24 栄誉という名の舞台
王城、謁見の間。
天井は高く、梁は太い。
磨かれた白灰色の石が、床から壁、柱へと連なり、余計な装飾は一切ない。
壁際の燭台と、高窓から差し込む自然光が、広大な広間を隅々まで照らし出していた。
壁面を彩るのは、王国建国からの系譜を描いた巨大な織物と、歴代国王の紋章を刻んだレリーフ。
奥へと、藍の絨毯が伸びている。
その先、数段高く設えられた玉座は、重厚な木と金属で組まれていた。
歩く音はしない。
前方を行く王太子レオンハルトの白銀の髪が、静かに揺れる。
隣を歩くセドリックからは、わずかな緊張が伝わってきた。
アレクは、視線だけを巡らせる。
脇に立ち並ぶ貴族たち。
ひそひそと交わされる低い声が、謁見の間をさざ波のように満たしている。
――“美貌の騎士”と“ベルゼブブ伯爵”。
二人が並んで歩く様は、彼らにとってさぞ良い見世物だろう。
ここへは、何度も来た。
“謁見”のためではない。
儀式のたび、威厳と華やかさを添えるための装飾として。
蒼輪騎士団の一員として、ただ立っただけだ。
決して、愉快な場所ではない。
レオンハルトが立ち止まり、王に跪く。
セドリックとアレクも、それに倣って膝をついた。
「此度の勝利、国王陛下からも祝いの言葉を贈られたいと仰られた。
蒼輪騎士団、アレク・フォン・リーベル。面をあげよ」
王の脇に立つ大臣が、朗々と告げる。
アレクは静かに顔を上げた。
玉座に座す男。
エレノアの父。
くすんだ銀の髪に、紫の瞳。
逆光に遮られ、その表情ははっきりとは見えない。
だが、笑っても、眉をひそめてもいないことだけは分かる。
――俺たちになど、興味はない。
「アレク・フォン・リーベルよ。
此度の働き、褒めてつかわそう。
良い経験となったことであろう。
さすが第一騎士団の“美貌の騎士”。
これからも、よく励め」
「光栄にございます」
貴族たちのざわめきが、再び広がる。
“美貌”に、また名ばかりの栄誉が与えられた――そんな囁きが、耳に届くようだった。
「続いて、王立魔導工廠、技術局主任技師。
セドリック・ヴァーミリオン。面をあげよ」
大臣の声に、セドリックもゆっくりと顔を上げる。
「良い働きだった。
これからも励め」
「ありがたきお言葉」
レオンハルトが、わずかに顔を上げる。
国王は、短く頷いた。
「陛下には、大変良き機会を賜りましたこと、我ら一同、心より感謝申し上げます。
それでは、退室の許可を頂戴したく存じます」
「良い。下がれ」
レオンハルトが立ち上がり、アレクとセドリックも続く。
三人は再び、藍の絨毯を踏み、出口へと向かった。
――ここに、エレノア様はいない。
――なんて、茶番だ。
扉を出て、貴族たちの視線が届かなくなった瞬間。
セドリックが、そっとアレクの背に触れた。
驚いて振り向くと、彼は翡翠の瞳をわずかに細め、何も言わずに首を振るだけだった。
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夜には、婚約披露を兼ねた祝賀会が開かれた。
磨き抜かれた大理石の床は光を映し、貴族夫人たちのドレスの彩りが広間に華やぎを添えている。
無数の燭台、ガス灯、そして巨大なシャンデリアが、星のように光を散らしていた。
高い天井には、神話の一場面を描いたフレスコ画。
天使たちが花を携え、空を舞っている。
アレクはエレノアの手を取り、広間の中央へと進み出た。
人々の噂話が、楽団の音楽に混じって、かすかなざわめきとなって耳に届く。
エレノアは後ろ髪を美しく結い上げているが、前髪は相変わらず瞳を隠していた。
銀灰に広がるドレスは、白い肌に淡い月光のような柔らかな輝きを与えている。
アレクは跪き、エレノアの右手、その指先に口づけた。
貴族女性たちの、抑えきれない声が、わずかに会場に落ちる。
顔を上げる。
自分だけが知る、青紫の瞳。
「エレノア様。
貴女と踊る栄誉を、どうか私だけにお与えください」
エレノアは、小さく頷いた。
「喜んで」
最初の一曲は、婚約発表の主役である二人だけが踊る。
立ち上がり、細い腰にそっと手を添える。
僅かな緊張の汗が、手袋越しに伝わってしまわないかと、少しだけ不安になる。
彼女の髪から漂う、スミレのように澄んだ淡い香り。
音楽が流れ出した。
エレノアが、くすりと笑う。
「実は、人前で踊るのは初めてなのだ。
足を踏んでも、許せ」
アレクにだけ届く声。
これほど近くに寄るのも、初めてだ。
高鳴る鼓動が、彼女に伝わってしまわないだろうか。
「踏んでも大丈夫ですよ」
「踏んでやろうか」
「わざと踏むのはご勘弁を」
小さく、華奢な指。
――このまま、連れ去ってしまえたらいいのに。
「なぁ、アレク。
壁に並ぶガス灯もどき、あれには魔導ランプも混ざっているのだ。
よくできているだろう?」
彼女は、楽しそうに続ける。
「少し壁際に寄らないか? 見てみたい」
アレクは、耐えきれずに笑ってしまった。
――こんな時にまで、魔導の話か。
「今は無理です」
「……チッ」
「今、舌打ちしましたね?」
先程までの憂鬱が、嘘のように薄れていく。
彼女といるだけで、貴族たちの煩わしい視線も噂話も、どうでもよくなった。
――彼女が今、腕の中にいる。
――その栄誉を得られた。
――“美貌の騎士”も、案外悪くない。
曲が終わり、二人で礼をすると、拍手が会場にこだました。
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第三王女の婚約披露は、こうして、王都貴族のみを招いた小規模な祝賀会として行われた。
市民へは、新聞記事の一文としてのみ知らされる。
――“無才の王女”の婚約は、
一応、広く知れ渡ることとなったのである。




