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25 静かな策謀


 灰簾宮、ティーサロン。


「次は、こうはいかないだろう」


 二人掛けのソファには、エレノアとアレクが並んで腰掛けている。

 低いテーブルを挟み、その向かいには、高背椅子に座るレオンハルトとセドリック。


 窓の外では、夕闇がすでに王都を覆い尽くしていた。

 部屋の中では、壁際に据えられた魔導ランプが、控えめな光を落としている。


 エレノアの静かな声が、すみれ色の絹壁に柔らかく吸い込まれた。


 レオンハルトは足を組み、膝に掌を置く。


「ヴァルハルトに、こちらにも“魔導の知識”があることは知られただろう。

 だが、それ故に、むやみに辺境へ押し入ってくることも、しばらくはないはずだ。   

 時が稼げると思えばいい」


 エレノアは小さく息を吐いた。


「本格的に魔導チームを作りたい。

 魔導偵察機の開発、魔導兵装部隊の増員。  

 それから――やはり、空の目と、動力の安定確保は不可欠だ」


 指先が、膝の上で静かに重なる。


 レオンハルトは頷き、視線をセドリックに向けた。

 セドリックもまた、短く頷き返す。


「まず、魔導偵察機については問題ありません。

 ヴァルハルト公国の偵察機の解析も進んでいますし、技術的には再現可能です。   

 魔導戦闘機も、飛空艇技師にコアを渡してあります。完成は近いでしょう。

 魔導兵装も、実戦で問題なく機能しました。量産体制に入れます」


 一拍。


「――問題は、人です」


「“人”だな」


 レオンハルトの低い声に、全員が黙って頷いた。


「技術があっても、造る人員がいなければ意味がない。

 戦闘機が完成しても、操縦できる者がいない。

 魔導兵装に忌避感のない、実力ある戦士も必要だ」


 エレノアは、そっと兄を見る。


「兄上。やはり、ルカとヘルマンを招聘したい。

 ルカとは正式に契約を結ぶ。

 ヘルマンは……なんとか説得する」


「いいだろう。私の名で呼ぶ」


 エレノアは頷いた。


 レオンハルトの視線が、次にアレクへと移る。


「アレク」


「はい」


「戦士の選抜はお前に任せる。

 第一騎士団に限らなくていい。

 私の名で場を設ける。お前が選べ」


「御意」


 レオンハルトは白銀の髪をかき上げた。

 魔導ランプの光を受け、その色が淡く揺れる。


「やることは多い。だが、どれほど時間があるかは分からん」


 四人の影が、低く、静かに壁に落ちていた。


---


 レオンハルトが自身の執務室に戻ると、中では老齢の男が待っていた。

 彼は執務机の前に置かれた椅子から立ち上がり、わずかに目を伏せて頭を下げる。


 撫でつけられた白髪に、窓から差し込む月光が弾かれ、細くなった肩を淡く照らし出している。


 ――グラハム・アーデルハイト。

 ――アルトルミナ王国の宰相。


「グラハム……」


 レオンハルトが執務机の高背椅子にドカリと腰掛けると、グラハムは小さく笑った。


「お疲れのようですな」

「お前ほど私は忙しくないつもりだがな」

「ご冗談を」


 グラハムも席につく。


 この男は、表面上“中立派”を装っているが、その実、“革新派”の中心を担っている男でもある。


 温厚で寡黙だが、王国内で最も頭が切れる老人だ。

 王太子を幼少期から教育し、若いセドリック・ヴァーミリオンを誰よりも早く見出だして主任技師として引き上げた。

 そして、偏見の強いこの王国で、人知れず彼をはじめとした技師たちの立場を守り続けている。

 表舞台には立たないが、水面下で魔導工廠を支える“影の後見人”だと言えた。


「殿下」


 レオンハルトが顔を上げる。


「勘の良い者は気づいております。

 此度の戦の背後に、エレノア王女殿下がいらっしゃること」


「そうか……」


「身辺に気をつけさせたほうがよろしいかと」


「セドリックは? 彼も危ういだろう。

 やはり、謁見の間なんかに連れて行くんじゃなかったな」


「彼に表立って護衛をつけるのは、逆に目立ちます。

 工廠内ならば現状でも問題はないでしょう。

 彼が外に出るとき、影が守るように手配いたします」


「そうだな。任せる。アルトルミナは彼を失うわけにはいかない」


 レオンハルトは席を立ち、老人の椅子の前に静かに立った。


「グラハム」


「はい」


 グラハムがレオンハルトを見上げ、王太子は静かに宰相を見下ろした。


「私は、――玉座が欲しい」


 グラハムは静かに王たるその瞳を見つめた。


 そして、胸に手を当て、頭を下げる。


「この老骨、殿下にその椅子を用意して差し上げましょう」


 王太子は僅かに頷くと、小さく息を吐き、窓辺に向かって歩いた。


 月明かりの下に広がる王都の街並み。

 絶え間ない魔導の光。


 それを見つめる淡い紫の瞳は小さく揺らぎ、

 彼の指先は、僅かに白くなっていた。



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