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27 嵐のような来訪者


 レオンハルトは空を見上げた。

 早朝の澄んだ空。その蒼を切り裂くように、太陽とともに現れたのは、赤い閃光。


 ――スカーレット・ウィング。


 続いて、飛空艇が二機。

 計三機が空の彼方から姿を現し、砂塵を巻き上げながらアルトルミナ王国軍用飛行場へと降下してくる。


 レオンハルト、エレノア、アレク、セドリック、コンラッド。

 五人が並び、無言でその光景を迎えた。


 飛行場内にいるのは、今は彼らだけだ。

 周囲には第一騎士団を隙なく配置しているが、場外に下がらせているため、こちらの声が届く距離ではない。


 巨大な飛空艇の搭乗口が、プシューッ、と蒸気音を立てて開いた。


 先に、飛空艇技師たちが駆け下りる。

 手際よくステップと絨毯を整え、最後に執事が搭乗口脇に静かに立った。


 そして――。


 白銀の飛行服を纏った、白銀の髪の女が姿を現す。

 風を受けて、緩やかにうねる長い髪が翻った。

 彼女は一度だけ、軽やかに髪を払う。

 そして、美しい顔の、美しい唇を弧にした。


「……お待たせしちゃったかしら?」


 レオンハルトは笑みを浮かべた。

 だが、どうしても眉がぴくりと動くのを抑えきれなかった。


---


 ――二日前。


「この日付に、間違いはないのか?」


 レオンハルトの執務室。

 黒壇の執務机の前に立つ使者へ、王太子は念を押さずにいられなかった。


「間違いございません」

「……明後日だぞ?」

「間違いございません」 


 魔導飛行機大国・エストリア共和国から来た使者は、王太子を前にしても背筋を崩さず、余裕の笑みさえ浮かべている。


 レオンハルトは一度息を呑み、急いで諾の返書を書き上げると、それを使者へ差し出した。


「……我がアルトルミナは、歓迎する」

「妃殿下に、確かにお伝えいたします」


 使者は深く一礼し、執務室を後にした。


 扉が閉まる。


 一瞬の静寂。


 レオンハルトは立ち上がり、乱暴に髪をかき上げた。


「軍務卿を呼べ。軍用飛行場の管理者もだ」


 額に手を当て、思考を一瞬で走らせる。


「――それから、ガレスだ。ガレスも呼んでくれ!」


 従者たちが慌ただしく動き出す。

 ある者は執務室を飛び出し、ある者は各部署への申請書類を抱えて走った。


 レオンハルトは天井を仰ぐ。


「……アレクシア……。――本当に、お前は……」


 エストリア共和国に嫁いだ妹、

 アルトルミナ王国第一王女アレクシア・アルトルミナ=エストリア。


 彼女の訪国の知らせが届いたのは、到着のわずか二日前。


 軍用飛行場の確保。

 人払い。

 警備体制の再編。


 ――そして、眠れぬ二日間。


 レオンハルトは、そのすべてを一人で抱え込む羽目になった。


---


 アレクシアは執事の手を取り、優雅にステップを降りてきた。

 朝陽を受けた紫の瞳が、宝石のようにきらめく。


「ごきげんよう、アルトルミナの皆さん。

 アレクシアよ。今日は、とっておきのプレゼントを持ってきたの」


「……アレクシア」


 レオンハルトが低く名を呼ぶと、彼女は即座に振り向き、その正面に立った。


「まぁ! お兄様!

 綺麗なお顔にクマができていてよ。ちゃんと寝なくてはだめでしょう?」


「……そうだな。お前の言う通りだ」


 事情を知る面々は、誰とは言わずとも、揃って王太子に同情の視線を向けていた。


 アレクシアはそのまま銀の髪を揺らし、今度はエレノアの前へ。

 そして、ためらいなくぎゅっと抱きしめる。


「エレノアちゃん!

 ちっさくて、相変わらず可愛いわね!

 婚約したんでしょう? おめでとう! ちゃんと大切にしてもらうのよ!」


「姉上……ありがとう」


 エレノアは胸に顔を押し付けられたまま、斜め後ろを示す。


「……彼が、婚約者のアレク・フォン・リーベル。

 蒼輪騎士団所属で、今は臨時で専属護衛を、してくれて……姉上、苦しい」


 アレクシアはぱっとエレノアを解放し、次の瞬間にはアレクの目の前に立っていた。


「まぁ!!

 すっごく美形じゃない!」


 両手で頬を挟み、ぐっと顔を近づける。

 アレクは一歩退こうとして――動けなかった。


「こ、この度は……」


 アレクシアは、声を落とす。


「――泣かせたら、ただじゃ置かないわよ」


 一瞬、空気が張り詰める。


 アレクはわずかに目を見開き、隣にいたセドリックが肩を震わせた。


 だが次の瞬間、彼女はにこりと笑って手を放す。

「ふふっ。よろしくね」


 そして、再びエレノアへ向き直った。


「さぁ、エレノアちゃん。プレゼント、受け取って頂戴」


 腕を伸ばす先には、飛空艇の前に並ぶ一団。

 スカーレット・ウィングのパイロット、ルカ・アストレインと、その専属エンジニアチームだった。

 ルカは小さく手を挙げ、白い歯を見せて笑う。


「契約なさい。

 ――いくらか、割引もしてあげるわ」


 老執事が一礼し、レオンハルトへ契約書を差し出す。

 王太子はエレノアに視線を向け、静かに頷いた。


 エレノアは口角を上げ、姉を見上げる。

 頬は、ほんのり赤い。


「姉上。ありがとう」


 アレクシアは微笑み、エレノアの頭をやさしく撫でた。


「可愛い子。

 ――くれぐれも、“大人しく”しているのよ? いいわね?」

「はい」


 レオンハルトが、乾いた笑いを漏らす。


「お前ほど“おとなしい”が似合わない女もいないと思うが」

「……お兄様、何か?」

「いや、何も」


 風が、アレクシアの髪をさらっていく。


「じゃあ、帰るわね」

「え!? もう!?」


 エレノアが声を上げると、姉は楽しそうに笑った。


「エレノアに会えてよかったわ。

 ――ついでに、お兄様にもね」

「……ついで……」

「姉上……」


「わたくしがいないと、陛下が寂しくて泣いてしまうもの。

 それに、貴女が目立ちすぎるのも、今は良くないでしょう?」


 美しくウィンクする。


「また来るわ。次は……結婚式かしら?」


 アレクシアは踵を返し、飛空艇へ乗り込んだ。

 唸るような音とともに機体は起動し、滑走路を走り抜け、まるで大気を裂くように空へ舞い上がる。


 エレノアは、その姿を見上げた。


「……嵐のようだったな」


 耐えきれず、セドリックが笑う。

 軍務卿が、同情するようにレオンハルトの肩を叩いていた。


 アレクは、少しだけ寂しそうなエレノアの横顔をそっと見つめる。


 彼女の銀の髪が、風にさらりと揺れた。



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