに肘を置き、指先でカップを机に戻す。


「陛下は“王位継承権争い”をことさらに嫌われている。

 だからお前と私――“対立しない二人”以外の兄弟は、皆、外へ追いやられた。


 軍才に秀でた第二王子は辺境へ。

 容貌の良い第一・第二王女は、年頃になり次第、他国へ嫁がされた。

 逆にいえば……第二王子は軍事以外の野心がなく、王女たちも美貌以外に政治的価値がなかった。

 だからこそ粛清の対象にはならなかった」


 淡々とした声に、かすかな苦味が滲む。


「だが、お前は――美しく、賢い。

 側妃腹であっても、その才を陛下に悟られれば危うい。

 だから、私が玉座を継ぐまでは大人しくしていてくれ。

 その時には必ず引き上げる。兄弟全員の願いだ」


 レオンハルトは膝の上で手を裏返し、静かに息を吐いた。


「……そういう意味でも、“騎士爵”という力のなさは好都合だったわけだ。

 その上、見目も良く、好青年だと評判の男。

 これ以上の人材はいない」


 エレノアは興味がなさそうに本の表紙を撫でていたが、ふと顔を上げ、ニヤリと笑った。


「姉上たちに向かって“美貌しかない”などと言えば、兄上は首を絞められるのではないか? 物理的に」


 レオンハルトは目を伏せて笑う。


「間違いない。あの二人は少々気が荒いからな」


 王太子は腕を伸ばしてエレノアの本を取り上げ、ぱらぱらとページをめくる。

 紙はまだ硬く、新品の香りを残していた。


「それにしても、この本は初めて見るな」


 エレノアは少し腰を浮かせて腕を伸ばし、本を取り返すと、自分の横へ隠すように置いた。


「セシリア姉上が送ってくれた。

 姉上の嫁ぎ先はさすが大国でな。魔導研究が盛んらしい。魔導動力が生活の中に普通にあるから、女性でも気軽に魔導に触れられるそうだ。


 ……我がアルトルミナとは大違いだ。大学や研究施設はあるが、女性には席がない。せいぜい助手止まりだ」


「陛下は魔導を“流行り物の装飾品”程度にしか見ておられんからな。

 いずれ国に大きな遅れが生じるのではと、私は常々危惧している。


 ――この時代だからこそ、エレノア、お前の才が必要なのだ」


「兄上」


 エレノアはティーテーブルを指先でトンと叩いた。

 真鍮象嵌の花模様が、淡く光を返す。


「兄上が私を高く評価してくれるのはありがたい。ただ、私がこの国に残りたい理由は別だ。

 “尊敬する技師”がいる。それだけだ。魔導オタクとしての人生を送りたいだけ。

 兄上の役に立てるとは思えん」


 レオンハルトは腕を組み、面白そうに目を細めた。


「しかし今のお前の隠居生活では、その“尊敬する技師”とも積極的な接点が持てん。

 とはいえ目立てば粛清の危険がある。


 大丈夫だ。そこはすべて兄に任せろ。

 お前は好きなだけ“魔導オタク”を貫けばいい」


 エレノアは鼻を鳴らし、茶器に口をつける。

 ふとレオンハルトが瞬きをした。


「そういえば……お前、そのままの格好でアレクに会ったのか?

 見せていないのか?」


「何を?」


「お前のその、美しい顔を」


「……私の顔は姉上たちやアレクのように美しくはない。見せる必要がどこに?」


「……婚約者だぞ?」


 エレノアはカップを置き、本を持ち上げて見せる。


「いずれバレると思って、先に本は見せた」


「オタクのコレクションを見せるより先に、顔を見せてやれ」


「なぜだ?」


 レオンハルトはやれやれと肩をすくめた。


「アレク……哀れな男だ」


 そのとき、遠くで城の鐘が鳴った。

 二人はその音を聞きながら、また淡々と、しかしどこか楽しげに話を続けた。



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