混ざれば一緒なわけがない
「トニー、お前とは今日でお別れだ」
その言葉は前触れも何もなく突然だった。
言われた当の本人は取り乱す事もなく平然としていたので、テッドはもしかして聞き間違えたのかと思ったくらいだ。
リーダーのジュードが言い間違えたからと改めて言葉を言い直すような事もなく、淡々とした目でトニーを見ている。
テッドはこのパーティで斥候を役割としている。そしてトニーは料理番として雇われていた。
他にもメンバーはいるけれど、戦闘員と非戦闘員合わせるとそれなりの規模の冒険者集団だ。
大規模なところと比べれば弱小かもしれないが、それでも最近は名を知られる機会が増えてきたのもあって、名指しで依頼が舞い込んでくる事もあった。そうなるとここに所属したい、なんて言う者も現れる。
人が増えればそれなりにできる事も増えるが、足枷となってしまう事も存在する。そして今ジュードをリーダーとしているこの一団は、結成当初と比べるとそこそこの人数が増えてきていた。
そうなると色々と入用なものが増える事にもなる。
ただ飯食らいを養ってやる義理はないし、同時にあまり役に立たない者をずっと置いておくわけにもいかない。
考えた末にジュードは料理番のトニーを解雇する事を決めたのである。
それをテッドは信じられないような目で見ていた。
トニーの作る料理は美味しい。他の料理担当に指示を飛ばして大勢の食事を作り支えてきた。
結成当初と比べるとやる事が増えたのでトニーの負担も相当だが、それでも彼は文句ひとつ言わずにできる事をしていたというのに。
そんな彼をジュードはあっさり切り捨てる事にした、という風にしかテッドには見えなかった。
え、マジか……と声に出さずにテッドはトニーの様子を窺った。
確かに最近はこちらから仕事を探すどころか、向こうから依頼をしてくるなんてのも増えて、収入もそういう意味では増えた。人も増えて楽ができる事もあるけれど、しかし同時に手間も増えた。
トニーだってそうだ。結成当初の数人分の料理を作っていた頃と比べると、今はそれなりの店で料理長をしているくらいの忙しさ。
ジュードはトニーの料理の腕が悪いとは思っていないが、しかし忙しい時にはトニーの仕事の遅さが目について、それによって彼を解雇する事に決めた、と言っていた。
確かに忙しい時は一秒だって無駄にできないと思えてくるけれど、それでも疎かにしてはいけない部分はある。
そういう意味ではトニーはいつだって頑張ってくれていた。どれだけ忙しくても料理の質を落とさずに、いつだって温かくて美味しいご飯を出してくれていたというのに。
けれどもジュードにとってトニーの努力の大半は無駄なものに映っていたようだった。
一度悪く見えてしまうと、なんでもかんでも悪く見えるし、良いと思っていた部分も悪く思えてしまうのかもしれない。ジュードがトニーに告げる解雇理由を聞いて、テッドはそんな風に思った。
ジュードはこのパーティを支えていくために不要だと思ったものを切り捨てるしかない、という結論に至ったのだと言うのは理解できる。だが、テッドからするとそれでトニーを切り捨てるのは間違っているとしか思えなかった……が――
(ここで俺が何言ってももう決定事項なんだろうなァ……)
そこそこの付き合いなので、ジュードという人物をテッドはそれなりに理解している。一度決めた事をそう簡単に覆す奴じゃないのは理解している。
トニーの解雇を取り消すための説得をするにも、しかしそれらはジュードが不要だと思った部分になるので言えば言うだけ逆効果だろう。
(考えたら面倒になってきたな)
だからこそ、テッドはジュードの決定をそのまま聞くだけにしておいたし、トニーもその決定に異を唱える事もなくじゃあ、と荷物の整理に取り掛かっていった。
「なぁジュード、ちょっといいか」
「なんだ」
「いや、トニーに便乗するような形になるのはどうかなって思ったんだけどさ。
丁度いいから俺もここ抜けようと思うんだよな」
トニーに解雇を告げた後、立ち去るジュードの背を追ってテッドはそんな風に声をかけた。
「お前が抜ける?」
ジュードの中ではまだテッドの存在は不要ではなかったらしく、不満そうに眉を跳ね上げて聞き返されたがしかしそれは想定済みだ。
「あぁ、今はほら、結構斥候こなせる奴らも増えただろ? ザックとかモレイスとかも大分腕を上げたし。
だから今なら俺が抜けても問題ないかと思って」
「……確かにそうかもしれないが」
「それに最近ちょっと体調が思わしくなくてな。無理して居続けて下手な死に方してお前らに迷惑はかけたくないから、それなら今のうちに、って思って」
「そうだったのか……」
「あぁ、今なら医者にかかるにしてもそこまで大事にならないと思いたいが、この後言ってたダンジョンに向かうなら途中で引き返すわけにもいかない。だろ?」
「それは確かに」
「だから、今が丁度いいタイミングかと思ったんだ」
「そうか。ならそれは……仕方ない、な」
「悪いな、こんな形で言う事になって」
「いや、いい。今までテッドには充分助けられてきた。ここでお別れは寂しいが、死なれるよりはマシだ」
トニーに対する態度と違いすぎて、テッドは少々複雑な表情を浮かべた。
(まぁ、健康面に問題はないし抜ける理由は嘘なんだけどさ)
内心で舌を出しながら、しかし悪びれた様子を表に出さずに神妙な態度で別れを告げる。
流石に身一つで追い出すような真似はしない。たとえば共通の金に手をつけただとかであれば身ぐるみはがして追い出す事もあるかもしれないが、自分の身の回りの物を持ち出すくらいはできる。
それとプラスして退職金のようなものを支払われる事もある。
ジュードが不要と断じたトニーはきっと然程金額ももらえていないだろうけれど、テッドは違った。これから医者にかかるなら、という事で気持ち多めに貰ってしまった事に若干罪悪感を抱きはしたが、貰えるものは貰っておけ精神で突き返す事はしなかった。
普段から身の回りの物は必要最小限に抑えていたし、常に纏めていたのもあって身支度は呆気ない程簡単に済んだ。
だからこそ、テッドはトニーに追いつく事ができたのである。
「よっ、トニー」
「……テッドか。どうしたんだ?」
「いやぁ、俺も抜けてさ」
「お前が!?」
軽く返せばトニーは驚いたようで、思わず声を上げていた。
「あぁ、お前がいなくなったら飯が不味くなるからさ。流石にそうまでしてしがみつきたい場所じゃない」
「でもお前は大分貢献していただろう? それなのに抜けたって……一体どうして」
「体調悪化による離脱を理由にして抜けてきた」
「じゃあ、どこか悪いのか?」
「いや? 健康そのものだぜ? ま、あのまま居続けたらどうなってたかわからんが」
「それは……まぁ」
嘘を吐いてまで抜けてきた、という事にトニーは言葉を濁したが、しかしその先を考えたのだろう。嘘は良くない、なんて言われる事もなく、むしろ煮え切らない態度ではあるが頷かれた。
ジュード率いる冒険者一団の中でトニーは比較的初期の頃から属していた。多少護身はできても魔物相手に戦えるかとなれば難しく、そういう意味では非戦闘員と言うしかない。だがそんな、ほとんど最初期の頃からずっと彼こそが、チームの食事を作り続けていたのだ。
それよりもやや遅れて仲間入りする事になったテッドは、だからこそトニーの食事にすっかり馴染んでしまっていた。
テッドは家庭の味を知らない。普通の家族というのを知らない。
だから、気付いた時にはトニーの作る食事こそが、テッドの中の家庭の味になってしまっていたのである。
ある程度稼げるようになってからは、有名な店で食事をする事もあった。
美味しい、と思ったけれど、だがしかしそれでも口にした時、ホッとどこか安堵するような気持ちになれたのはトニーが出してくれた食事である。
テッドが新入りと呼ばれていた頃から、なんだかんだテッドの面倒を見てくれていたのもトニーだ。
だからだろうか。
テッドは父親とはきっと彼のような存在なのだろう……と、そう思っていたのである。
だから、そんな彼とお別れする事に抵抗があった。
かといって、ジュードが決めた以上食ってかかったところでトニーの在籍を続けてもらえはしないだろうともテッドは理解していた。
ならば、自分がトニーについていけばいい。そう考えたのである。
普段は言われるままに指示された事をこなしていくだけだった自分が、珍しく自分の意思で行動した結果に過ぎない。
ちなみにテッドにとってそういった決断をしたのは人生で二度目である。
一度目は生まれた時からずっといた場所から出ていくために。
二度目は自分の居場所を定めるために。
「それで、お前さんはこれからどうするんだ?」
「トニーについてく」
「本気で言ってるのか? 生憎俺はお前を養ってやれねぇぞ」
「子ども扱いするなよ。自分の食い扶持くらい自分で稼げるさ」
「……それは」
「あー、勘違いすんなよ。前みたいな事はしない。折角出てきたのに前と同じ事やって戻るような真似するわけないだろ。
それがイヤで、俺はあのクソみてぇな組織を潰して逃げてきたんだから」
「……なら、いいけどよ」
「トニーはどうするつもりなんだ? もういい年だし他の冒険者のとこに身を寄せるにしても難しいだろ?」
「そうだなぁ……どこかの町に落ち着いて腰をおろすかなぁ……」
ジュードから通達されたのは突然と言えばそうだが、しかしトニーだって薄々勘付いてはいたのだ。
少し前から自分を疎んじているだろう空気は感じ取っていた。
それでも、ジュードの望むままには流石にできなかったから、我を通していたけれど。
そのせいでジュードのトニーに対する感情は悪い方に傾いていたのをわかってもいたけれど。
「あぁ、冒険者やめて普通の生活をしていくって事か。
いいんじゃないか? もっと早くにそうしても良かったかもな」
「そうはいってもなぁ、冒険者なんて流れ者だからな、場所を間違えたら大変な事になる」
「ガラの悪いのもいるもんなー。俺みたいなのもいるわけだし」
「お前さんは少なくとも今はマトモだろう」
「どうかな? どうだろ?
トニーがそう言ってくれるんなら、きっとそうなんだろうな」
自分じゃ自分の事がよくわからないので、トニーがそう言うのならきっとそう。
であれば、テッドにとっては喜ばしい事である。
「あ、そうだ。だったら前に誘われてたところとかどうだ?」
「前?」
「うん。冒険者辞めたりパーティから抜けたらうちで働かないかってルゲルディタウンのレストランの料理長が誘ってただろ」
「なんだそれ知らんぞ」
「あれっ? あー……えーっと、そうだっけ?
伝えたつもりで伝えてなかった?」
「初耳だ」
「じゃあ今言ったから知ったって事で。行くだけ行ってみる?」
斥候としてテッドの実力は疑うべくもないのだが、それ以外の部分で時たま抜けている事がある――というのをそういやこいつこういうとこあったな……と思いながらも、他にアテがない以上じゃあ行ってみるか、とトニーは頷いた。
今更? いやもう遅いぞ。なんて言われたとしても、そこから伝手でどこか紹介してもらえないかなというあわよくばな心もあった。
どのみちトニーの故郷はとっくに魔物に滅ぼされて存在していないので、どこに行くのもそう変わらない。
一人で行くとなると道中、安全面を考えて護衛を雇うべきかもしれないが、テッドが一緒なら大丈夫だろう。
そう判断して。
――たどり着いた先で、トニーはあっさりと歓迎された。
料理長はジュードたちパーティへ何度か依頼を出していたから、その流れでテッドとはよく話をする機会もあったが、基本裏方のトニーとは話したくても中々機会がなく仕方なしにテッドへ伝言を伝えていた……というのが、トニーが今更知った事実である。
町で暮らす者たちとは異なり、冒険者は必ずしも宿で休めるわけではない。野宿なんてザラだし、そうなると野外で食料を調達したりしないといけない事もある。
保存食だけで食いつないでいけるなど、そう甘いものではないし、現地調達するにしても運が悪ければ体力を消耗するだけでロクな食材を手に入れる事ができなかった、なんてのもよくある話だ。
ある程度食べられる食材などを把握できるようになってくれば、それでも少しは確保できるが駆け出しの冒険者などロクな知識もない状態で野宿をする事になると、高確率でやらかすのだ。
軽度の腹痛で済めばいいが、下手をすると毒のあるものを口にする事があるので命の危機に陥る事もあったりする。
なので流通していない自然に生息している食材を入手したい場合、駆けだしではなくある程度知識のある冒険者へ依頼を出すのが当たり前なのだ。
料理長とトニーの縁は、そんな依頼からである。
直接言葉を交わす事はほとんどなかったが、それでも料理長はトニーの料理の腕を認めていた。
野宿の最中に凝った料理が食べられるとは限らない。だが、それでも温かく栄養のある食事を、とトニーが工夫を凝らして食事を提供しているというのを、テッド経由で知って感服したのだ。
料理長もかつては冒険者たちへ食事を作る仕事をしていた。だが、野営の時にいかに美味しく温かい――それこそ家庭で出てくるかのようなマトモな食事を出せるかは、状況次第なのだ。設備もロクに整っていない、材料だって潤沢にそろっているわけではない。そういう状況では胃に入ればそれだけでマシ、くらいな物しか出てこない事だってある。料理長自身はそこまで劣悪な環境に身を置いたわけではなかったが、それでもかつてを思い出すと大変だったという思い出しかないのだ。
護衛がいて、安全が確保されているとはいっても絶対ではないし、外での調理は厨房で行う時以上に速さが求められる。匂いにつられ魔物が寄ってくる事もあるからだ。
だがトニーの調理速度は野外でも中々であったし、その上でクオリティも高いものをその時のメンバー全員に振舞えている。そういった話を聞いていた料理長が、トニーがもしパーティから抜けたなら引き抜きたい……と思うのはある意味で当然の事だったのかもしれない。
「つまり、トニーが新たな就職先を見つけられたのは俺のおかげ、ってやつ?」
「実際そうだがそう言われると素直に感謝しづらいな」
「そんなぁ。ま、いいけど。俺だって売り込もうと思ったわけじゃなくて、単純にうちの料理番すげーって話してただけだしね」
ふふん、とドヤ顔していたテッドだがトニーに言われすぐさま肩を竦めた。おどけたような仕草は完全にポーズでやっているというのが見え見えである。
「ついでに俺も雇ってもらえてラッキー」
「まぁ、お前さんは料理全般はしていなくても手際は良かったしな」
「へへ」
褒められれば悪い気はしないので、テッドは鼻の下を指でこするようにしてしまらない笑みを浮かべた。
テッド自身は今まで斥候や情報収集といった半分裏方の仕事と、同時に戦闘もこなしていたので身のこなしに関しては自慢できる。
だが、料理に関しては精々下ごしらえを手伝うくらいしかしていないので、トニーのように調理に携わる事はほとんどなかった。
新たな職場でテッドは給仕として働いている。
元々情報を頭に叩き込んで即座に動けるようにしていたのもあって、注文しそうな相手がいるなと思えばすっとそちらへ行って注文を聞き、厨房に伝えた後は他の客への給仕をし、料理ができあがる頃合いを見計らって移動し完成した料理を運び――と、無駄なく動くテッドはあっという間にホールの責任者として任命された。他の従業員が困っていればすぐさま助け、トラブルが起きそうになる前に解決に動くので前からいた従業員たちもテッドの存在を認めざるを得なかったのだ。むしろ、彼が間に入るだけで仕事がとてもやりやすくなったので、ホールの責任者に任命された時点で誰も反対しなかった。テッドの前にその立場にいた者ですら、だ。
同じくトニーもまた厨房でその腕を遺憾なくふるっていた。設備のロクに整っていない野営の時でも料理の質を落とさず作っていた彼は、マトモな環境で更なる実力を発揮し始めたのである。
そこで自分の立場が危うくなる、と嫉妬に駆られて二人を陥れようとする者がいたならば面倒な事になっていたかもしれないが、むしろ今までよりも働きやすくなったと元々いた者たちからも二人の存在は受け入れられていたのもあって、まだ数か月しか働いていないのに二人は既に昔――それこそこの店がオープン当初からいましたけど何か? みたいに馴染んでいたし受け入れられていたのである。
今までは多少ギスギスする事もあった職場が、しかし働きやすくなった事でそういった空気も薄れ、営業スマイルではなく自然な笑顔があふれるようになった。
客に対しても余裕のある対応ができるようになって、客もまた居心地が良いと感じるようになった。
美味しい食事に居心地の良い空間、とくればまた足を運ぶようになり、レストランは徐々に業績を上げていったのである。
順風満帆。言ってしまえばまさしくその一言に尽きる日常が当たり前のように思え始めてきた頃。
レストランに、一人の冒険者が客として訪れた。
堂々とした風格があったはずなのに、今ではすっかり萎れてしまって最初テッドはそれがジュードだとすぐに気付けなかった。
どっかで見た顔だな……あ、ジュードか。
そう思い出すまでに五秒かかったのだ。テッドにとってその五秒は、戦場なら死活問題である。仮にもかつての仲間であるというのに思い出すのにそれだけの時間がかかった、というのだから、テッド以外であればもっと時間がかかっただろう。
かつて居た場所では人の顔や特徴を確実に速やかに覚えなければならなかったテッドですらそうなのだから、そういった訓練も受けていない者ならかつてのジュードと今のジュードが同一人物だと言われて果たして気付けたかどうか。
実際、パーティから追い出されるような形で解雇されたも同然なトニーですら、最初ジュードを見てすぐに気付けなかったのだ。
テッドが小声で「ジュードっす」と告げた事で「あぁジュードか……えっ!? ジュード!?」となったくらいである。
かつては覇気に満ちていると言っても良いくらいだったジュードは、しかし今ではげっそりとやつれている。顔色もどことなく悪い。
テッドが彼のパーティから抜ける時に体調面での事を言って抜けたが、今のジュードならあれが仮病であるとバレそうなくらい、むしろ今のジュードの方がどこか悪いんじゃないかと思える程だった。
実際ジュードは元気溌剌としているテッドを見て何か言いたげな顔をしていたが、しかし医者にかかって早期発見からの治療で事なきを得たとでも思ったのだろう。特に何かを咎めるような事もなく、メニュー表を見て注文を決めていた。
ジュードが訪れたのは、閉店間近となった――所謂ラストオーダー直前の時間だった。
繁盛しているレストランと言えども、その時間になれば客足はまばらである。
客の中でも一際ゆっくりと食事をしていたジュードは、テッドが思う通り客の中で一番最後まで残っていた。
ぼちぼち閉店、という時間ではあるのだが、料理長も彼がジュードであると気付いた事で、店を閉まってもジュードに退店を促すような事はしなかった。
ただ、もしまたトニーを引き抜こうとするようなら阻止するつもりではいる。
大方トニーの噂を聞きつけてやって来たというのはわかっていたので。
最近の彼はいくつか新たなレシピを開発し、それらの料理目当てに客が更に増えたのだ。かつての仲間のよしみとして戻ってこい、なんて言われたところで、今更料理長も指をくわえて見過ごすわけがないのである。そうでなくとも、トニーもテッドも既にこの店になくてはならない存在なのだから。
「で、こんな時間にどうしたんすか?」
随分と砕けた口調で食事を終えたジュードにテッドが問う。
既に閉店時刻を迎え、他に客はいない。閉店後の清掃業務は自分がやるから、とテッドが伝えた事で他の従業員の姿もなかった。
一応厨房の方には明日の仕込みをしている料理人が数名いるが、大声を上げなければ厨房にまでここでの会話が聞こえる事はない。ただ、少し離れたところには料理長がひっそりと控えている。引き抜きの話だったら阻止するつもり満々なので。
「その……なんだ。今の生活は順調か?」
「勿論。充実しすぎて毎日が楽しすぎて嬉しい悲鳴が上がる勢いっすわ」
即答だった。
ジュードがこちらの様子を探っているというのをテッドは即座に見抜いていたからこそ、一秒の間もあけずに答えていた。むしろ食い気味に思われるくらいの速度と言ってもいい。
実際テッドにとってその言葉は嘘ではない。
冒険者だった頃に比べて危険のない生活。朝から晩まで働くから自由な時間は少ないが、しかしそれでも休日があってゆっくりする日はあるのだ。
冒険者だった頃は毎日が自由と言っても良かったが、依頼を受けたりダンジョン攻略に臨んだりするとなれば生活は不規則。朝であろうと夜であろうと動く時は動いたし、健康的な今の生活と比べると相当不摂生な日々だったと言えなくもない。
食べられる時には食べる、という事で食事は疎かにしなかったが、しかしそれだってトニーのおかげでマトモな食事にありつけていたからどうにかなっていただけだ。
依頼が終わって夜の街で酒を浴びるように飲んだ事もあった。金に物を言わせて豪勢な食事を堪能した事だってあった。
冒険者として活躍していけば、そこらの職業よりも稼げる時は稼げるようになってくる。駆け出し冒険者が絶えないのは、一獲千金を夢見ているからだ。勿論その分リスクも存在しているが。
けれども、一山当てる事ができれば一生遊んで暮らせるかもしれない、と思えるのが冒険者なのだ。
堅実に依頼をこなして貴族お抱えにでもなれば稼ぎは約束されたも同然だし、ダンジョンで財宝を見つければそれだけで目標は達成したも同然。地位や名誉、大金。そういったものを望むのなら危険があってもそれでも確実であろうと思われているのが冒険者なのである。
実際ジュード達一団だって、その名を知らしめていっていたのだ。
テッドが抜ける前までのジュードの目には、きっと未来は輝いて見えていた事だろう。
だが、今のジュードにその輝きはない。
色褪せ、既に風前の灯火のような気配すら漂っている。
テッドは冒険者を辞めたも同然な状態になってから、特にかつての仲間たちの事を調べたりはしていない。何故ってもう関わる事もないだろうと思っていたし、トニーのオマケみたいに思われて店のお荷物になるのは困るから、と学ぶ事もたくさんあったしそんな過去のあれこれに割ける時間がなかったから。
そんな事に時間を費やすくらいなら一つでも多くの食器を磨く方が有意義だったし、帳簿を纏める作業を手伝うべきだとも思っているし、食材の調達に出向いた方がいいと思っていたからだ。
だからこそ、あえて自分から調べようとは思っていなかった。
ただ、思い返せばそうやって外に出かけた時に噂で聞こえてくる冒険者たちの名前から、ジュード達の名は聞かなかったな……となりはしたけれど。
「それで、わざわざかつてのお仲間の様子でも見に来てくれたって事ですか?
だったら心配ないっすよ。俺もトニーもどっちも元気でやってるんで」
自然にできた笑顔で言えば、ジュードは「そう、か……」と小さく言って、次いで笑みを浮かべ――ようとして失敗していた。
「あぁ、あの時は少しばかり理不尽にも思えたが、今となってはあれでよかったんだと思っている」
トニーもテッドに続くように言えば、ジュードの下手くそな笑みはくしゃりと潰れて、気まずそうに視線がそらされた。
トニーも、かつての暮らしと比べて今の方が充実していたからこそ、テッドの態度を特に諫めるつもりはなかった。随分と軽薄な態度で接しているとは思ったが、それが彼なりの線引きなのだとわかってしまえば、テッドを窘める事でトニーはジュードの味方である、とジュードに思われるのも困るからだ。
直接的な戦闘こそなかったものの、それでも最低限自分の身は自分で守らなければならない事は、ジュード達のパーティに入っていた時トニーにとって当たり前の事だった。
魔物が襲ってくるかもしれない野外で、仲間たちの食事の準備をするのも、決まった時間がなく不規則な状況で食事を提供する事も、今ある食材で何ができるかを考えて効率的に動く事も、他に調理を手伝う仲間たちに指示を飛ばすのも。
それらは全て、かつては当たり前のものであった。
だが、今は違う。
今のトニーは料理人の一人としてこの店で雇われている。確かに自分で考えて動く事も必要だが、自分が指示を飛ばす事があってもそこにいる仲間たちは皆分かって動いているから、特に何の問題もない。というかここにいる者たちは皆何をするべきかを理解しているから、いちいち指示を飛ばす必要もない。
ジュードがトニーを疎みつつある事はわかっていた。
何故ならあの時マトモに料理を作れたのは、トニーだけだった。他にも料理を作る役目を与えられた者はいたけれど、トニーから見た彼らは料理人とはとても呼べない。素人中の素人だった。
確かに忙しい時は食事にかけていられる時間も少ないのはわかる。だが、トニーが指示を出さず彼らに任せたらとても食べ物とは言えない何かが出てくるだろうとわかっていたから、トニーはトニーにできる限りの時間で彼らに逐一やり方を指示して、そうして料理を提供していたのだ。
彼らは料理なんて適当に材料を切って焼けば完成すると思っているからか、時折トニーの指示を無視して好き勝手やらかそうとしていた事もあったが、そういったものをちゃんと懇切丁寧に教えながら作業をこなしていた。
勿論、そんな事をしなければもっと早くに料理は提供できていたと思う。
だが、トニーはそれでも彼らの指導と同時進行で料理を作り続けていた。
そうしないと、いつか自分がいなくなった時、ここの食事は悲惨な事になるだろうとわかっていたから。
冒険者は身体が資本だ。そして身体とは、食べる物で作られているといっても過言ではない。
トニーのその考えは幼い頃から根付いていたし、だからこそジュードに調理の時間をもっと短縮できないかと言われても、宥めたり説得したりしつつ最低限の時間を確保していた。
手を抜いて作られた食事が美味しくなければ、それを食べる者たちもこれならいらない、なんて言い出すかもしれないし、そうなれば調理に使われた食材だって無駄に費やされるだけ。
手を抜いても美味しいものができるのなら、それが理想なのかもしれないが、しかしトニー以外の料理担当者が関わった以上、そうはならないとトニーはわかっていたのだ。
言えばきちんと作れるが、しかし好き勝手させるとロクな事にならない。
それが、トニーから見たジュード率いるパーティの料理担当たちである。
だからまぁ、自分が抜けて、その後他にマトモな料理人を雇った、とかでないのなら。
彼らのパーティの食事がさぞ悲惨なものになっていてもおかしくはない。
トニーはそれを理解していた。
テッドもそれを理解していたからこそ、あの時自分を追うように抜けてきたのだと察している。
テッドがジュードに誘われて仲間入りをした当初、彼は食事を作業だとしか思っていなかった。栄養さえとれれば味などどうでも良いと思っている節さえあった。その姿がなんだか不憫に思えて、トニーは自己満足だと思いながらも、テッドにちゃんとした食事を提供し続けた。
結果として懐かれたから今こうなっている、というのは言うまでもない。
その逆にジュードはちゃんとした食事の重要性を軽んじて、かつてのテッドのように口に入りさえすればなんでもいいと思っていたのかもしれない。だが、いざそうなったらそれはそれで支障が出始めたのだろう。
戻ってこないか……? なんてどこか縋るように言われたが、トニーはその誘いに乗るつもりはなかった。
だって今の生活に文句がないから。
馬鹿みたいな事をしでかすようなのがいないし、基本中の基本だろうと思うような事すらせずに調理に取り掛かろうとする奴もいない。一切の邪魔が入らないから調理に専念できるし、余計な事に気を回す必要もない。
それに、ジュード達についていくとなると生活が不規則になる事が多かった。ダンジョンの中にいると時間の感覚もわからなくなって、朝と夜の区別もつかなかったし、その状態で外に戻ればしばらくは元の感覚を取り戻すだけでも大変だった。
確かにここも忙しいが、しかしジュードの元にいたころと比べればそれでも規則正しい生活なのだ。
そろそろ年だな……と思っていたからこそ、ジュード達についていくのもやっとだった部分もあるが、しかしここならまだまだやれると思える。
纏まった睡眠がとれるし、休日もある。危険な場所に出向く事がなくなったので、基本的に安全な日々。命の危険がないというだけで、生活とはこんなに楽なものだったのか……と思ってしまえる程。
朝早くに起きて店で準備をし、夜遅くに明日の準備をして家に帰って寝る。
そんな生活でも、冒険者一団と共に行動していた時に比べれば圧倒的に楽なのだ。
いらん事ばっかりしようとする奴も店にはいないし、トニーにとってここは第二の人生のスタート地点と言ってもいい。
既にトニーにとってジュードたちと共に居た時の事は過去の思い出だ。
だからこそ、戻ってこい、と言われても首を縦に振るつもりはなかった。
過去に縋るより未来を向いていきたいから。
「すまないな、今の生活に満足しているんだ。なのに戻ったら、きっとそっちの生活に不満しか抱けなくなって早々にそっちのメンバーと険悪になる気しかしない」
だから。
だから、何を言われても戻るつもりはない、と。
そう静かに伝えれば、ジュードは「そうか、そうだよな……」と少しばかり涙が滲んだような声で言って。
ごちそうさん、美味かった。
そう言い残して立ち去っていった。
――ジュードがトニーを解雇して後悔する事になったのは、本当にすぐ後の事だった。
トニー以外にもパーティの食事を担当している者はいたし、そんな彼らからトニーを厭うような愚痴を聞かされていたのもあって、彼がいなくなればもっと円滑に物事が進むのではないか、と思っていたのだ。
トニーがやり方にいちいちケチをつけてくるだとか、そのせいで料理の完成時間が遅くなってるだとか。
それを聞いて、ジュードもトニーと話し合いをしたけれど、トニーは自分の意見を変えるつもりはなかったようで、その後も他の調理担当たちにあれこれ口を挟んでいたらしい。
いっそ調理中にジュードが見張りにたって実際どうだったのかを見ていれば、考えが変わったかもしれない。少なくとももしそうしていたのなら、ジュードはきっとトニーに別れを告げる事はなかった。
冒険者は忙しい。駆け出しの時は懐事情がカツカツで食べる物にこだわる余裕なんてないし、外にいる時は素早く食事を終えなければならない。のんびり食べているところに魔物がやってきたら、食べている途中であろうとも魔物を倒すべく行動しないといけない。絶対に安全である、と思える場所で食事がとれるかと言われると微妙なのだ。魔物の気配がしない場所であっても、野生動物が乱入してくる事もあるし、場合によっては移動しながら干し肉をかじるだけ、なんて事もあった。
座ってゆっくりするなんてのは、外では数える程度でしかない。
ましてやダンジョンの中だと食事もそうだが寝るのだって順番を決めたりするのだ。
食事だって一斉に皆が食べ始めていては警戒しきれず魔物の接近を許し、自分や仲間が危険な目に遭うかもしれないのだから、トニーのやり方は駄目だと感じていた。
数名が見張りに出て安全が確保できているうちに食事を済ませ、交代する。そうして最初に見張りをしていた者たちが食べ終えたら片付けて行動に移る。
調理を担当している者たちは作りながら食べている事の方が多いので、彼らの分まで時間を捻出する事はなかったが、それでももう少し手早く準備をして終わらせられるはずだとジュードは思っていたのだ。
調理担当者たちの言葉を信じるのなら。
普段出ている食事がマトモだったから、多少急いで作られたとしてもそこまでおかしなものは出てこないだろう、と思っていた。
トニーに対して不満を持っていたのが一人だけならそいつとトニーの相性が悪いだけなんだろうと思えたけれど、しかし他の者たちまでもがこぞって言うものだから。
そしてトニーは彼らを悪く言う事はなかったが、今のやり方を変えるつもりはないとキッパリと宣言したものだから。
だったら、うちのやり方と合わない方とお別れするしかないと。
そう判断した結果だった。
トニーと別れた後、ジュード達は目星をつけていたダンジョンへと挑んだ。
荷物を運ぶ者や調理担当などの非戦闘員メンバーもいてそれなりの大所帯ではあるが、食料や水に関しては充分に持った上で臨んだけれど。
途中休憩できそうな場所を見つけたのでそこで食事を済ませようとなって。
地獄はそこからだった。
最初に傷みやすい食材から使うという理屈はわかるが、ことごとく焦げていた。
全体的に真っ黒である。どこからどう見ても失敗。
これはどういう事かと問えば、強火でやった方が早くできるかと思ったんだけど……という言葉。
火力に任せた結果であった。
肉も表面は焦げていて、中は火が通っていない、なんてのもあった。
生焼け。焼き方のレアとかそういう以前の話である。
この時点で仲間の大半の目が死んだ。ジュードの表情は虚無虚無していた。
今まで食事なんて単なる栄養補給で、味とか別にどうでもいいと思っていた。
思っていたのだが、それはあくまでも最低限マシな味であるというのが前提であると知った。
いくら栄養をとらなければならないとなっても、流石に炭を食べたいとは思わないし、ましてや口の中がジャリジャリしっぱなしなのもどうかと思った。
これならまだ生野菜のサラダの方がマシ、となって、次の食事はそういうものをと頼んだのだが。
出てきたサラダはまんま野菜そのものだった。
一応水でざっと洗ってはいるけれど、皮は剥かれず適当なサイズにカットされてはいるが、サラダというか煮物に使うのかというような切り方。葉物野菜に関しては手で適当にちぎりました、といった形状になっていたが、食べやすいサイズなどではなかった。
ゴロンと一口大よりちょっと大きめの皮つきニンジンがででんと存在感を主張したサラダを、仲間たちの大半は死んだ目で黙々と消費していたが、その表情には満足感などこれっぽっちもない。むしろ調理担当者たちへの殺意がにじみ出てすらいたように思う。
ピーマンに至っては手で無造作に割ったようで、中の種すら取り除かれていなかった。
細かく刻んだらその分時間がかかるから、と言われたが、いやそれでも限度ってあるだろ、とジュードは思わず突っ込んでしまったくらいだ。
この時点で、次の食事を楽しみにしようなんて考えの者は誰もいなかったと思う。
だがそれでも、途中で引き返すにしても、あと一度はどこかで食事をしなければならないだろう、という状況で。
来た道を引き返して一度目に食事をした場所で、三度目の食事を任せてみれば。
引き返すなら、とまだまだ余っていた食材を鍋にぶち込んで具沢山なスープにしちゃうね、と言われて、まぁそれなら大丈夫か……と安心したのも束の間。
出てきたスープの具材は豪快にカットされて、一口で食べきるのが不可能な大きさ。そして外側はさておき中にまだ火が通っていなかったのである。液体部分はぐっつぐつに熱いのだが、具にはまだ完全に味が染みこんですらいない。調味料も適当にぶち込んだのか、やたらとしょっぱさだけが際立って、他の食材の味はさっぱりだった。
この時点で流石にジュードも、トニーを追い出したのが今回の原因なのではないか、と思い始めてはいたのだ。
ただ、野外調理が酷いだけで、室内でちゃんとしたキッチンで作るのならマシなのかもしれない、とも思ったからこそ、ジュードはダンジョンから出た後で、調理を担当している者たちにキッチンできちんとした料理を作ってほしいと言ってみた。
とりあえず急いで調理をしなくても大丈夫だから、と前置きしてみれば、トニーがいなくなった事でリーダーみたいな立ち場になっていた者が、それじゃ今日はカレーにするよ。ダンジョンに持ち込んだ食材のいくつかがまだ余ってるしね、なんて言うものだから、ジュードはそこで安心してしまった。
カレーなら、まぁ、酷い事にはならないだろう。
具がちょっと大きくても、煮込まれていくうちに溶けて小さくなっていくだろうし、流石にカレーで不味くなるとか有り得ないと思っていたから。
ところがいざ出てきた料理を見れば、皿の上には透明なスープの上に浮かぶ野菜だけで、カレーのあの独特な香りも何もなかった。その隣には、小皿の上に置かれた何やら謎の物体。
オブラートで包まれたようなそれは、薬かと思われたが違った。
とりあえず最初にそのオブラートを口にしてからそっちの具材を食べてね、と言われて嫌な予感しかしなかったが、それでも一応、奇跡のような展開があるかもしれないと僅かすぎる望みをかけてジュードは言われるままにそのオブラートに包まれたものを口に入れた。
結果、口の中でオブラートが溶けて広がる粉末状の数種類のスパイス。
色んな意味できつかった。まさかこんな粉爆弾が口の中で猛威を奮うなんて思ってもいなかったせいで、目を白黒させながらもジュードは咄嗟に水の入ったコップを手にして、勢いよく流し込んだ。吐き出したところで頬の内側についたスパイスは残り続けるし、だったら流し込んだ方が確実だと判断して。
喉を過ぎて胃の方へ落ちていったスパイスたちは、しかしあまりにも強烈すぎてずっと存在を主張し続けていた。水で飲みこんだとはいえ、それでもまだ若干舌や歯についているスパイスが我ここに在りとばかりで。
ダメ元で皿の上にあった野菜の一つを口に運んでも、ほとんど味のついていない茹で野菜でしかなく、なんの慰めにもならなかった。あと思った以上のスパイスを口にしたせいで、喉がイガイガしている。
そこはかとなくカレーっぽい香りはしなくもないが、味はカレーというよりは、なんか数種類混ざったスパイスだな、というものでしかなかった。調和とかそういう言葉とは無縁なくらい独自の自己主張が激しい。
これはどういうつもりかと問えば、胃の中で混ざれば同じかなって思って、と返されて。
ジュードがブチ切れるより先に、他の仲間たちがキレた。まぁ当然である。
結果としてわかったのは、トニー以外の調理担当者たちは全員食べ物なんて口に入ればどうでもいい、という考え方らしく、手順とかも別にこだわる必要なくない? という主張の持ち主である事だった。味音痴というわけではない。不味い美味いの判断はつく。だが、美味しいご飯が食べたいならそれこそお金を出して店で食べた方が確実だし、野営だとか拠点で食事をとるにしても、そういう時に無駄な時間を費やす真似はしないに限る、というのが調理担当者たちの言い分であった。
どうせ煮るなら最初から具材を全部鍋に入れたっていいだろうに、トニーはそれは後にしろだとか、こっちを先に入れろだとか、最終的に胃の中に入るなら別にどうでもいいだろうに、と吐き捨てるように言われた事で。
ジュードは己の過ちに気付いたのだ。
いくらなんでも、流石にこれらを胃の中におさめたとして、じゃあカレーを食べた事になるか? と問われればジュードだけではない、他の仲間もそんなわけないと答えるだろう。
そもそも味を感じるのは舌であって、胃ではない。
確かにジュードもかつては胃の中に入っちまえば一緒だろ、と思っていた事はある。
あるけれど、流石にこんな目に遭ってしまっては以前のような答えは言えなかった。
弱火で十分とか強火で三分くらいで充分じゃん、なんて言われて、以前のジュードなら確かになんて笑って返したかもしれないが、冗談でもなく本気で言っているのなら、表面が焦げて中が生の代物を出された事にも納得がいく。
トニーがやり方を変えるつもりはない、と言っていたのを思い出して、変える必要があるとするならこちらの方だったのだ……と気付いたところで、既にトニーはいなくなった後である。
材料を適当に切って焼けば大体料理だよ、なんて言われたとして、それが料理上手な人の言葉ならマトモな食事にありつけると思えるが、しかしそれを言ったのが彼らであるのなら、マトモに食べられるかどうかも危うい物しか出てこない事になる。
だって本当に適当すぎるのだ。悪い意味で。
皮を丁寧に剥くというのすら、皮にこそ栄養があるんだよと言われて拒否されるのだ。
流石にジャガイモに芽が出たものをそのまま使おうとしていたので、大慌てで止めたけれど。
もしかしなくても、トニーはこいつらの手綱を取りつつ調理をしていたのではないか。
もしかしなくてもそうだった、という事に気付けば、彼が無駄な時間をかけていたのではなく、むしろ彼らを制御しつつマトモな食事を提供していたのだと知れば。
余計な時間をかけていたどころか、指導せざるを得ない連中の制御をしながらあれだけの速度で料理を提供していたという事になる。
あく抜きもされていないえぐみたっぷりの野菜スープとか、一体誰が食べるのかという話である。
調理担当者は「ま、こんなもんだよねー」なんて軽く笑って平然と食べているけれど、ジュード達からすればなんだこれとなるのだ。
こんな食事が続くとなれば耐えられない……とパーティから抜けたいと言う者が続出し、ジュードは彼らに出ていかれるよりは、と調理担当者たちに辞めてもらう事にした。今まで散々素早く料理を提供しろっていってたのに、と問題はそこだけではないというのにぶーぶー文句を言っていたが、しかし他の仲間たちにお前らがやっているのは食べ物で遊んでいるだけで料理ではない、とマジギレした目と声で言われ。
そこに含まれていた殺気に怯んだのか、彼らは逃げるように出て行ったのである。
とりあえずこれ以上料理というか素材を傷めただけの代物を出される事は避けられたが、しかし新たな料理番を雇わなければダンジョンへ行くにしろ、他の土地へ移動するにしろどちらにしてもままならない。
だが、普通に料理人として働いている者を雇うにしても、そういった者たちは自分の店を持っていたり、雇われているところで満足していたりと、あえて冒険者一団について行こうと言う者がいなかった。
そうこうしているうちに、他の冒険者パーティから声をかけられて……稼げなくなったから他のところへ……なんて様々な理由でもって他の仲間たちも一人、また一人と出て行く事となってしまったのだ。
ちなみにテッドが抜けた後の斥候をしていた者たちが真っ先に離脱している事で、小規模ダンジョンで稼ぐにしてもそれすら難しくなってしまった。
そうしてあっという間にジュードは一人残される形となってしまったのである。
その頃にトニーの噂を聞きつけて、一縷の望みをかけたもののやはり駄目だった。
ただ、それだけの話だ。
ジュードが去って行くのをトニーは引き留めなかった。
テッドもまた引き留めなかった。
今からまたジュードの仲間となって共に冒険者として一旗揚げようなんて言われても困るし、もうそんな風に思えなくなったから。ジュードに仲間に誘われた時は恩義を感じていたテッドだが、しかしそれは今まで仲間としていた間に義理は返したと思っている。
思えばそこらの雑草むしって食べてたのを見かねて誘われたんだったかなぁ……と懐かしむのは一瞬だった。
あの頃のジュードは食事なんて単なる作業としか思ってなかったのだと思う。だがそれでも、それ以上に不憫な食生活をしていたテッドを見かねたはずなのだ。
そうして仲間となってからは、テッドの面倒の大半は気付けばトニーが見るようになっていた。
トニーだって他の調理担当者たちの面倒を見ながらだったのに、それでもテッドを見捨てなかったのは仲間になったからなのか、他に何かあったからかはわからない。それでも、確かにそこでテッドは救われたのだ。
斥候や情報収集役として動くようになってからは、トニーはさておきあまり他の調理担当たちとテッドが関わる機会はなかったけれど、それでもちょっとした雑談をした覚えはある。
ジュードが彼らの事をどこまで把握しているかは知らないが、彼らは人間以外の種族の血も混じっている。故に味覚が人と異なっていたり、料理というものに対する感覚が思い切り違うのだとテッドは知っていた。だから油断してるとすぐ人から見ると悪い意味での適当調理に走りがちな彼らの手綱をトニーがしっかりと握っていた事も勿論知っている。
一応テッドだってそれとなくジュードや他の仲間たちに伝えたけれど、新参だったテッドの言葉より、以前からいた彼らの言葉を他の仲間たちは信じていたようなので、数の暴力という程でもないがそれでもトニーが悪いかのように思われていた事実は覆せなかった。
まぁでもテッドだってポッと出の新参より古参のそれなりに信頼を積み重ねてきたであろう相手の言葉、どっちを即座に信じるかってなったら付き合い長いほうだよな、なんて思っていたので、それ以上踏み込む事はなかった。ただトニーの立場が悪くなるようなら、それとなくフォローに回ろうとはしていたけれど。
それでも力及ばず、となったのでトニーの後を追って自分も離脱したわけだが。
「――料理って確かに手間がかからないものもあるけど、かけようと思えばとことんまでかかるものだからそこら辺の匙加減知らないと、そういうの伝わらないんだろうなって」
ジュードが去って行った数日後、久々の休日にテッドはトニーと共に買い物に出て、そうして戻って来てからふと思い出したように口に出した。
ただ食べるだけなら、その料理が美味いか不味いかの判断しかできない。作り方を知らなければそこにどれだけの手間がかかっているかなんてわかりようもない。
「確かに手順を無視しても平気なやつもあるけど、でも無視しちゃいけない手順もあるわけで」
「あぁ、そういやお前さんもそれで以前失敗してたな」
買ってきた荷物を置いてから、トニーは何かを思い出したらしく苦笑いを浮かべる。
料理を作った事もないやつがトニーの擁護に回るにしても説得力がないのではないか、と思ってかつてテッドもちょっとだけトニーに料理を教わった事があったのだ。
その時に教わったレシピはそう難しいものではなかったけれど、しかし手順を無視した結果それは失敗した。
その時の事を思い出したのだ、と気付いたテッドは苦い物を無理矢理飲み込んだみたいな顔をして、
「でもあれがあったから、あいつらの調理法に問題があるってわかってたって事! そうじゃなかったら俺だって今頃ジュードと同じようになってたかもしんないし」
「はは、まぁ、自分でも説得はしてたが、結局は通じなかった。それだけの事だ。わかってくれる奴がわかってくれればいい」
お前が味方してくれただけで充分だよ、と言われて思わずテッドはそっぽを向いてしまった。
真正面から言われて、なんだか照れ臭くなったのだ。
かつて。
トニーから教わったレシピにチャレンジしたテッドは、ふと思ってしまったのだ。
別にこっちにこれを混ぜなくても、そのままコレを入れちゃえばよくない? と。
結果はすぐに現れた。失敗という形で。
テッドがトニーから教わったレシピは、プリンだった。
卵とお砂糖、牛乳。材料もシンプルで、火加減にこそ気を付ける必要はあるが作業工程のほとんどは混ぜるだけ。
だからテッドは自信満々にこれくらいヨユーヨユー! と高をくくっていたのだ。
卵に砂糖を混ぜて、そこに温めた牛乳を注ぐ。
その工程で、ふと卵の方を鍋に入れればよくないか? と思ってしまったのが失敗への第一歩だった。
鍋の中で温まった牛乳に溶きほぐした卵を入れれば、卵は牛乳と混ざる事なく見事かきたまへと変貌した。
ホットミルクに甘い味付けのかきたま。
そういうスープだと言い張ればいけるかもしれないが、しかし本来作ろうとしていたのはプリンである。
慌てて更によく混ぜてみても、かきたまが細かくなるだけで牛乳と綺麗に混ざる事にはならなかった。
どうにもならなさすぎて、諦めてそれをカップに注いで飲んでみたけど味はプリンなどではなく、普通にホットミルクと甘いかきたまでしかなかった。これをプリンですと言われて出されたら間違いなくそんな店は潰れる。断言できる。だってどう見てもプリンじゃないから。
むしろプリンだと思って口にすれば違和感バリバリで逆に気持ち悪くなりそうな予感さえする始末。
様子を見にやって来たトニーが目にした時には、最早どうしようもない代物になり果てていたのは言うまでもない。
「省いて良い手順もあるが、守らなきゃならない手順ってのが確かに料理には存在するんだ」
慰めるように肩にポンと手を置かれてそう言われたのを、テッドはきっと生涯忘れる事はないだろう。
あの時は自分の失敗が恥ずかしすぎて誰にも言えなかったけれど。
でも、と今にして思う。
あいつらにも、同じようにプリンを作らせたら自分と同じ失敗をしたんじゃないかな、と。
そしたら、自分のように少しでも調理手順の大切さを知る事になったのではないか、と。
そうは言っても今更である。
既にジュードたちの冒険者パーティは空中分解するかのようになくなってしまったし、彼らがどこへ行ったかもわからない。彼らとて悪気があるわけではないので、同じ考え方で同じ味覚の連中と仲間になればうまくやっていけるとは思う。
「ジュードもさ、今からまたパーティ作るのは無理でも、どこかの仲間に入れればいいのにって思うよ」
確かにジュードはトニーを追い出す事を決めたけれど。
でもその結果自分が作り上げたパーティが消えるなんて思わなかったはずだ。彼はあくまでもパーティをよりよくしていくために考えた結果、トニーに出て行ってもらう事を選択したに過ぎない。
役立たずと大勢の前でトニーを罵ったわけでもなく、ダンジョンの奥で置き去りにしたわけでもない。
全体の事を考えた上で効率化をはかって、そのための無駄を省こうとした結果。
トニーはそれを無駄と思っていなかったし、ジュードはそれを無駄と判断した。
価値観の相違。考え方の違い。言ってしまえばただそれだけの事。
トニーを追い出すなんてジュードの野郎、破滅しろ――だなんてテッドは思ってもいなかったのだ。
「そうだなぁ、あいつの実力は確かだから、いい仲間に恵まれるといいんだがなぁ」
トニーもそんなテッドの言葉に頷いた。
確かに追い出されるような結果になってしまったが、今にして思えば自分の言い回しも上手くなかったからちゃんと伝わらなかったのかもしれない、とは今でもそう思っているし、もっと他の言い方があったかもしれない、とも思っている。
とはいえ、当時は自分にとってベストを尽くして、その結果がこうなっただけだ。
あの時もっとこうしていたら、ああしていたら……なんてのは過ぎたから思うだけでしかない。
ジュードが不憫だと思わないでもないけれど、だからといってまた彼と共に歩もうとは思っていないのが全てで、だからこそ二人にできる事なんて。
精々祈るくらいのものでしかなかったのである。
プリンの失敗はかつて自分がやらかしました(´・ω・`)
甘いホットミルクINかきたま。とても切ない味がしました。甘くなければミルクベースのスープに変更できたかもしれないけれど、甘いせいで手の施しようがなく……ッ!!
バニラエッセンスの風味がなければどうにかなったかもしれないはずなのに……ッ!!
なお作中で詳しく語られてはいませんがテッドくんは生まれた時から暗殺教団に属しておりましたが潰して逃げたよ。
次回短編予告
既に誰も住んでいない、貴族の屋敷。
そこを調べてほしいと依頼があった。
幽霊が出る……? そこで暮らしていたお嬢さんの幽霊?
まぁ、それはそれは。
次回 幽霊屋敷の調査、ですか……?
そこにお嬢様の幽霊なんて出ませんよ。
※ホラーではないです。人によってはホラーに思えても個人的にはホラーじゃないです。
人は死んでるけどおばけちゃんは出ません。
※誤字報告で食材を傷めるめる部分に当然の如くきたわけですが、炒めるではなく傷めるで意味的にあってるのでそのままにしておきます。マトモに炒めてるなら食べられるけどこの話の場合そうじゃないので。




